超最難関攻略不可能な天才王子に溺愛されてます!!~やる気のなかった王子は生きる意味を見つけた。~

無月公主

第1話『宝石のような王子と退屈な王位』

エルナザール帝国の第四王子は、誰もが舌を巻くほどの――いや、“超”がつくほどの天才だった。


産声ひとつ上げずに生まれてきたかと思えば、軽く叩かれてやっと「あー……あー……」と、どこか力の抜けた声を漏らす赤子。それはまるで、「この世界には興味がない」とでも言っているような雰囲気だった。


それなのに、首のすわりは異様なほど早く、周囲の言葉もすべて理解しているかのように目を動かしていた。


そして――たった三歳で彼は、難解な文字で書かれた本を読みこなし、この国の構造的な弱点をまとめあげた書類を、なんと国王に提出したのである。


「この子こそ、次の王に!」

書類を読んだ国王は顔を輝かせ、興奮気味にそう叫んだという。


周囲も息を呑んだ。第四王子・ヒスイ。その才能は、誰もが認めるところだった。


だが――。


彼が十八歳となり成人を迎える頃には、王宮内で“次期王”の候補として彼の名を口にする者は一人もいなかった。


それでも、人々の心のどこかでは「やはりヒスイ様こそがふさわしい」と思っていた。

それほど、彼は群を抜いた存在だったのだ。


現在、次期王として名が挙がっているのは、第一王子・アナスタリア。


母譲りの光を帯びた金髪に、父親譲りの澄んだ宝石のような青い瞳――その姿は誰もが息を飲むほど美しく、何より人柄も優秀で穏やかだった。


もしヒスイが生まれていなかったら、誰もが「アナスタリアこそ次期王にふさわしい」と疑わなかっただろう。

だが、そんなアナスタリアですら、弟・ヒスイの才能を理解し、自分が王になってもいいのか疑っていた。


――では、なぜ“天才”ヒスイは王の候補から外されたのか。


名をヒスイ。

父から受け継いだエメラルドのような髪。

母から受け継いだ、まるで宝石の翡翠を思わせる透き通るような瞳。

どこか冷たさすら宿すその美貌は、見た者の心を奪うのに十分だった。


彼は何でもできた。

疫病が発生すれば、即座に対応策と薬の処方を組み立て、国に広がる前に封じ込めてしまう。


ただ――彼には、“生気”というものがなかった。


いつもどこか退屈そうで、興味を持ったものが何一つない。

何か頼まれれば、「えー……」と面倒くさそうに応じるだけで、決して自ら動くことはなかった。


彼の定位置は、王宮の奥にある日当たりのいいソファ。

天井をぼんやりと眺めながら、何を考えているのかもわからない。


そんなある日。

午後の陽射しがゆるやかに差し込む執務室で、アナスタリアはふと尋ねた。


「なぁ。ヒスイ。本当に俺が次の王でいいのか?」


ヒスイはまどろみの中、薄く目を開ける。まつ毛が長く影を作り、その翡翠の瞳が微かに揺れた。


「……はい。王なんて、国民の奴隷なだけですから。それに、この国の弱点はすべて排除済みなんで。どうぞ、平和な国をお過ごしください。」


あくびでもするようなテンションで、目を閉じて再びソファに体を預ける。


アナスタリアは眉をひそめながらも、どこか困ったように笑って首を傾げた。


「奴隷……か。どうしてそう思うんだ? お兄ちゃん、馬鹿だからわからないよ」


「そうですね。王って、国民あっての存在なわけでしょ? 平和に暮らせるように、外交だの政策だのいろいろやるわけで。なのに……国民は何もしてくれない。自分らが不幸なら王のせい。幸せでも王のおかげ。……なんでもかんでも王の責任。奴隷じゃないですか。」


皮肉めいた言葉を吐きながらも、ヒスイの声に感情はあまりこもっていなかった。ただ、心底どうでもよさそうに語るその様子に、逆に本心がにじみ出る。


「なるほどなぁ……でも、この国には俺たち王族が背負うべき理由と責任がある。俺たちじゃないとダメな部分も、ちゃんとあるだろ?」


「まぁ、まぁ。兄上様。そんなに悲観しなくても。兄上様はこの国で――自分を除いて、一番賢いと思いますよ。もっと自信を持ってください」


にこりともせず、さらりと口にするヒスイ。褒めているようで、どこか飄々としている。


「お前に言われてもなぁ……」


アナスタリアは苦笑しながらも、弟の言葉に少しだけ肩の力を抜いた。


そのとき、ヒスイが時計にちらりと目をやる。


「ん……もう十五時。お兄様、お茶会の時間では?」


「そうだった……お前も一緒に……って、参加するわけないよな」


「まぁ……顔くらいなら、見せにいってもいいですよ」


ソファから起き上がるでもなく、ヒスイはうっすらと笑みを浮かべる。


アナスタリアは弟の柔らかい髪をそっと撫でた。


「無理しなくていいよ」


その手はあたたかく、ヒスイもわずかに目を細めた。


しばらくして、ヒスイはソファからのそりと上体を起こした。


「……ふぁ……」


小さく欠伸を漏らしながら伸びをすると、いつものようにぼんやりとした目で壁の時計を見上げる。


(お茶会、か……)


いつもなら行く気なんて一ミリもなかったが、今日は少しだけ気が向いた。


なんだかんだ言って、アナスタリアのことを完全に嫌っているわけではない。むしろ、あの兄は弟の自分から見ても立派だと思う。誰にでも優しく、国のことを真剣に考えている姿勢には、正直一目置いていた。


――だから、たまには顔くらい出してやってもいいだろう。


そう思い立ち、ヒスイは正装用の上着だけをひょいと手に取る。


普通であれば、礼儀として髪を整え、白手袋をつけ、きらびやかなフル装備で臨むべき社交の場。

だが、ヒスイにそんなやる気はない。面倒なのだ。なので、淡い緑の刺繍が施された豪華な上着をラフに羽織っただけで部屋を出た。


目的地は、王宮の南棟にある薔薇園。

貴族令嬢たちがきらびやかに集い、アナスタリアを囲んで談笑する、優雅で…少し騒がしい空間。


廊下を歩く足取りは、まるで昼寝の続きを探す猫のようにゆったりとしていた。


――だが、その静かな廊下に、不意に乾いた衝撃音が響く。


「どわっ……」


「きゃっ!!」


ドンッ!


角を曲がった先で、ヒスイは誰かと盛大にぶつかった。


咄嗟にバランスを取りながら、彼は相手を見下ろす。そして、次の瞬間――。


「うげっ……」


思わず、心の声が口から漏れた。


目の前で転びかけながら立ち上がろうとするのは、あの有名すぎる令嬢。

現宰相の娘にして、日頃からアナスタリアに強引に迫っている、噂のド☆メンヘラ令嬢――


エルメラルダ・サルバトーレ。


そのファッションセンスは今日も絶好調だった。いや、絶不調というべきか。


漆黒の髪は不自然なくらいツインテールに結ばれ、その先端にはきらきらと輝く謎のリボンがいくつも括り付けられている。瞳は紫で、どこかギラついていた。


そして極めつけはそのドレス。

水色をベースに、フリルやリボンの部分が全て蛍光ピンク――しかも反射素材のようにギラギラと光っており、正直、目がチカチカする。


「……どこでそんな布、仕入れてきたんだよ……」


ヒスイは目を細め、心の中で本気のツッコミを入れた。


エルメラルダはというと、ヒスイを睨みつけようとしていた――そのはずだった。


「ちょっと!!どこ見て歩い……う゛っ!!」


突如として表情が変わり、彼女は苦しそうに額を押さえてうずくまった。


「ん?」


ヒスイが眉をひそめる。普段の彼女なら、今ごろ「目が腐ってんの!? 王子でしょアンタ!?」とか大声で怒鳴り散らしてきそうなところだ。


エルメラルダは、身分や相手などおかまいなしに怒鳴り散らす悪癖で有名だった。

だが、今は――様子が明らかにおかしい。


「う……あ……あ、ああああああああああああああ!!!」


突如、廊下に響き渡るような叫び声を上げると、彼女はそのままがくりと膝をつき、意識を手放した。


「……は?」


ヒスイはその場に立ち尽くしたまま、倒れたエルメラルダを見下ろした。


(いや……何事?)


予想の斜め上をゆく展開に、さすがのヒスイも目をぱちくりさせる。


その先に待っていたのは、ただのお茶会では済まされない、王宮の騒動の幕開けだった――。

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