9月25日②

 放課後を告げるチャイムが校内に響く。ホームルームが終わった後の、生ぬるい束縛から解き放たれたような開放感が、教室中に広がる。あらゆる生徒たちの足取りを軽くし、各々が存分に個性を発揮したくなる瞬間。

 私はこの時間の皆の様子を見るのが少し好きだった。クラス内の人の流れはほとんどルーチンワークのように、ほとんど毎日画一的で誰が何をするかの順番までほとんど一緒だった。まず、一番前の左端に座る「れいちゃん」の周りに、ものの数秒で4、5人の人だかりが出来上がる。

 れいちゃんはクラス内で一番影響力のあるコミュニティを形成している人気者だった。それから堰を切ったように勢い良く雑談が始まり、かと思うと、いきなりその話題はピークに達し、色とりどりな大きな笑い声が教室中に響く――その間、わずか1分。そしてそのピークはおそらく15分以上続く。これが百回以上、ほとんど誤差なく継続していく。

 この間に起こる事は主に3つ。坂崎クン達、野球部の3人が笑い声の起こったおよそ1分後に教室を後にする。続いて美術部の木元さんと陸上部の幸田さんが、揃って何かくすくす笑い合いながら退室する。それから2ヶ月前まで不登校だった松下さんが、きびきびとした足取りで周りには目もくれずに立ち去り、望月クンと青木クンが周りにあいさつしながら後に続く。ここから先は細かくなってしまうので、省略。


 私はひとしきり室内を眺めた後、自分の荷物を整理して椅子から立ち上がった。そのタイミングで「ケイ」が「おぅ」と声をかけてきて、一緒に下校する事になった――百回以上続いている我らが1年3組の生態系のひとつ。


「この後どする?」

 正門を通り抜けたあたりで、聞き慣れた気怠げな口調でケイが尋ねる。

「サキんとこの喫茶店でも行く?」

 私は少し考えるふりをした後、「ごめん、今日はちょっと用事があるんだ」と謝った。

「今日は駅で解散、という事で」

「え~、つまんない」

「すまんね」と私はおどけて返事をする。

「今日はお母さんとヨガ教室の体験入学する日なんだ」

 私がそう言うと、ケイが目を細めてこっちを見る。

「え、絶対ウソじゃんねそれ」

「ホントダヨ」

「20年前の外国籍芸能人の言い方みたいになってんじゃんね。絶対ウソじゃん」

 ケイはそう言いながら、巨大なため息をついた。私はそれ以上弁明せず、小さく謝った。


 それから長い間沈黙が続き、駅前の大きな横断歩道までそれは続いた。ねぇ、と私は信号待ちをしている時に口を開いた。

「ゆうべのTVCのニュース見た?」

「うん? あのしゃれこうべみたいなキャスターのやってるやつ?」

「そそ。その、光属性攻撃が弱点そうなやつ」

「見てたよ~、台風の影響も気になったし。言っても、スマホで見てた『オモコロチャンネル』メインの、“ながら見”だったけどね」

「この辺の地域のインタビューみたいなのあったじゃん? 見た?」

 たぶんね、とケイは首を縦に振った。私は意を決して口を開いた。

「最後にさ、あの子に似た子、映ってたよね」

 信号が青に変わった。私達は横断歩道を渡り、駅に続く最後の一本道に差し掛かった。彼女は不思議そうに私を見た。

「誰?」

 私は笑って、「ごめん、やっぱ今のナシ!」とまた小さくおどけてみせた。

 また長い沈黙が続いた。駅にたどり着き、改札前で私が「上り」、ケイが「下り」で分かれる所で私は手を振った。

「じゃあね。また明日」

「おう。あんまり遅くなってしゃれこうべとエンカしないように」


 ――そうして私は電車に乗った。出入り口の近くに陣取って、電車にゆられながらぼんやり外の暮れなずむ景色を見ていると、別れた時のケイの怪訝そうな表情がフラッシュバックした。私は誰に言うでもなく、掠れるほど小さな声で「ごめんね」と、彼女に謝った。

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