チョコレートケーキ
星雷はやと@書籍化作業中
チョコレートケーキ
「やった! やった! 買えた! ラッキー!」
私は両手に紙袋を抱えながら、嬉しくてスキップをする。今日は日頃頑張っている自分へのご褒美として、チョコレートケーキを購入したのだ。以前から気になっていたケーキ屋は、大人気なこともあり予約を取るのも一苦労だった。今日という日が、混雑の原因であることは分かる。しかし、今日のイベントは私にとって全くの無関係だ。
自宅のマンションに早く帰ろうと、ビルの角を曲がった。
「……っ!? ……ふぅ、セーフ……」
途端に人影とぶつかりそうになり、慌ててバランスを取る。折角の戦利品であるチョコレートケーキを落とすなど失態は犯さない。
「美羽?」
腕の中にある紙袋の無事を確認していると、頭上から聞き覚えのある声が掛けられた。
「……え……」
反射的に顔を上げると、元カレの亮太が立っていた。
一流企業に就職したらしく、質の良いスーツ姿に赤い薔薇の花束を抱えている。『らしい』というのは、彼とは大学の就活が始まる迄のほんの少しの期間付き合っただけなのだ。自身の就職活動が忙しかったのもあるが、一方的に別れを告げた相手のことなど知りたくもない。写真も連絡先も全て消した。何故、今になって現れるのだ。
「大丈夫か? 怪我はないか?」
「……平気。私、急いでいるの……じゃあね!」
世間体が悪いからか、一応私を気遣う素振りを見せる。今更、優しくするな。今日のイベントを過ごす相手へのプレゼントを持っているくせに、私に構うな。折角の楽しい気持ちが四散していく。自分でも驚く程、冷たい声色が出た。明確な拒絶である。
「……っ! 待ってくれ!」
「な、なによ……」
走りだそうとすれば、亮太が両手を広げて行く手を阻んだ。薔薇の花束を手に、小学生のような幼稚な行動に私は思わず再び話しかけてしまった。
「そ、そんなに急がなくてもいいじゃないか。それにその紙袋は……誰かにあげるのか?」
「プライバシー侵害です。黙秘権を行使します」
容姿端麗・運動神経抜群・頭脳明晰な亮太であるが、超鈍感野郎である。普段は察する能力も発揮するのに、私に対してはいつもぽんこつだ。私は事務的な対応をする。
「……っ!」
「嫌です。恋人でもない。只の元カレに話す必要はありません」
亮太は傷付いたような表情を浮かべるが、私の方が被害者である。何が悲しくてご褒美のチョコレートケーキを、誰かへの贈り物かと元カレに尋問されなければならないのだ。
「……それは……」
「貴方こそ、こんな所で私になんてかまけてないで、恋人さんに会いに行ったら如何ですか? オモテになるでしょう? どうぞお幸せに!」
気まずそうに顔が逸らされた。その行動に私の堪忍袋の緒が切れる。プライベートなことを詮索されて嫌だったが、逆にそれを指摘するなんて嫌な女だ。だが今日という日に、仕立ての良いスーツと薔薇の花束を持っていれば、デートの約束をしているなど一目瞭然である。
もしかするとプロポーズをするのかもしれない。嫌味をぶちまける。
「ち、違う! これは……美羽! 君への贈り物だ!」
「……は? え? 今更なんで……」
何故か焦った顔の亮太が、私に薔薇の花束を差し出した。思わず反射的に花束を受け取る。予想外の出来事に、彼の顔と花束を何度も見てしまう。私には今更贈り物をされる理由がない。私は元カノなのだから。
「……俺の勝手で別れることになって本当にごめん。あの時は自信がなくて、美羽に相応しい人間になりたくて、時間が必要だった……」
「なにそれ……」
言いたいことが沢山ある筈なのに、真剣な表情で告げられた言葉に喉が詰まる。
「別れてからも、一度も美羽のことを忘れたことはない。美羽が好きだ」
何を今更。
「これからも、ずっと一緒に居てくれ」
本当に自分勝手だ。
「俺と結婚してください」
亮太が跪くと、黒い小さな箱を取り出した。そこには付き合っている時のデートで、ショーウインドウから見て一目惚れしたエンゲージリングだった。あの時は単に見ていただけで、特に彼との会話をした記憶はない。数年も前の、些細なことを覚えているのだ。
「なんで、覚えているのよ……」
「大好きで、愛している人のことは覚えているのは当たり前だろう?」
色々な感情が鬩ぎ合い両腕に力が籠り、腕の中にあるケーキと花束が悲鳴をあげる。
「もっと……有効的なことに頭を使いなよ」
頭脳明晰な筈なのに何をしているのだ。この男は。
「美羽のことに使う以外に有効的な使い方があるか? ほら、答えは?」
私がプロポーズを断るなど、微塵も考えていないようだ。自信満々な亮太の表情に苛立ちが募る。先程までのしおらしさは何処へ行ったのだ。
「私の答えは――」
自信満々な彼に、チョコレートケーキを押し付けた。
〇
少し変形したチョコレートケーキを半分食べる、私の左手の薬指にリングが輝いた。
チョコレートケーキ 星雷はやと@書籍化作業中 @hosirai-hayato
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