第2話 竜の飼い主
しばらくして,ユウタは目を覚ました。薄暗い,レンガ造りの狭い部屋にいた。
辺りをちらりと見ると,天上から吊されたロープの下に,空の水桶が置いてあった。別の場所には,天に向かって無数にとげが突き出している踏み台が置いてある。辺りを見ると、その他にも,様々なものが置いてあったが,いずれも拷問用の道具だった。
「目は覚めた?」
女の声がした。落ち着き払った,大人の女の声だ。
部屋の木製の椅子に,女性が座っていた。
ウェーブのかかった背中まである長い髪,180センチはあるだろう高い身長,胸と腰幅は豊かでありながら,細くくびれた腰。そして,身体のラインがくっきりと分かるパンツスタイル。足にはヒールの着いたブーツを履いていた。
もし,こんな薄暗い部屋の中で出会わなければ,もしこんな露出度の高い服を身に纏っていなければ,王国の貴婦人と紹介されたら,思わず信じてしまうような整った顔立ち。
ユウタは,彼女の頭上を見た。頭には,羊を思わせるような双角が生えていた。ユウタは,背筋が凍る思いがした。
ユウタは,身動きを取ろうとして、両腕を動かそうとした。しかし,両腕は,天上から垂れ下がる鎖の先に着いた手錠により縛り付けられていた。なんとか逃げだそうと強く引っ張ってみるが,一向に鎖は断ちきれない。
「そう力まないでよ。魔力酔いしているところを,助けてあげたのよ」
「ここはどこだ?」
ユウタが,低い声で聞いた。
「ここは,さっきあなたがいた迷宮の地下よ。
こんな部屋があるとは,知らなかったでしょ?
ここはね,誰も知らない,私だけの秘密基地。 喜びなさい,ここに招待したのは,あんたが初めてよ。
私のかわいいペットを氷漬けにしてくれた奴の顔を拝みたくってね」
「ペット?」
「あなたが魔法で氷漬けにした竜よ」
ドラゴンは,人に懐かない魔物のはずだ。ユウタは,彼女は冗談を言っているのだろう,と思った。
「私のペットをいじめたことは,もういいわ。
私は,ハンナ。ベエルシェバの,ハンナ。あんたの名は?」
「・・・ベテルのユウタだ」
「懐かしい地名ね。
あんた,気に入ったわ。ほら,これ,持って行きなさい」
そう言って彼女は,見覚えのあるかばんを、ユウタの前に投げてよこした。
カナが持ってきた,古代王国の財宝だった。
「私のものだったけど,もういいわ。もっと面白そうなものが手に入りそうだからね・・・。
それと,そこのお嬢ちゃん,あなたの彼女?彼氏なら,彼女を自分の嘔吐物でゲロまみれにさせるようなこと,しない方がいいわよ」
「う,うるさいな!
それに,魔力酔いって何だよ?」
ユウタの発言を聞いたハンナは,とても驚いた顔をした。
「あら,あなた,自分の身体のこと,何にも知らないの?人間に育てられると,こうなるのね・・・」
ハンナはそう言って立ち上がった。
ハンナの背後に隠れていたものを見て,ユウタが驚愕した。
ハンナの背後に,カナが意識を失ったまま倒れていた。
「カナ!!」
「この子,あなたが気を失っているのを見て,ヒールの魔法をずっとかけてたわよ。健気よね。
思わず,縛り上げてあんたと一緒に連れてきちゃった」
「カナを放せ!彼女に手を出したら,許さないぞ!」
「そんな顔しなくても,手は出さないわよ。
人間の分際で,宝を返しに来る潔さ,気に入ったわ。本当は,首輪でもつけて,一生ペットとして飼い慣らすか,他の奴らに高値で売りつけてやりたいところだけど,その潔さに免じて,お宝と一緒に返してあげる」
そう言って,意識を失ったままのカナを,足でユウタの方に転がした。
「カナ!!」
「それじゃあ,バイバイ。
また会うときまでに,少しでも王子の自覚を取り戻していることを願っているわ」
そう言うと,聞き慣れない言葉を唱えだした。
すると,周囲の空間がぐにゃりと歪みだした。ユウタとカナを取り巻く空間が歪んでいき,それとともにハンナの姿も歪んでいく。やがて,周囲が形の無い線だけの世界となり,それがさらに歪んで,ユウタ達もその歪みの中に巻き込まれ,形を無くしていった。
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