第2話 昼休みの密着
『――恋がしてみたくなったから』
今年……というか、去年の夏、私は燐にそう言って陸上部を辞めた。
事前に相談したとか、そういうのはまったく無し。
あまりにも唐突で身勝手な理由だったから、最初は燐にショックを与えてしまったのも記憶に新しい。
喧嘩みたいな雰囲気にもなった。
どうして、って。
けれど、それはそうもなる。
怪我をしたとか、勉強を優先させないといけなくなったとかならまだわかるし、何ならモチベーションが保てなくなった、なんて理由の方がまだしっくりくる。
恋がしてみたくなったから、なんて。そんなのは部活を続けながらでも当然のようにできることだし、誰か別の人がそう言っているのを私が聞いても、『そんなことで辞めるの?』と思ってしまうはず。
とにかく、真っ先に私は何か別の理由で部を辞めようとしているんじゃないか、と燐に疑われた。
でも、恋がしたいというのは私の本音で、それが理由で部を辞めたいというのはどうしようもない事実だった。
別に好きな人がいる……訳でもなかったと思う。
少し気になる人がいて、でも、それはたぶん恋とは違う感情のはずで、冷静に物事を判断するために私は陸上部を辞めざるを得なかった。
それだけの話だ。
「――はい、燐。お口開けて? あーん」
開門の呪文を唱えてみたのはいいものの、目の前に座る恋人(仮)は、非常に冷めた視線を私に向けてくれている。
もっとラブラブな雰囲気を出した方が良かったのかもしれない。
深々とため息をつき、残念そうにしていた。
「……ねえ、瑠乃? 本当にこういうノリをしばらく続けるつもり?」
「うん。続けるつもり。だって今の私たち、恋人同士だから」
なんて風に私が即答すると、燐は改めてもう一度ため息をついた。
昼休みの教室。
確かに周りには人がたくさんいて、食べさせてあげている光景を見られない、ということはないけれど、雑然としているし、皆それぞれの会話に夢中だ。
努めて私たちのことをジッと観察し続けている人なんていないと思う。
思い切りベタベタして甘え合いっこしているわけでもないし。
「そんなの、周りの人に見られたらどうするの? 冗談とはいえ、『恋人ごっこしてるんです』なんて口が裂けても言えないでしょ?」
燐はそう言ってくるけれど、私は小首を傾げていったん箸を自分の弁当箱の元へ戻した。
「そうかな? 私は全然言える。燐と恋人ごっこしてるんだよ、って」
「なるほどね。やっぱり瑠乃はどこか頭のネジが飛んでる。将来が心配になってくるレベル」
「いやぁ、それほどでも」
「どう考えても褒めてないから。わかりやすく照れないで」
呆れつつ、燐は自分の弁当箱の中に入っていたウインナーを口に運んだ。
私はその様をジッと見つめて離さない。
「……何? 『私が食べさせてあげるのに』とか思ってた?」
燐に心の中を読まれて驚く。
正解だった。
「残念でした。私は私のお弁当を、ちゃんと自分の力で食べます。瑠乃に食べさせてもらうことなくね」
「きゃぁ……かっこいい燐君……。クールでイケメン……」
「だからそういうノリもやめてってば……」
ガクッとわざとらしく肩を落として見せる燐。
呆れている様子だけれど、私は間髪入れずに続けた。
「じゃあさ、燐? 燐はどういうノリのイチャイチャなら受け入れてくれる? 素っ気ない系? それとも、主従関係系?」
「何その多彩なシチュエーション群……。私は全然普通でいいんだけど……そもそも恋人ごっこっていうのも何なのかわかってないし……」
「ふんふん。なるほどね。じゃあ、燐には案外強引にされちゃう系がいいのかな?」
「え。ヤダ。強引系は無いと思います」
きっぱりと即答してくる燐だけど、そんなの口だけだったら何とでも言える。
モノは試し。
教室だけれど、私は有無を言わさずに燐の方へ椅子を寄せ、距離を縮めた。
「ちょっ……る、瑠乃……?」
近くない……?
そんなことを口にする燐の顔はさっきよりも少し赤みを帯びていた。
挙動不審になって、周りの目をすごく気にしている。
何というか、すごく可愛いと思えた。燐のことが。
「よくよく考えてみればそうだったんだよ……燐」
「ち、近い……! 近いよ瑠乃……! ここ教室だし、周りに人もたくさんいるから……!」
――いいじゃん。別に。
いたずらに笑み、私はそう口にする。
本当のところ、見せつけてあげてもいいくらい。
あの夏。
私が陸上部にいた時にされたみたいに。
「何か言われたら……ゲームしてましたって言えばいいよ。どっちが先に恥ずかしがるかゲーム」
雑然とした空間。
私は燐の耳元に口を近付け、コソコソと囁く。
別に何もしていない。
女子同士、少しくっついているだけ。
「ちょっとこうしてよっか……? 人の多い中で、密着してみましょうタイム」
「っ……!」
何か、湧き出そうな声を我慢する燐の悶える姿。
それを至近距離で見ていた私は、心の底から良くない感覚を覚えてしまっていた。
触れる胸と胸。
伝わり合う心音。
ドク、ドク、ドクと強く跳ねるそれをお互いで感じ合い、私たちは昼休みのひと時を過ごすのだった。
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