異世界で交わした約束

わんし

異世界で交わした約束

 異世界の森の中、静かな風が木々を揺らしていた。緑の葉が陽光を反射し、まるで世界全体が静かに息を呑んでいるかのようだった。その中で、二人の人物が向き合っていた。彼らは、言葉にできないほど深い絆で結ばれているはずだった。しかし、この世界の常識では、それはあまりにも無謀な希望でしかなかった。


 ここは、彼らが最初に出会った場所。数ヶ月前、この異世界に転送されてきた二人は、全く異なる境遇の中で出会い、互いに助け合いながら生きてきた。だが、今、彼らは別れの時を迎えていた。


「もうすぐだな…」


 男は静かに言った。長い旅路を共に歩んできた相手に、思いがけない別れが訪れるとは夢にも思わなかった。しかし、この世界のルールでは、別れることが常だった。どうしても避けられない運命に、彼は無力感を感じていた。


 彼の目の前に立つのは、顔にはたくさんの傷が残る女性だ。だが、その表情は不安に満ち、涙をこらえきれない様子だった。彼女もまた、この別れを受け入れたくはなかった。しかし、どんなに願っても、世界の運命がそれを許さなかった。


「私は行くわ。」


「でも、忘れないで。あなたと過ごした日々を、私は絶対に忘れない。」


 女性はゆっくりと歩み寄り、男の手を取った。その手は温かく、強く、もう一度触れたら、決して離したくないと思えるような、かけがえのない温もりがあった。


「私は…絶対に諦めない。再び会うことを誓うから。約束だ。」


 男の言葉は、彼女にとって何よりも重要だった。その言葉を胸に刻むように、彼女は深くうなずいた。そして、お互いに最後の視線を交わすと、彼女は振り向き、背を向けて歩き始めた。その背中がどんどん遠ざかる中、男はただ立ち尽くし、息を呑んだ。


 その瞬間、異世界に広がる空間が不穏な音を立て、空気が変わった。彼女が離れると同時に、世界が少し歪んだように感じた。男の心はひどく締め付けられるように痛んだが、それでも彼は前を向くことを決めた。


 この世界では、二度と会えないかもしれないという事実を抱えながらも、彼は何度も心の中で誓った。絶対に諦めない。再び彼女と出会うまで、決してあきらめない。


 それが、この世界における唯一の希望だった。二人の約束は、彼らの心の中にしか存在しない。外の世界はそれを無視し、無慈悲に流れ続ける。だが、彼は信じていた。約束を守るために、どんな試練があろうと、絶対に諦めないと。


 その後、彼女が去った後も、男は動かずに立ち尽くしていた。


 時折、空を見上げては、彼女の姿を思い出しながら、どこかで再会するその日を信じていた。彼女も同じ気持ちだろうか。あの約束が果たされるその日まで、彼女もきっと戦い続けているはずだ。再会できるかどうかは分からない。


 でも、それでも信じることが、今は何よりも大切なことだと思えた。


 この異世界では、一度別れた者が再び会うことができる保証はなかった。だが、彼はそれを越えなければならなかった。二人の心が繋がっている限り、どんな困難が待ち受けようとも、彼は決して諦めないと誓ったのだ。


 彼の前に広がるのは、未知の土地だ。その土地を進みながら、彼は一歩一歩を踏みしめる。どこかで、再び彼女と出会えるその日を信じて…。


 男は異世界の荒野を歩き続けた。目の前に広がるのは、果てしない大地。


 ここには、何もないように見えた。荒れ果てた草地、ひび割れた大地、時折、遠くに見える廃墟のような建物。まるで誰も住んでいないような世界が広がっていた。


 だが、彼はその静けさの中で、一歩一歩を踏みしめる度に、あの日交わした約束が胸の奥に深く刻まれているのを感じた。


「絶対に諦めない。再び会うんだ。」


 何度も心の中でその言葉を繰り返す。彼が再び彼女と会うためには、どんな困難にも立ち向かわなければならない。


 この異世界では、時間や空間さえも不安定であり、二度と会うことができる保証はどこにもなかった。それでも彼は、彼女との約束を守るために、道を歩み続ける。


 数日間、彼はひたすら歩き続けた。


 食料も水も尽きかけ、体力も限界に近づいていたが、何かに突き動かされるように歩みを止めることはなかった。時折、風に乗ってかすかな声が聞こえるような気がして、彼の足は自然とその方向へと向かう。


 だが、それが実際に誰かの声なのか、ただの幻聴なのかは分からなかった。ここでは、現実と幻想の境界が曖昧になっていた。


 ある夜、彼が野宿をしていると、突然、闇の中から何かが近づいてきた。その気配に気づいた男は、すぐに剣を手に取り警戒した。暗闇の中から現れたのは、見たこともない獣のような姿をした生物だった。巨大な体に鋭い牙、足元を覆うような黒い毛皮を持ち、その目は赤く光っていた。


 男はすぐに身構えたが、何も手を出さずに立ち尽くしていた。獣は彼をじっと見つめ、しばらく動かなかった。


 すると、獣が低く唸りながら、ゆっくりと歩き出した。その動きは、まるで彼に何かを伝えようとしているかのようだった。男は、獣の行動に警戒しつつも、その背後に何かがあるのではないかと直感的に感じていた。


「君も…私を探しているのか?」


 男は、自分でも信じられないような言葉を口にした。その瞬間、獣は立ち止まり、男をじっと見つめた。目の前で繰り広げられる不可思議な光景に、男は息を呑んだ。


「君が何を伝えようとしているのか、わからない。でも、もう少しだけ進んでみよう。」


 獣は再び歩き始め、男もその後を追うように歩き出した。何かが彼を引き寄せている。彼女との約束が、少しずつ近づいているような気がした。


 その道を進んでいくと、やがて一つの小さな村が現れた。そこは他の場所とは異なり、何もかもが異次元のような雰囲気を持っていた。村の住人たちは、どこか浮世離れした顔をしており、誰もが一様に深い瞳で男を見つめていた。男はその目を見ていると、不思議な感覚に包まれた。何かを知っているかのような、そして何かを隠しているような、そんな目だった。


「ようこそ、旅人。」


 一人の中年の男が声をかけてきた。


 その声には何か重みがあり、ただの偶然ではないことを感じさせた。


「君のような者がここに来るのは、珍しいことだ。」


 その言葉に男は驚き、警戒心を強めた。


 しかし、村の住人たちは、彼を友好的に迎え入れた。その中で、男はあることを知る。


 この村には、時空を操る能力を持つ者がいるという。


 そして、彼らの力を借りることで、過去と未来を繋げることができる可能性があるというのだ。その話を聞いた男は、すぐにその力を求める決意を固めた。再び彼女と会うためには、どんな方法でも使わなければならない。


 だが、その力を得るためには、村の試練を乗り越えなければならなかった。それは簡単なものではなく、男の心と体を極限まで試すような過酷な試練だった。


 しかし、彼は迷わなかった。約束を果たすためには、どんな困難も乗り越えなければならないと心に誓っていたからだ。


 夜が深まる中、村の広場に集まった者たちが見守る中、男は試練に挑む準備を整えた。彼の胸には、彼女との約束が強く響いていた。


 男は村の広場に立ち、目の前に広がる試練に挑む準備を整えていた。周囲の村人たちが静かに見守る中、彼の心は決して揺らぐことなく、ただひたすらに前を見据えていた。試練がどれほど過酷であろうとも、彼にはただ一つの目標があった。あの約束を守るために、彼は全てを捧げる覚悟ができていた。


「試練を受けるか?」


 中年の男が再び声をかけると、村の長老が彼に近づいてきた。その目は冷静でありながらも、どこか温かみを感じさせた。


「試練を受けることができる者は、何かを乗り越えなければならない。だが、その先に何が待っているか、君には分からない。」


 男はその言葉にうなずき、ただ一言で答えた。


「受けます。」


 長老は静かにうなずき、試練の内容を告げる。それは、心と体を試す過酷な内容だった。


 まず、男は「心の迷い」を断ち切る必要があった。すなわち、過去の痛みや失敗、そしてこれまでの自分を乗り越えなければならないというのだ。そのためには、過去の自分と向き合い、決して後悔しないという強い決意を固めなければならない。


 試練が始まると、男の視界が一瞬にして歪んだ。目の前に現れたのは、過去の自分だった。彼は目の前の人物を見て、すぐにそれが自分自身であることに気づく。しかし、その自分は全く違う表情をしていた。目の中には、何かを失った悲しみと怒りが込められていた。


「俺はもう…」


 過去の自分は、男に向かって話しかけた。


「俺たちが約束したことを守れなかったんだ…」


 その言葉は、男にとって胸を突き刺すような痛みとなった。


 あの日、彼が彼女に誓ったこと。それが果たされなかったという事実が、過去の自分に語られることに、男は心の底から恐怖を感じた。自分が何かを守れなかった、何かを成し遂げられなかったということが、まるで他人のように自分の前に現れる。


 だが、男はその恐怖を振り払おうとした。自分があの日誓ったことを思い出す。彼女との約束、再び会うという誓いを果たすためには、どんな痛みも、どんな迷いも乗り越えなければならない。それを胸に、彼は過去の自分をまっすぐに見つめ返す。


「それでも…俺は諦めない。約束を守るんだ。」


 その言葉が、過去の自分を押し戻し、視界が元に戻った。彼はその一歩を踏み出すと、次の試練が待っていた。


 今度は「体力」の試練だった。無数の岩山が目の前に現れ、その頂上に登らなければならないというものだった。岩を登る途中、体力の限界に達し、足元がふらつくこともあった。しかし、彼は決して止まらなかった。


「一歩でも、進むしかないんだ。」


 彼は心の中で自分に言い聞かせ、足を前に進め続けた。体力が限界を迎え、息が荒くなる中でも、彼は目標を見失うことなく登り続けた。途中で崖から落ちそうになり、または足を滑らせてしまいそうになることもあった。


 しかし、どんな危険が待ち受けていても、彼の心は揺るがなかった。


「絶対に、諦めない。」


 その言葉を胸に、男はついに岩山の頂上にたどり着いた。風が吹き抜け、その先に待ち受ける試練がまだあることを告げているようだった。しかし、彼の心はすでに次の試練に向かっていた。


 そして、試練の最終段階が訪れた。


 それは、「未来の予見」を試すものであり、男は未来に起こる可能性のある出来事を選ばなければならなかった。目の前に現れたのは、彼女が現れるシーンだった。


 しかし、そのシーンは完全に彼女の姿を失ったものだった。彼女が死んでしまう未来、彼女が他の誰かと一緒にいる未来、それらが彼の目の前に映し出された。


 その時、男は一瞬でも迷うことなく、心の中で固く決意した。彼女と再び会うために、彼はどんな未来を選んでも、諦めない。どんな形であれ、彼女と再び出会うその瞬間を信じることを決めた。


「僕は…君を待っている。」


 その言葉とともに、男の目の前の視界が大きく広がった。試練は終わり、彼は再び立ち上がった。これで全てが終わったわけではない。だが、彼はその先に待っているものを信じ、どんな困難にも立ち向かう覚悟を決めた。


 約束を果たすために。再び、彼女と会うために。


 男は試練を乗り越え、村の長老に告げられた言葉に静かにうなずいた。彼の目の前に広がる世界は、以前と何も変わらない。


 しかし、彼の心の中では、何かが確実に変わったことを感じていた。それは、もはや一人ではないという確信だった。彼女との約束を果たすために、彼の中にある力が目覚め、心が強くなったのだ。


「もう一度、君を見つける。」


 その言葉を心に誓い、男は新たな道を歩み始めた。試練を通じて得た力を使い、彼は次の目的地へと進んでいく。


 村の者たちが見守る中、男は最後の挨拶を交わすことなく、ただ静かに歩みを進めた。彼の目の前には未知の世界が広がり、いくつもの試練が待ち受けているだろう。だが、もはや恐れることはなかった。彼は再びあの約束を果たすために歩き続ける覚悟を持っていた。


 そして、男はまた新たな旅を始めた。彼が進む先には、無数の障害が待ち受けていることだろう。


 しかし、それらは彼にとって障害ではなく、ただの通過点に過ぎない。彼の胸には、彼女との約束が確かに刻まれていた。再び会うために、どんな時でも、どんな場所でも、彼は決して諦めることなく進み続ける。


 時折、風に乗って彼女の声が聞こえるような気がして、男は足を止めて耳を澄ませた。だが、周りには何もない。それでも、彼は信じ続けた。彼女の声が届くその日まで、諦めることはないと。


 時間が過ぎる中で、男は多くの人々と出会い、また別れながら進んでいった。ある者からは知恵を得、またある者からは力を借り、次第に男は多くの仲間を得ていった。


 しかし、彼の心に浮かぶのは常にあの日交わした約束だった。どんなに遠くても、どんなに厳しくても、再び彼女と会うその日を信じて歩み続けた。


 そして、ある日、男はついに目的地に辿り着いた。それは、あの日二人が別れた場所に似ていた。そこには、何もかもが静寂に包まれていた。何年も何世代も時を経たような雰囲気の中で、男は静かに目を閉じ、心の中で誓った。


「君との約束を守るために、ここまで来た。もう一度だけ、会おう。」


 その時、遠くから足音が聞こえた。男はその音に引き寄せられるように振り返ると、目の前に見覚えのある姿が現れた。彼女だった。


「約束を、守りに来たのね。」


 彼女の声は、長い年月を経ても変わらず、温かさと力強さを持っていた。男は言葉もなく、ただ静かに彼女を見つめた。


 その瞳には、すべての苦しみを乗り越えてきた証が映っている。彼女もまた、彼との再会を信じて、どれほどの試練を乗り越えてきたのだろう。


「遅かったわね。」


 彼女が微笑むと、男は深くうなずき、静かに答える。


「でも、約束は守った。」


 再び二人は出会った。言葉ではなく、ただ互いの存在を確かめ合うように、目を見つめ合った。その瞬間、全てが報われたような、温かい感覚が二人を包み込んだ。


 約束を守るために、彼は決して諦めなかった。どんなに困難があっても、何年が経とうとも、彼はあの日交わした誓いを忘れなかった。そして、彼女もまた、同じように信じ続け、歩み続けていたのだ。


 再び出会った二人は、もう二度と別れることはないだろう。異世界という不確かな運命の中で、ただ一つ確かなものがある。それは、互いに交わした「約束」だった。


 その約束が、二人を再び結びつけた。それが二人の運命だった。


 そして、彼らの物語は、今、新たな一歩を踏み出したばかりだった。

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