第5話 転移者の保護依頼をしたら、なぜかパレードが決まりそうです。
その日の午後、ヴィーノから支部長室に連絡が入った。
『今からいけるっす! 神託の準備、オッケーです!』
端末に表示されたメッセージを見て、あゆみは小さく息をのむ。
「いよいよ、初・正式神託のお仕事ってわけね」
通話を切ると、昨日の転生対応のときにも着ていた正装に着替えた。
青と白を基調にした、いかにも「ザ・女神」といった見た目のロングドレス。胸元と裾には淡い光を帯びた紋様が流れている。
「普段の制服のほうが落ち着くんだけどな。まあ、格好から入るのは大事か」
準備を終えたあゆみは、シルヴィと並んで神殿棟へ向かった。
「やば。めっちゃ緊張してきた。シルヴィ、私どうしてればいいと思う?」
半分本気、半分泣き言で問いかける。
「大丈夫ですよ、あゆみ様」
隣を歩くシルヴィは、いつも通り落ち着いた声で返す。
「あゆみ様は、見た目だけで十分に神々しいんですから、問題ありません。ふだん通り、交渉の場だと思って臨んでください」
「そう言われても緊張するものはするんだけど」
これは転職初日に出勤する感覚に近い。初めて新しい会社の人たちに会う、あの緊張感である。
「相手って、どんな感じなんだっけ?」
「ルミナリア教国は、こちらへの信仰が厚い国です。今回の件も、おそらく好意的に受け取ってくださるはずですよ」
「好意的でも、女神側は普通に胃が痛いんだよね」
軽口でごまかしながら歩いているうちに、一分ほどで渡り廊下に出た。
外の回廊を抜けると、大きな扉の向こうに、例の神殿空間が広がっている。
中に入ると、そこは地球の大聖堂を思わせる内装だった。高い天井、列柱、光を受けて淡く輝くステンドグラス。だが壁面には、魔法陣とホログラム端末を組み合わせた天界仕様の設備が整然と並んでいる。
「それじゃあ、神託用回線を開くわね」
いつもの位置、祭壇の前に立ち、あゆみは端末を操作する。
「通信用エディクトプログラム、起動」
静かな呟きと同時に、神殿全体が白い光に包まれた。
入口付近の空間がゆらぎ、人のシルエットがゆっくりと浮かび上がる。衣の輪郭、かすかな光輪、跪いた姿勢。像がはっきりしてきたところで、接続が完了した。
あゆみは一度だけ深く息を吸い、声色を切り替える。
「面を上げなさい」
跪いていた一団が、静かに顔を上げた。
先頭に立つ金髪の女性が、驚きと敬意の入り混じった瞳でこちらを見つめている。
「はじめまして、でしょうか。新たに女神となった、天野と申します」
神殿に響く声は、いつもの社畜モードではなく、きちんと“女神仕様”に整えられている。自分でも少しだけ気恥ずかしい。
「天野様。私はルミナリア教国の聖女、エルシアと申します。このような機会を賜り、光栄に存じます」
聖女と名乗ったエルシアが、改めて深く頭を下げた。
「早速ですが、本題に入らせていただきます」
あゆみは姿勢を正し、少しだけ声のトーンを落とす。
「先日、そちらの世界へ『高坂リョウ』という者を、転移者として送りました。その者を、貴国の庇護下に置き、保護していただきたいのです」
「高坂様ですね。女神様が直々に神託をくださったということは、何か事情がおありなのでしょうか?」
(お、この聖女、話が早い)
内心で小さく頷きながら、表情は崩さず続ける。
「察しが良くて助かります。その高坂という転生者ですが、通常よりスキル面では優秀です。ただ、少々性格にクセがありまして。放置すると、周辺諸国にとって火種になりかねません」
そこで一拍置き、あえて言葉を選ぶ。
「能力自体は非常に高いので、御国の管理下であれば、有効活用も可能かと思います。できるだけ早く、教国の影響下に置いていただきたいのです」
「なるほど。優秀だが、野放しにしておくと危険、という理解でよろしいでしょうか?」
「はい。世界の安定のため、ご協力をお願いしたく思います」
エルシアはしばらく考え込み、それから顔を上げてきっぱりと言った。
「承知しました。ルミナリア教国全土の信徒に通知を出し、捜索と保護に当たらせます。世界が安定していることが、私たちにとっても一番の願いですから」
「助かります。ご負担をおかけしますが、どうかよろしくお願いします」
ほっと胸の内で息をついたところで、エルシアが「あの」と遠慮がちに手を胸に当てた。
「それと、ひとつだけお願いが」
締めの言葉に入ろうとしたところで、あゆみは思わず動きを止める。
「何でしょうか?」
「新女神就任のお祝いとして……就任パレードのようなものを、行わせていただくことはできませんか?」
「え?」
思わず素の声が漏れる。
(ちょっと待って。現地に降りてパレードって、要するに“生・女神見世物ショー”じゃない? 絶対SNS……じゃなかった、現地で噂になるやつなんだけど)
助けを求めるようにちらっと横を見ると、シルヴィが視界の端でにこやかに、小刻みに頷いていた。
(やめろ、その“いきましょう”サイン)
「……わかりました」
一瞬だけ目を閉じてから、女神モードの声に戻す。
「前向きに検討いたしましょう。日程や内容については、後ほどこちらの天使から改めて連絡させます」
「本当ですか! ありがとうございます!」
エルシアはパッと表情を明るくし、後ろの神官たちの間にもざわめきが広がった。
あゆみは最後に、きっちりと締めの言葉を告げる。
「それでは、高坂リョウの保護について、よろしくお願いいたします。以後の連絡は、我が支部の天使ヴィーノを通じて行わせていただきます」
「畏まりました。女神天野様の御加護が、我らの国にもありますように」
聖女が再び深く頭を垂れたのを確認し、あゆみは端末に指を滑らせる。
「通信用エディクト、切断」
白い光がすっと引き、神殿から人影が消える。
さっきまで満ちていた緊張感が、ふっと空気と一緒に抜けていく。
沈黙を破ったのは、隣のシルヴィだった。
「支部長。普通、女神はあの場で“本名”まで名乗ったりはしませんよ」
「いや、それを最初に言って?」
思わず素のツッコミが出る。
「大丈夫です、『普通は』なので、別に名乗っても大丈夫です」
「なに、私が『普通じゃない』って言いたいわけ?」
「いえ、そういうわけでは。何事も個性は大事ですよ」
そう会話しながら、あゆみはドレスの裾を軽く持ち上げ、神殿の出口へと歩き出した。
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