第一章

帰郷

第1話

「宇佐、兵を引かせてくれ」

 倭の国の将軍である阿修麗アシュレイは、陣のある小高い丘の上から駆回る騎馬兵や逃げ惑う人々を遠目に見下ろしたまま、その横でやはりそれを見ていた近衛中将で副将の宇佐ウサに言った。

「宜しいのですか?」

宇佐は少し皮肉っぽく笑って言った。

「このような事……何時まで続けてもらちがあくまい。これ以上国費を無駄に費する訳にはいかぬ、向うが呼戻す気が無いのならこちらから引き揚げるしかなかろう」

「しかし、真の目的である祥貴志ショウキシはまだ捕えてはおりません。都へ帰って何と申し開きなされます?」

「何とでも。第一、顔も分らぬ者をどうして捕えることが出来よう、祥貴志の事は私を帝から引離す口実にすぎぬ、朱賢スサカ殿は余程私を帝の側に置きたくないとみえる」

 阿修麗は溜息を吐くように静かに言った。

「今や宰相であらせられる朱賢殿の意の儘にならぬものと言えば春陽帝しゅんようていと阿修麗殿くらいのもの、帝より将軍殿を引離し、全てを意の儘に操る所存にございましょう」

「帝は聡明な御方、そうそう朱賢殿の意の儘にはなられはすまい」

「そうではございましょうが……では早々に都へ使いを出しましょう」

 宇佐は少し思慮をして答えた。

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