システマティック・ケイオス
- ★★★ Excellent!!!
安寧が得られなかったがゆえに心を閉ざしている主人公が、新たな出会いを通じて少しずつ変化していく物語は数多くあり、それはひとつの王道と呼ぶべきものだと思います。仲間たちの力で世界はそんなに悪い場所ではないと気付き、前へと進みはじめる。闇から光に向けて手を伸ばせるようになる。僕たちはそうした物語の持つ力を、確かに知っています。
しかし一方で、こんなことが許されるはずがない、とはらわたが煮えくり返るような出来事が無数に、そして理不尽に発生するのもまた、世界の在り方です。「日常」を守るために、そうした残酷さから目を背け、自分を納得させている者たちが、世界の大多数であると言っていいでしょう。いい面もあれば、悪い面もある。すべてを解決した理想郷を作るのは不可能なのだから、適度にガス抜きをして生き延びていくのが賢明なのだ、と。
この作品の主人公・瀬島文は決定的に傷つき、怒りを抱えた人物であるために、上記のような「安定した土台を持つ人間の抱く思考」と相容れません。閉鎖空間のなかに蟠る闇を、硬直化した形式ばかりのシステムを、「持てる者」たちが維持したがっている世界の在り方を許せず、行動しようとします。一種のダークヒーローです。
本来変わるべきはむろん、理不尽な世界です。個人がダークヒーローとして振る舞い、更なる傷を負いながら革命を起こさなければならない状態自体が間違っているのは明白です。瀬島文自身も承知の上でしょう。それでも苦悩し、葛藤しながら真実に向かっていく在り方に、彼女の矜持が、そして優しさが滲むのです。
いっぽうでいわゆる探偵役を担う村尾蒔苗は、「やりたいことがない」人物です。すなわちミステリの「推理というゲームによって退屈に抗う」面を体現した存在として、彼女を位置づけることも可能ではあるしょう。そうであるからこそ見えるものがあり、言えることがある。文とは対照的な、自分の感情を表に出さないキャラクターですが、しかし彼女もまた、何かを手に入れようと藻掻いているのだとも思います。
「理不尽に怒るからこそ真実に突き進んでいく文」と「自分のやりたいこと探す参考にしたいがために他人のやりたいことを見抜いてしまう蒔苗」のどちらを欠いても、ストーリーは成立しません。混沌としていながら論理的で、理性的でありながら割り切れない――そんなふたりの関係と、傷ついた人間の心理を描く文芸作品でありつつ、ミステリでもあるという物語構造とは不可分であるように思えます。
傷ついた者、はみ出した者、持たざる者たちに誠実に寄り添い、精緻に組み上げられた作品だと感じました。