第5話〜声が、刺さった〜
泉の野太い鼾は、まるでスーパーカーのエンジン音だった。「おかげで、寝不足で頭はガンガンする。ああ、今日は一体どうやって仕事を乗り切ればいいんだ?」
「熟睡できたところで、またあのクソマネージャーに嫌味を言われるんだろうな。俺のせいじゃねえのに。」
泉はニヤつきながらベッドから起き上がり、タバコに火をつけ、紫煙をくゆらせた。その顔には、どこか他人事のような余裕すら漂っている。
「もう行くね。あんたのおかげで、疲れたけど、まあ楽しかったよ。」
そう言い捨て、私は散らばった自分の服を拾い集め、冷たい床で震えながら一枚ずつ身につけた。
「え、もう帰るの?せっかく盛り上がったのに、もう一回くらい良くない?」
甘えたような声が癪に障る。「ただでさえ『仕事ができない』って烙印を押されてるんだから、これ以上遅刻して追い打ちをかけるわけにはいかないの!じゃあね!」
泉は露骨に不機嫌になり、口をへの字に結んだ。私が部屋を出る瞬間まで、煙の向こうからまるで獲物を睨むようなねっとりとした視線を送ってきた。
ホテルのドアを閉めた瞬間、安堵感よりも先に、どっと疲労が押し寄せた。久しぶりのセックスの余韻に浸る間もなく、それよりも今日またあの川村マネージャーと顔を合わせなければならないという現実に、ズキズキと頭痛がしてきた。思わず人通りの少ない道端で、深くため息をついた。
「えー、それでは朝礼を始めます。まず確認したいのは、藤澤さん、昨日お願いした競合調査はどうなってますか?」
けたたましい電子音と共に、川村のあの乾いた、人を小馬鹿にしたような声がスピーカーから響いた。
は?昨日の競合調査?冗談だろ?あれは単なる雑談の流れじゃなかったのか?まさか、本当に重要なタスクだったなんて……今日の朝礼で報告しろなんて、一言も聞いてない!頭の中は瞬く間にパニックになり、思考はぐちゃぐちゃに絡まっていく。
「い、いえ、まだ資料にはまとめておりません。」
「資料はいらないから、調べた結果を口頭で共有してほしいって、昨日ちゃんと頼んだはずだけど?」
「資料は必要ないと思い込んで、何も準備していませんでしたが……」
「つまり、やってないってこと?一体どう言えば、君には理解できるんだ?いつもいつも、こうなんだから!」
「わかってなかったから、できなかっただけで!わざとサボったわけじゃありません!」
他のメンバーは、気まずい沈黙を守っている。画面の向こうで、どんな顔をしているのか想像もつかないが、全員が明らかに辟易している空気を感じる。またこの、うんざりするようなやり取りの繰り返しなのか。でも、私はどうしても、自分が怠けていたわけではないと訴えたかった。必死だった。
「じゃあ、今すぐ決めよう。画面にワードを開いて、これから言うことを一字一句メモしろ。朝礼が終わったら、すぐにそのメモを私に送って。」
入社してたった三ヶ月。私の無能さが、これでもかとばかりに露呈した。スピードと正確性を求められる事務作業は、常に遅延。期待されてサブで入ったプロジェクトからも、資料作成のスキルの低さを理由に、あっという間に外された。世の中の仕事というものは、私の想像をはるかに超える厳しいものだった。そして、私は人事から「パフォーマンス向上のための指導対象」という、屈辱的なレッテルを貼られ、オンラインの研修プログラムへの参加を半ば強制された。
何よりも耐えられないのは、川村マネージャーとの相性の悪さだ。彼の言葉は、いちいち上から目線で、私の自尊心をズタズタにする。半分以上、彼の話を聞いていないと言っても過言ではない。カチンとくることばかりで、つい反論してしまうこともある。だが、彼はそれを逆手に取り、さらに高圧的な態度で私をねじ伏せようとする。どうしても黙っていられないのは、プライドが許さないから。そして、きっと自分の無能さを隠したいという、必死の自己防衛なのだろう。
「タスクは以上だ。昨日が今日提出期限だと言ったから、絶対に今日中にアウトプットを出すように!」
川村マネージャーはそう言い放ち、今日もまた、後味の最悪な朝礼は幕を閉じた。私の心には、重苦しい鉛のような塊が残ったままだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます