⑫女の戦い-2-






(何か太ったような?いや、これは太ったというより胸が大きくなった・・・?)


 何時も着けているブラジャーが何だかきつくなったような気がしているミストレインは、鏡に映る自分の姿を見て何やら考え込んでいた。


 ん~っ・・・


「俺の見立てでは・・・Fだな」


「☆△@?◇%&!☺♨」


 後ろから急に胸を掴まれたミストレインが言葉にならない悲鳴を上げる。


 マイアが愚痴を零していた相手はというと、愛人の胸の感触を楽しんでいた。






◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆






(最後は皇太后ね)


 気を取り直したマイアは、ゲームと現実のバレンシアを比べてみる。


(ゲームのバレンシアはアストライアー母子を可愛がっていただけではなく後見になっていたけど、現実のバレンシアはフローラ母子に対して辛辣というか冷たいというか大事な息子を奪った女に対する憎しみというか・・・・・・とにかく正反対なのよね)


 これはバグなのか?


 或いは嫁と姑の争いと見るべきなのか?


 バレンシアがフローラと接しているところを目にすれば雰囲気だけでも掴めるかも知れないが、マイアは侍女の一人。


 皇太后の間までの道中を付き添う事はあっても、バレンシアの部屋に足を踏み入る事が出来ない立場なのだ。


 幾ら考えても分からないので、バレンシアがフローラをどう思っているのかはひとまず置いておくとして、彼女がカサンドラに対してどのような感情を抱いているのかを自分なりに推理してみる事にした。


(純粋無垢で天真爛漫、自由奔放で後宮の掟を平気で破るカサンドラを嫌っているのはゲームと一緒なんだけど・・・・・・)


 顔を合わせれば百パーセントの確率で『後宮には後宮の規則があるから遵守せよ』と、後宮の女達の目の前でも口を酸っぱくするくらいに注意していたバレンシアがヒロインに対して何も言わないのだ。


 バレンシアが何を考えているのか分からないが、後宮という女の戦場の勝者となった彼女の事。


 何か良からぬ事を企んでいるような気がするのだ。


(カサンドラとフローラが互いに自滅するのを待っているとか・・・?)


 ゲーム通りにアストライアーが後宮に入っていたら、簡単に考察が出来たのに!!と、心の中で愚痴を零すマイアに下働きの一人が、今からエレクトラ達と四阿でお茶をするのでコーヒーとそれに合うお菓子を用意して欲しいとフローラからの伝言を告げる。






◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆






 その姿は地に降りた女神そのもの


 かの女人の美しさに花は恥じて我が身を散らし


 月は雲で我が身を覆い隠す


 もし、後宮に吟遊詩人が参じていたのであれば四阿で優雅にお茶を楽しんでいるフローラ達を見て、即興で彼女達の姿を讃える詩を作ったであろう。


「由緒正しい家柄」


「雪のように白い肌」


「美の女神の化身と謳われてもおかしくない美貌」


「男であれば思わず手を出さずにはいられない身体つき」


「完璧な淑女である私達よりも・・・」


「「「「殿方というのは、無邪気で天真爛漫な貧乳の阿婆擦れに心を惹かれてしまう生き物なのでしょうね~」」」」


 だが、当の彼女達はというと、自分達を自画自賛しつつ皇帝の寵姫でありながら他人の婚約者に粉を掛けるカサンドラを悪し様に罵っている。


 その姿は嫉妬に狂った女というより、言葉遣いが丁寧なだけで旦那の稼ぎが悪くて愚痴を零すおばちゃんと言っても良かった。


「家柄、美貌、淑徳、人柄。全てを兼ね備えているこの私が・・・ミントグリーン王国の第二王女であった私が、あの女を母として敬わなければならないの!?」


 今でこそ皇太后という立場にあるが、元を正せば農家の娘でしかないバレンシアに実母と同じように仕えなければならないという事実に苛立ちを隠せないフローラが声を荒げる。


「フローラ様のお気持ちは分かりますが、ここはミントグリーン王国ではなくロードライト帝国です。今のご自分が置かれている立場を理解して下さいませ」


 ギュスターヴの婚約者であるエレクトラと、エンディミオンの婚約者であるアルティミシアがフローラに発言の注意を促す。


「貴女達は自分が由緒正しい貴族の血を引いているという自覚がないの!?」


 彼女達の母親は、一度も先帝の目に留まる事なく家臣に下賜された侍女──・・・女奴隷だった者だ。


 しかし、その出自はバレンシアと違い貴族の娘である。


 言うなれば彼女達の母親は、生まれながらにして人を支配する高貴な立場にあったのだ。


(ゲームでは、キャロライン達がアストライアーに婚約者に対する不満を、アストライアーもカルロスへの不満を口にしていたけど・・・・・・)


【見ざる・言わざる・聞かざる】の姿勢に徹する侍女として四人に給仕しているマイアは、フローラが零している不平不満は上手く言えないがアストライアーのそれとは種類が違うと感じていた。


(自分が至らないからカルロスの心が離れていくのを感じ取ったアストライアーは自己研鑽するだけではなく、民に寄り添っていたから、皇太后に可愛がられていたし、他の側室や民衆に慕われるようになるのだけど、却ってそれが相手のコンプレックスを刺激して結果、息子共々処刑されちゃうのよね~)


 甄夫人(彼女の場合は甄夫人ではなく甄姫と呼んだ方がピンとくる人が多いのかも知れない)とギュルバハルをモデルにしているだけあって生真面目なアストライアーは、悪役令嬢達の共感を買い心の底から彼女を慰め、そして心の友となった。


 対してフローラはというと、カルロスとバレンシアに仕えているようでありながら、心の底では出自が卑しい女とその息子と見下しているというのがありありと見て取れる。


 それを肌で感じ取っているのか、今ではカルロスはフローラを疎んじるようになったし、バレンシアは彼女のみならず孫のエピメテスを嫌っている節がある。


(悪役令嬢達のフローラを見る目、凄く冷ややかだわwww)


 彼女達も自分の婚約者がカサンドラに夢中になっているという事実に頭を悩ませているというのに(実際は既に切り捨てているとマイアはそう思っている)、我が身の不幸を嘆くフローラに対して怒りを通り越して呆れ返るしかなかった。







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