第36話 陰謀の深淵
「うおっ!」
「アルバンドさん、気がついたか」
松明だけが灯る地下空間にて、アルバンドが目覚めた。
手首には鎖つきの手錠がかけられていて、両足ともに拘束されている。
三人は壁に張りつけにされた状態だ。
「な、なんだよこりゃ!? ライセファーさん、どうなってんだ!」
「何らかのガスを嗅がされた。気がつけばこの有様だ」
「ガスだって! 誰がなんのために!」
「知らん」
それを聞きたいのはオレも同じだとライセファーは小さく息を吐いた。
ここは異様に広い地下空間であり、フロアの真ん中あたりは暗くて誰にも見えない。
その壁に張りつけにされた三人はひたすらその一点を見ることしかできなかった。
「ラ、ライセファーさん……僕達、どうなってしまうんでしょうか……」
「リゼル、こういう時こそ平常心を保て。怯えれば何者かの思うつぼだ」
リゼルにそう言ったものの、ライセファーも内心の焦りを搔き消せずにいた。
冒険者となってからは誰かに後れをとったことなどまるでなく、自由を奪われたなど初めての経験だ。
怒りと屈辱で頭がおかしくなりそうなライセファーだが、寸前のところで堪えていた。
「……誰かくるな」
「え?」
リゼルがライセファーのほうを向いた時、コツコツという足音が響いた。
暗がりから姿を見せたのはフードとマントを羽織った人物だ。
「……何者だ」
ライセファーの問いにフードの人物は答えず、その手に持つ武器を近づけてくる。
殺されるかと息を飲んだ彼だが、フードの人物はその武器をライセファーの前に置いた。
「似合う。貴様はこれを使え」
「なんだと?」
フードの人物が鍵を使ってライセファーの拘束を解いた。
その瞬間、ライセファーがフードの人物に拳を放つ。
が、しかし――。
「な、なんだこれは……!」
「シルバーゼラチナ、打撃に対しては滅法強い」
フードの男の顔半分を銀色のスライムが覆っていた。
ライセファーの拳がシルバーゼラチナにズブブと飲み込まれていく。
「くっ……!」
「無駄な抵抗はやめたまえ。君の強さは知っているが、すべて対策済みだ。無論、武器も取り上げているがね」
ライセファーが拳を動かそうともビクともせず、シルバーゼラチナがそのまま地面に落ちていった。
同時にライセファーの腕も地面にシルバーゼラチナと共に張り付く。
「貴様……魔物を飼い慣らしているのか?」
「厳密には少し違うがね。どのみち、そんなことを知る必要はない。君達にはこれから商品製造を手伝ってもらうのだからね」
「商品だと……?」
「そこに武器を置いただろう。それを片手で持ちたまえ」
ライセファーは先ほど、足元に置かれた剣を片手で握った。
今度こそ反撃を試みたものの、シルバーゼラチナがぐるりとライセファーの腕を捻る。
「ぐあああぁーーーーーーッ!」
「それは一度張りついたら離れん。無駄な抵抗はやめたまえ」
腕を捻られたライセファーが脂汗を流して地面に突っ伏している。
その光景がリゼルにはひどく絶望的に見えた。
絶対に手が届かないと思っていた師匠が成すすべなく制圧されているのだから。
「ラ、ライセファーさん……!」
「リゼル、心配するな……」
弟子であるリゼルまで絶望に落としてはなるまいと、ライセファーは気丈に振る舞った。
恐怖に体が支配されながらも、アルバンドはついに堪えきれずにフードの人物を睨む。
「なんだってこんなことするんだよぉ!」
「だから商品製造だよ。そうだな……ちょうど、一つの商品が完成するところだ。見たまえ」
フードの人物がパチンと指を鳴らすと、暗いフロアに光が灯った。
暗がりだったフロアの中心には多くの冒険者達が満身創痍で立っている。
中には血を流して倒れている冒険者もいて、リゼルとアルバンドは身体の芯から冷える感覚を覚えた。
「な、な、なんだ、よ……」
「お、おぉい! こりゃいくらなんでもひでぇんじゃねえか! 何の恨みがあってこんなことしてんだよぉ!」
アルバンドが叫んだ。
フードの人物は倒れた冒険者の手に握られている剣を手に取る。
その剣がわずかに黒ずんで、すぐにしみ込むようにして消えた。
「……いい仕上がりだ。絶望が染みつくほど、いい商品になる」
「なんだ、何を言ってんだ……」
「アルバンド、これは
「な、何を言ってんだ……?」
血が滴る剣をフードの人物が愉悦の表情で眺めている。
顔が隠れてアルバンドからはよく見えないものの、異常性だけは理解できた。
「君達、冒険者を捕まえて適当な武器を持たせて殺し合わせる。冒険者の負の魔素が武器に宿り、
「い、い、いかれてやがる……」
「君達のような冒険者という存在は実に都合がいい。世捨て人のような連中が多いから、いなくなっても気にする者が少ないのでな。フッククク……ハハハッ!」
フードの人物が顔に手を当てて笑うと、はらりとフードが脱げる。
フードの人物は構うことなくアルバンドに対して口元だけで笑みを作った。
「どうかね、君達のようなクズでもちゃんと世の中の役に立つのだよ。嬉しいかね? 喜びたまえ」
「あ、あ、あんた、は……」
その人物は三人中二人が見知った男だ。
知らないのは最近王都にやってきたライセファーのみだった。
「あ、あなたは……」
リゼルの声が驚きのあまりかすれてしまう。
彼もそう何度も目にしたことはないが、顔と役職は把握している。
「リゼル、この男を知っているのか?」
ライセファーがリゼルに聞くと静かに頷いた。
アルバンドもその男のことはよく知っている。
「……冒険者ギルド王都支部の……副ギルド支部長です」
驚愕したライセファーが目の前の男を二度見した。
男は自慢げにフフフと笑い、事切れた冒険者からもう一つの武器を拾う。
「君達、冒険者はクズだ。定職につかず、学ぼうともしない。まともな仕事ができないから、冒険者になる。冒険者などという名称だが、人生の冒険を嫌って社会から逃げた。それが君達だ」
副ギルド支部長が剣先を三人に向けた。
マントをはぎ取った副ギルド長は、線は細いものの身なりよくスーツを着こなしている。
まるでいつも通り出勤するかのような佇まいだ。
「支部長は何やら熱心な様子だがね。私はうんざりしていた。なぜ次から次へと問題ばかり起こすガキのような連中の管理をせねばならんのか。多忙な日々を送るうちに私は気づいたのだ。冒険者ギルドは社会の掃きだめだとな」
「……それは数十年前の価値観だ。今は立派な国家資格として認められている」
「ライセファー君、認めたくないのはわかる。しかしそんなものは建前だ。現に奴らは常に富と名声に餓えただけのケダモノ……。現にね、この
「ま、まさか……」
副ギルド支部長から答えを聞くまでもなく、ライセファーは理解した。
しかし副ギルド支部長はニチャアと口を開く。
「冒険者だよ。先日も仲間だけがA級に昇級して悔しいと言っていた冒険者二人に売れたそうだ。売人からそう聞いて笑い転げてしまったよ」
「貴様アァーーーーーーー!」
ライセファーは力の限り叫んだ。
ライセファーの頭の中には、かつて共に戦っていた頃のティガーとウァルフの顔が思い浮かんでいた。
「うるさいねぇ。雇い主さん、とっとと仕事を済ませてほしいもんだねぇ」
「バリマー君、すまんね。バカをからかうのが思いのほか楽しくてね」
バリマーと呼ばれた男が奥から現れた。
シルクハットで蝶ネクタイの小男はライセファー達も見覚えがある。
「貴様……!」
「あぁー、勘違いしないでほしいねぇ。私はただ雇われただけだからねぇ。ま、それでも楽しませてもらったけどねぇ」
ライセファーは折られた腕の痛みを堪えながらも立ち上がろうとした。
しかしシルバーゼラチナが張り付いているせいで思うように動けない。
「素晴らしい。こんな状況でも痛みに負けずに立とうとするんだねぇ。普段から傷だらけになるほど弱いだけあって、痛みには強いんだねぇ」
「黙れ……貴様らのような外道にだけは絶対に負けん……」
「素晴らしい。明らかに勝ち目のない状況でも凄んで精神的な優位性だけは保とうとするんだねぇ」
「黙れ……!」
ライセファーは歯を食いしばった。
シルバーゼラチナに負けず、立ち上がる彼にバリマーはかすかに身を引く。
「素晴らしい……なんという……」
バリマーが感心したのも束の間、頬にライセファーの拳がめり込んだ。
「ぐっぶはぁ……!」
バリマーが殴り飛ばされて、副ギルド支部長の横に倒れる。
ライセファーの目に灯る未だ消えぬ闘志の炎、副ギルド支部長は小さく舌打ちをした。
「なるほど、君を商品製造の素材にするにはいささか骨が折れそうだ」
副ギルド支部長が腕を回して首を左右に曲げる。
準備運動と言わんばかりに、余裕すら見せていた。
「では軽く相手をしてやろう」
「私がね」
副ギルド支部長はその声の主の居場所がわからなかった。
懐に立つその人物に目を見開いて、そして凄まじい速度で後退した。
「……何者だ」
赤ずきんは答えない。
彼女の視線の先にあるのは倒れた冒険者達だった。
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