第2話〜背が、伸びた〜

 誰もが会社名が「アゲアゲ」と聞いたら、一度は鼻で笑っただろう。そんなおもちゃ屋のような社名が、まさか全国に席巻しているとは。アゲアゲ社は社歴5年未満で、スマホ専用オークションアプリを軸にした金融系の会社だ。最初は海外でユーザー10億人超えのスマホ専用オークションアプリと提携し、技術支援を受け、まずオークションアプリとして日本国内で展開することになった。それから少額ローン、あと払い、クレジットカードなどの金融事業の拡大をはかり、人々の衣食住に大がかりに食い込んできた。半分ふざけた名前、ポップなデザイン、ゲーム感覚のキャンペーン、そして100億円にも上る初期の会員還元によって、あっという間に全国民の半分が会員になった。特に若年層から絶大な支持を受け、メディアにも毎日のように取り上げられ、一瞬にして時代の寵児となった。おまけに、オフィスは最小化され、半数以上の社員はフルリモートでの勤務となっている。それまでにメガバンク、証券会社、有名IT企業の社員がごそっと転職してきており、最強の傭兵部隊のような人的資源を構築した。こういった背景はもちろん応募前に調べていたので、あれだけ嘘をついた面接でさすがに自分に言い訳をつけたくて、こんな質問をした。


「私は金融系の知識がなく、今まで似たような業界での経験もありませんが、大丈夫でしょうか。」


「専門知識は、いらないんですよね。このポジションはプロジェクトマネジメントですから。」と面接官は言った。


 こうして、私は時代をリードするイケイケのエリート軍団にどさくさに紛れて、入社してしまった。


 入社初日。日焼けした肌に体格の良い男性が、底が泡のようなクッションのスニーカーに黒のレーザーシャツを着てMacBookを片手に会議室に入ってきた。「こんにちは、川村秋です。このグループのマネージャーです。秋生まれなので、名前も秋と言います。性格も秋のように爽やかです!」


 そんな個人情報はいらないなと思った。


「藤澤美咲です。これからよろしくお願いします。」


「面接以来ですね。あのときはまだ暑かったのに、もうこんなに寒くなって。そういえば、面接のときはまだ名前を言っていなかったと思いますが、覚えやすい名前なので、よろしくね!」


 は?要らない情報なのにテイク2?


「はい、覚えました!今日はオリエンテーションだと聞いていますが。」本題に入らせるように話題を変えた。


「ああ、そうそう。まずはうちの部署の紹介をしようと思っています。」そう言いながら、川村マネージャーは会議室に備え付けのスクリーンをオンにして、パソコンとつなぎ、資料を映し出した。


「まず、うちの部署はクレジットカードの販売促進を担当しています。クレジットカードは使っていますか?」


「はい、大学時代から使っています。」


「そうなんだ。ユーザー目線から見るクレジットカードと、実際に内部から見るクレジットカードは仕組みが全然違うのね。」


 そう話すと、川村マネージャーはスクリーンに映る資料のタイトルをカーソルで何度も丸で囲んだ。「なので、まずここに書いたようにクレジットカードの基本システムから説明します。」


 業務の基本から説明してくれるんだ。これならなんとかやっていけそうだ。これで社会の主流に昇格できたと思った。

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