四ヶ月から七年〜私の職歴詐称の千日〜

@caomei

第1話~金が、来た~

茜色の夕焼けが、まるで燃え盛る炎のように西の空を染め上げていく。どこまでも広がる荒涼とした大地に、終わりは見えない。遠く、点々と動く茶色い影は、テキサスロングホーン。彼らは、満腹と自由を謳歌し、牛としての至福を貪っている。しかし、私ときたら...。


自由を求めた果てに辿り着いた、世界の果てのようなテキサスの牧場。ボロボロの小屋で、200万ドルにも膨れ上がった借金と向き合う日々。かつてあれほど忌み嫌った「自由」を持て余し、退屈を持て余し、私はもう、限界だった。


「すみません、まだワーホリの契約が残っていますが...父が癌になってしまい、一刻も早く日本に帰りたいんです。できれば、来週中に...」


牧場管理人のクリスは、目を丸くして私の言葉を聞いていた。「それは大変だね!すぐに帰った方がいいよ。契約のことは気にしないで。美咲も元気でね。」


管理オフィスを飛び出した私は、心の中でガッツポーズをした。考え抜いた嘘は、見事に成功した。父からの送金で、日本行きの航空券はすでに手の中にある。


「最終学歴は、東帝大学大学院理工学研究科です。その後、国立の研究機関に勤務し、よりグローバルな経験を積むためにアメリカの大学院へ。帰国後は、保険会社の経営企画室で、海外子会社の新規事業開発やIPOを担当していました。今年で7年目になります。」


オンライン面接は、淡々と進んでいく。小さな画面の向こうにいる面接官の顔を見ずに済むように、私は画面を端に寄せた。作り上げた架空のストーリーを、堂々と語る。小さなブラックホールのようなカメラレンズを見つめながら、心の中で呪文のように唱える。「騙される方が悪い...」と。


これが四社目の面接だ。過去の転職活動で、嘘が通用しないことは嫌というほど分かっている。一度、面接中にバレそうになった。いや、バレたのだろう。面接ルームを出た途端、不採用の電話が来たのだから。だから、今回は綿密に計画を練った。不必要な情報を削ぎ落とし、時系列を入れ替える。話すことは、全て事実のみ。それでも、空白期間を埋めるためには、現職の勤務期間を長く偽らなければならない。


そこで、過去に関わったプロジェクトを、米粒ほどの規模からロケットほどの規模に拡大する。一度傍聴しただけのミーティングを、あたかも自分がリーダーだったかのように語る。異業種の、聞いたこともないベンチャー企業の話だから、相手は内情など知る由もない。それで、なんとか納得させているのだ。


今回の会社には、まだ嘘の数が少ない。しかも、現職の職務内容と重ねられる部分が多い。現職でのわずか四か月は、転職先に売れる経験と見なして良いものだとしたら...。


面接官は、黒いTシャツを着た男たちが三人。無表情で、ありきたりの質問を繰り返す。自己紹介、業務経験、自身の強み。彼らの口調には、時代の先端を走る会社特有の自慢と余裕が滲み出ている。私はいつものように、採用されるために作り上げたフィクションの自分を語り始めた。名門大学の理系大学院卒、ブランクなく専門職、アメリカ留学経験、英語が堪能、会社の心臓部である経営企画での大型プロジェクト経験。隙のない、完璧な経歴。約20分後、オンライン面接は終了した。


二日後、内定と条件通知書がメールで送られてきた。人生最高額の年収になった。

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