第5話 ダビデ
城に到着すると,カナとユウタは,城の大広間に通された。
2人を出迎えたのは,大広間の玉座に座る一人の青年だった。
まだ幼さの残る顔立ちだったが,顔は彫りが深く厳格な雰囲気を漂わせていた。髪は整髪料で後ろにかき上げられていた。
身体は,服越しでも鍛え上げられていることが分かる。
一兵卒でも身に着けるものと変わらない軍服を身に纏い,玉座の脇には,支給品の軍刀が置かれている。
ユウタは,玉座に座る人物が誰なのか分からなかったが,青年を見るカナの手が震えていること,ここに来るまで皆の者に頭を下げられていたサミュエルが頭を下げていることから,青年がルイ15世であることを悟った。
ルイ15世は,椅子に片肘を着きながら言った。
「君たちが,サミュエルと一緒にここまで来てくれたって人たちか。
道中ご苦労」
サミュエルが,より深く頭を下げた。
「悪いけれど,君たちはしばらくこの城に謹慎だ。城の外に出てもいいけど,必ず護衛をつけてもらうよ。
なにせ,数十年前に人類が勝利したはずの魔王軍が復活したんだ。奴らの数が増える前に,その芽を摘んでおかないと。
それでは,後は城の者に任せるから,下がっていいよ」
ルイ15世はそれだけ言うと,足早にその場を立ち去った。
サミュエルに案内されて,ユウタとカナは,城の中を案内されることになった。
「まったく,あの偉そうな態度は何なんだ?」
ユウタは,サミュエルに聞こえているのも承知で,カナに呟いた。
「しょうがないわよ。私たち,事情は分からないけど,きっとさっきのあの角の生えた男,よっぽどの危険人物なのよ」
「だからって,なんで僕やカナまで城に監禁するんだ?
街に行けば仕事だってできるし,第一,ドラゴンから命がけで守り切ったお宝だって,城で管理されるなんて」
ユウタの主な不満材料は,遺跡迷宮から持ち帰ったお宝のことだった。
城に辿り着くや否や,監禁期間が終了するまで預かると言われて,強引に奪われてしまった。
この国は経済的に豊かとはいえない。
もしかしたら,難癖をつけられて,財宝を取り上げられるかもしれない。
不満げに城の通路を歩いていると,向こうから,見覚えのある兵士が歩いてきた。
「あ,あんたはたしか・・・」
ユウタが声をかけると,兵士がこちらに気付いた。
「おまえら,ここに監禁されたでちか。あわれでちね」
「あわれでち?」
向こうから歩いてきた兵士は,サミュエルに同行して,行商人の青年の護衛をしていた男だった。
顔をよく見ると,兵士にしてはやや肉付きの言いぽっちゃりした体型で,身体もあまり鍛えられているようには見えない。
「せいぜいここでの生活をたのちむでちね。まあ,それも長くは続かないでちけどね」
兵士は,そう言うと,「プクプク」と言って笑い出した。
兵士らしからぬ立ち振る舞いと嫌みな態度に,カナも顔をしかめていた。
「こら!バブル!またサボりおって!持ち場に戻れ!」
サミュエルが,今までに見たこともない鬼の形相となり,バブルと呼ばれた兵士の胸ぐらを掴んだ。
「プクーッ!お前,きらいでち!偉そうにこき使いやがって!」
「偉そうなのはどっちの方だ!軍隊の基本は,上下関係をわきまえることだ!貴様のような不届き者は,また『仕置き部屋』送りだ!」
「プクーッ!あそこは暗くてせまくてもういやでち!分かったでち!仕事にも戻るから放すでち!」
サミュエルがバブルの胸元から手を放すと,バブルは捨て台詞に嫌みを吐いて立ち去った。
「あの・・・サミュエルさんもいろいろ大変なんですね」
カナが,城に来て初めて,サミュエルに同情を示す言葉を呟いた。
「あいつは,昨年入隊した一兵卒だ。名前を『バブル』と言ってな。
剣の腕は今いちだが,人間とは思えんくらいに身体が頑丈で身体能力が高いんだ。まったく,真面目な兵士の多い我が軍の中で,あのような者を出世させなければならないとは。
神さまは,一体,どういうつもりであのような人間をお作りになったのか」
「あの人,ここに来るまでにも,私たちの護衛でしたよね?」
「ああ。我が軍の中でも,特段優秀な者を,公共道路の護衛任務に就ける,というルイ様のご命令だ。
それで,ルイ様ご自身から,奴を護衛任務に当たらせるよう指示があった。
私以外の者では,あいつを御しきれないからな。やむなく,私が護衛任務に行くこととし,奴には道中,『はい』か『いいえ』だけを喋るよう命じておった。
自分から何か言おうものなら,仕置き部屋に3日間閉じ込める,と言い聞かせてな」
「はあ・・・」
ユウタは,軍隊のことはよく分からない。だが,一見お堅そうな軍隊にも,いろいろな人がいるのだな,と思った。
今度は,通路の向こうから,長髪を後ろで結んだ美青年が現れた。
そばを通りかかる給仕係や掃除係の女性達が,通路を立ち止まって,美青年をまぶしそうに見つめている。
ユウタは,その男を,王国お抱えの劇団員かと思った。
青年は,サミュエルの近くに来ると,サミュエルに頭を下げた。
「お帰りなさいませ,父上」
「ああ。城は何事もなかったようだな」
「はい,父上がご不在の際に,万が一のことがなければと思っておりました」
「私はすでに一介の老兵だ。万が一,私がいなくなっても,我が軍には,お前がいる」
「もったいなきお言葉」
聞き慣れない古風な言葉遣いの青年を見て,ユウタは,格好つけた奴だな,と思った。
きっとカナも同じことを思っているだろう,と思ってカナの方を見ると,なんと,カナはうっすらと頬を染めて美青年を眺めている。
ユウタは,全身を稲妻に打たれたような衝撃を受けた。
「紹介するよ。
私の息子で,王室直属護衛隊先鋒部隊隊長のダビデだ」
カナは,うっとりとした顔つきで,頭を下げた。
ユウタは,ルイ15世以上の嫌悪感をダビデに覚え,あえて頭を下げなかった。
「父よりご紹介にあずかりました,王室直属護衛隊の先鋒部隊長ダビデと申します。得意な剣術は,抜刀術です。以後,お見知りおきを」
「よ,よろしくお願いします!」
カナが,目を輝かせながら言った。
「・・・よろしくお願いします」
ユウタは,呟くようにぶつくさと言った。
「こちらの女性が,例の魔王軍の幹部と,父上と戦ったお方ですか。そして,こちらの方は,・・・このご婦人の召使いですか?」
ダビデが,ユウタの全身を,足下から眺めながら言った。
カナが,簡素ながらも一級品の防具と杖を身につけているのに対して,ユウタは,初級冒険者向けの量販店で購入した,安物の杖と鎧を身につけていた。
二人の身なりを見れば,冒険者としての格の違いは一目瞭然。外部から見れば,ユウタはカナの鞄持ちに見えるだろう。
「いえ,彼は,立派なうちのパーティのメンバーです」
カナがフォローの言葉を言った。
「これは失礼。
冒険者の資質は,その見た目にも表れるというが,これはまさにその光景だと思ってしまってね」
「悪かったですね,みすぼらしくて」
「いやいや,君をとがめているわけではないのだよ。
私とて,この国の公僕。その実力がどうであれ,国民を守るのは私たちの義務だからね。しかし,私は,守るべき国民にも,『優先順位』というものはあると思うのだよ。
この国において,高貴な者は,すなわち生まれつき身体能力や魔法的資質に優れた者だ。彼らが子孫を残せば,優秀な遺伝子が次世代に受け継がれ,より強い者が生まれてくる。それを繰り返せば,いずれ人類が魔王軍を圧倒する日が来ると思うのだよ。魔王軍がいなくなれば,いずれは下々の者達も,安心して子どもを産み育てられる社会になるかもしれん。
私はね」
ダビデは,ユウタの耳元で,カナに聞こえないよう,ぼそっと呟いた。
「弱い奴が強い者と一緒にいるのを見るのが嫌いなんだよ」
ダビデはそう言うと,サミュエルとカナに丁寧にお辞儀をして,通路の向こうに退散した。
ユウタは,怒りを通り越して,呆然としてダビデの後ろ姿を眺めていた。
こちらの事情などわきまえずに城に軟禁する王子に,強い者は弱い者より優遇されるべきといった態度の王国幹部。
この国の中枢は,一体どうなっているんだろう。
ダビデの後ろ姿に熱い眼差しを送りながら,カナが言った。
「あの人,街でも美男子で有名なのよ。剣の腕も立ってイケメンなんて,すごいわね!」
「あんなやつ,俺は嫌いだね」
ユウタは,ダビデへの率直な感想を告げた。
すると,カナが驚いた表情で何も言わずこちらを見てきた。
無言に耐えきれず,ユウタが聞き返した。
「・・・どうしたの?」
「いや,なんだか,ユウタ,ドラゴン討伐の後から,雰囲気変わったなって。
前は,こんなに自分の好き嫌いなんてストレートに言わない人だったのに。ユウタって,もっと大人しい人だと思ってた」
そうなのだろうか,とユウタは思った。
カナに指摘されるまで自覚はなかったが,確かに自分の中で好き嫌いが前よりもはっきりと分かるようになった気がする。
むしろ,以前の方が,自分の中にもやがかかって,ものの形がはっきりと見えなかった感じだ。それが今は,自分の中の感情がよりはっきり分かるようになっている。
自分は,いつの間にか変わったのだろうか。変わったのであれば,それはなぜだろうか。
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