第34話 ロックラビリンス

「クレアン君、おそらくロックラビリンスに多くの冒険者が向かうだろう」


 ギルド支部長がデスクで手を組んだまま神妙な顔つきで口を開く。

 仕事の途中で呼び出されたクレアンは、ある意味で拍子抜けした。

 てっきり自分の業務上に関する注意事項かと内心がざわついていたのだから。


(ビックリしたぁ。この前、業務終了直前に冒険者さん達と大盛り上がりしてしまったことで怒られるかと思った)


 その後、ラナからたっぷりと絞られたのは言うまでもない。

 このまま続けば査定に響くなどと脅されたのだから、クレアンも金銭的な懐事情を心配してしまう。


「は、はい。それは危ないですね」

「そうだろう。実に危ない。私はロックラビリンスに冒険者失踪事件の真相があると思っている」

「……そうなんですか」


 ギルド支部長が何を言いたいのか、クレアンにはわからなかった。

 要領を得ない話をされたクレアンは、どこか胸騒ぎを感じる。

 なぜギルド支部長がわざわざ自分を呼び出してこんな話をするのか?

 少しだけ胸にチクリと刺さるものがあった。


「とはいえ、ここ王都でも危険がないとは言えない。今は冒険者だけだが、将来的には被害が更に拡大する可能性もある。そこで、だ。当ギルドも緊急事態を考慮して、一部の職員を帰らせようと考えた」

「はい? ど、どういうことですか?」

「冒険者ギルドを縮小運営する。君みたいな若い職員は早く家に帰らせる。安全を考慮した上での判断だ」

「でも家が安全とも限らないんじゃ……」


 クレアンが更に口答えを続けると、途端に全身が縛れるような感覚に陥る。


「……ッ!?」

「クレアン君、確かに家が安全とは限らない。だが狙われているのは冒険者だ。つまりこの冒険者が集まるこのギルドに危険がないとも限らない。そこまではわかるね?」


 クレアンは目の前にいるギルド支部長から半歩ほど距離を置いた。

 今の感覚はクレアンが何度も感じているそれに近い。


(支部長、かすかに怒っている……?)


 なぜギルド支部長が怒るのか?

 そもそもクレアンとしては、その辺の人間が怒ったところでここまで警戒しない。

 しかしそこにいるギルド支部長のそれは一般の人間とは比較にならなかった。


(この人……強い……。今まで気づかなかった……)


 クレアンは手に汗を握った。

 今の今までギルド支部長をラナ達と同じ一般枠の人間として見ていただけに、クレアンは己の油断を恥じる。

 父親に勝った自分が、などというわずかにあった慢心さえも恥じた。

 クレアンはそれすらも見透かされた気分を味わっている。


「クレアン君。冒険者ギルドの心配はないよ。君はもう上がっていい」

「帰っていい……ということですか?」

「そうだ。念のため、一週間ほど休暇を与える。その後のことは追って伝えよう」

「……はい」


 クレアンは踵を返して支部長室のドアノブに手をかけた。


「これも念のために言っておくが自宅謹慎ではない。君は自由にしていい」


 背中に投げかけられたギルド支部長の言葉で、クレアンの中で違和感が氷のように解けた。


(私がやっていることがバレている……?)


 ギルド支部長がどんな顔をしているのか、クレアンには確認することができなかった。

 そのまま失礼しますとだけ言って支部長室を後にする。


「……もしかして怒りを悟られてしまったかな?」


 一方でギルド支部長は、クレアンの警戒心と鋭敏な感覚に驚きを隠せなかった。

 彼でさえ自覚していなかったものをクレアンは感じ取っている。

 その事実にギルド支部長は改めてクレアンという少女を称えた。


「ブリード……とんでもない怪物を育てたもんだ」


 ギルド支部長は窓の前に立って呟いた。


* * *


「ひゃーーー! こんなに冒険者が集まるなんざ、どいつもこいつも欲の皮が張ってやがる!」

「あんたのせいだろ、アルバンドさん……」


 ライセファーがアルバンドに呆れて、思わず岩壁に手をついた。

 その欲の皮が張った者達の一人のアルバンドが洞窟内を見渡す。


「こんな入り口にいたんじゃ、ウシミツキノコは採取できねぇな。ライセファーさん、もっと奥へいくぞ」

「なぜオレに言う」

「そりゃあんたがいなきゃ始まらねぇからよ。オレじゃここの魔物は荷が重い」

「まったく……」


 ライセファーが渋々アルバンドとリゼルの先頭に立って歩いた。

 周囲ではウシミツキノコを捜しまわる冒険者が忙しそうに動き回っている。


「おい! あったか?」

「いや……そっちは?」

「まったく見つからん」


 冒険者達が一つでもウシミツキノコを得ようと必死だった。

 この状況でもっともかわいそうなのは、せっかく極秘の情報を入手したのにあっさりと漏らされたトルバーだ。

 ライセファーはそんなトルバーに同情しつつも、次のフロアを目指す。


「そういえばトルバーさんが見当たらないな。もっと奥にいるのか?」

「あぁ、あいつのことだからきっとそうだ。きっとすげぇスポットがあるに違いねぇ」


 アルバンドが鼻歌を歌いながら上機嫌で歩いている。

 一行はロックラビリンス一層をあっさり抜けて、二層に到達した。


「ブロロロロロォーーー!」

「うううおおぉぉ! だ、旦那! 出番だ!」

「……旦那って」


 襲いかかるロックゴーレムに悲鳴を上げたアルバンドがライセファーの後ろに隠れた。

 ライセファーがロックゴーレムを数回ほど斬りつけると、その身体が瓦解する。

 解体されて音を立てたロックグーレムの残骸を見たリゼルとアルバンドはゴクリと生唾を飲む。


「さ、さすがだなぁ。僕じゃ傷一つすらつけられないよ……」

「リゼルの師匠はすげぇなぁ」


 ライセファーは表情一つ変えずにズンズンと奥へ進んでいく。

 二層を数分ほど進んだあたりでライセファーは足を止めた。


「魔物の数が少ないな。それにロックラビリンス特有のトラップもほとんどない」


 天然の迷宮と言われたロックラビリンスにライセファーは違和感を覚えた。

 近くにある大岩を手で触って、更に周辺に目を配る。


「この大岩のトラップ、すでに発動している。誰かが通ったのかもしれない」

「ライセファーさん、僕達より先に冒険者が来ているんじゃ? ほら、トルバーさんかもしれませんよ」

「だといいんだがな」


 ライセファー一行が奥へ進む。

 ここまで襲ってきたのはロックゴーレム一体だけだ。

 歩みを進めるほどライセファーの中にある違和感が膨れ上がっていく。

 

「……あれはトルバーさんか?」

「怪我をしていますよ! 助けにいきます!」

「待て! 先走るな!」


 ライセファーがリゼルに叫んだ直後、事態は起こった。


「か、体が、動かない……!」

「リゼル!」


 リゼルが硬直して不自然なポーズをとったままだ。

 ライセファーは事態を慎重に把握した上で、あえて近づかない。


「ラ、ライセファーの旦那! どうなってるんだ!?」

「ここから動くな! この辺り、何かおかしい!」


 ライセファーとアルバンドがその場から動かずにいると、拍手の音が洞窟内に響く。


「いやぁ、素晴らしい。冒険者なんてどいつもこいつもカスしかいないと思っていたけど、まぁまぁのもいるんだねぇ」


 岩陰から現れたのはシルクハットを被った小男だ。

 蝶ネクタイを決めた男はちょび髭を指で撫でて、ライセファーを見てうんうんと頷いている。


「……このオレが気配を察知できなかった。貴様、暗殺者だな」

「素晴らしい。初見でそこまで看過できるとは、冒険者も捨てたもんじゃないんだねぇ」


 リゼルに空間把握の重要性を説いておきながらも、小男の存在を察知できなかった。

 ライセファーは屈辱を感じながらも切り替える。

 そこにいるのは冒険者とは違う世界に生きる住人であり、彼とてまったく油断のできる相手ではなかった。

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