(1-1.6r)このタイトル部分は思想矯正も届かないから言わせてもらうけど、魔法でもっと先にやるべきことがあるんじゃないかしら?
洗い流し(シャワー)と言われている「業務」をえたあと、湯気の残る空間に一歩戻る。
——ショーツが、ない。
いや、支給品はある。
——わ た し のショーツが、ない。
いや、支給品はある。
壁からせり出すようにして、洗浄・祓浄済みの支給下着が収容タンスから提示される。
ラベルには「使用可」「洗浄済」「魔力的穢れゼロ」「共用」「リユース33」など、信用マークが整然と並んでいる。
──それでも、だ。
「誰が使ったかわからない」っていう不快感は、ゼロにはならない。
それどころか、“わたしのからだ”に対する不条理が、そこに凝縮されているように感じられる。
支給される下着は、男女兼用で、軍務に耐えれるように設計された吸汗・揮発性能が売り。
けれどそれは「戦闘業務に最適の性能」であって、「快適」とは別の話だ。
どんなに理屈が整っていても、それを**“根源的に”拒絶する感覚**がある人は少なくない。
まず、下に関しては**“男女兼用”という設計そのものが忌避感の原因**。
誰が使っていたかは分からないが、それが問題なのではない。
この身体の形が、私の選んだものではないのに、そこに合わせないといけないということが、どうしようもなく苦しい。
さらに、上 ——ブラの方はもっとひどい。
この世界にはアンダーもトップもサイズ感も、そもそも“存在しない”ことになっている。
「押さえておけば、業務に支障は出ない」
それだけの理屈で設計された、“潰して固定する”だけの、地獄みたいな作り。
誰がそんなものをつけて、1日を過ごせるというの?
よほど体型が偶然合うか、無頓着か、あるいは忠誠心を示すための儀礼としてでもなければ、使い続けられる代物じゃない。
女王陛下が統べる世界で、どうしてこんなにも女性の身体が雑に扱われるのか、ふと、疑問に思う。たぶん女性じゃない方が最後の承認してるんじゃなかろうか…
男女兼用全8サイズで自身が申請したものが、毎朝ご丁寧にパイプを通って「わたしのばしょ」の収容タンスの所定の棚に届く。
王国での下着の支給率は240%を超えたという。しかし、収容タンスの下にある洗濯依頼パイプに投げ返された洗濯率から求められる使用率は30%を切っていると聞く。
男性じゃない方は多分、みんな、こっそり自分で買ってるのだ。
特に上。汚れが早いから下もかな? 私もそうだ。合うもので妥協できるものを探しているが…いつだって迷子だ。
わたしが選んだもの、私の私物。それゆえに洗濯依頼パイプに送っても帰ってこない。どころか誰かのがわかれば「模範的市民でない」とみなされてしまうだろう。
ゆえに手洗いだった。
しかし、そのストックが切れていた…うかつ。
「帰ったらやろう、コレ終わってからやろう、寝る前にやろう… 起きたらやろう…」をうっかり3回連続でやっただけなのに…
わたしたちは、別にこの身体を「選んで」生まれたわけじゃない。
なのに、なぜこんなにも多くのコストと手間が「自分の快適」にかかるのだろう。
などと、わが身の怠惰を天に身代わりしてもらって、唾を吐いてもしょうがない。自分に返ってきてしまう。ほっぺを拭くのにハンカチも洗わなくてはならなくなってしまう…
さて…
わたしはまだ、かすかに残る湯の熱が完全に消える前に決断するしかなかった。あわよくば勝利を収めたいが…
今から洗う
…無理だ!乾かない! 私の場所での温風で…いや、そんなことの為にあの風魔法が起動するわけない…
簡易詠唱で自分の火の魔法を…
やめておこう。酷いオチにしかならなそうだ。万が一にもストックを減らしたくない… 万一より低い百の一より高い確率でやらかしそうな気がする…
——なれば、支給用か
——連続使…
これはどちらも敗北だ。私の観念においてはギリで支給用で一日我慢する方がマシか、どう状況をみても負けだった。全敗、完敗で困憊だった。
——あ。
そのとき一発逆転の大勝利の道が開いたのだった! !
わたしは引き出しの奥から、ある一式を取り出した。
兵役を終え、初めて市民として迎えた都市の冬。
貴族御用達のオーダーメイド専門店で、分不相応にも思い切って買った――
わたしだけの下着。
ふわっとした光沢のある白に、うっすらとラベンダーが差されたショーツと、
着けているのを忘れそうなくらい優しいアンダーラインのブラ。
式典用、あるいは……いつか特別な夜のために取っておいたもの。
まさか、こんな普通の朝に手を伸ばすとは思っていなかった。
でも、気づいたらもう──着ていた。
「どうせ見られるものじゃないし、いいよね…」
肌に通すと、自然に背筋が伸びた。
わかってる。今日みたいな日常に、この下着を選ぶのは少しおかしいって。でも、“今のわたし”が、どれだけ日常に潰されてるかってことも、これでちょっと証明された気がした。
下着の形に、自分の形を受け止めてもらった気がした。
「自分の身体が、今日くらいは“わたしのもの”であってほしい」
そんなこと、口に出せるわけもなく、ただ鏡を見て一言だけ呟いた。
「なんで支給品はこれを基準にしないの?」
小さく呟く。でも答えはわかってる。
「規格外」だから。
「快適」は、「贅沢」だから。
苦笑いでごまかして、制服のベストに袖を通す。
魔法防御力のある布のズンとした感触が、あたたかい下着の感覚を塗りつぶしていく。
気づけばすっかり“いつものわたし”だ。
いや、ほんとうは“他人のための私”。組織が求める“リドリー”という記号。
シャツをインして、つけ襟と計測機能袖を巻くと、オーグがウィンドウを立ち上げる。
体温 35.8℃/血圧安定
エテル反応:安定
制服識別:min pax(平和省) 本部・戦略局(東)
左腰にぶら下げたプレートには、所属と名前が小さく点滅していた。
ネームタグの横、いくつかの真っ当な思考を保証してくれるキャンペーンバッチと献身性の証左になる募金参加バッヂ。そしてさりげなく装飾された市民等級バッジ。最近、ちょっとだけ色が濃くなった。それがなんとなく、嫌だった。
「“わたし”って、何色なんだろうね」
誰にも聞こえない声で、そう呟いた。
ふと、制服に腕を通しながら視線をやると、残った下着の包装紙を折りたたんで置いてある。
そこには、金の箔押しでこう書かれていた。
“あなたが選んだ輪郭が、あなたの生きる形になりますように。”
ベラ・リーヴ
どこかで見たキャッチコピー。
それを読みながら、リドリーは――ほんの少しだけ、笑った。
つけ袖のボタンを留めたとたん、壁の向こうから音が溶け出す。
——ムードオルガン。
自動で生成されてゆくコードに沿った旋律が、
今日の私の気分を先回りする。
でも今日は、ほんの少しだけ違った。
自分で選んだ下着が、
わたしの輪郭を、わたしに返してくれたから。
その一瞬だけ、
オルガンがわたしの味方をした気がした。
音が変わる。
わたしも、少しだけ変われる気がした。
制服の下に、自分だけの“輪郭”を纏って。
今日も、社会の中に溶けていく。
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