第20話 ライセファーの憂鬱

 ライセファーはバルロウ、エーガとパーティを組んで一週間前に討伐に向かった。

 そろそろ帰ってくる頃だとクレアンはほんのり考えていたところで冒険者ギルドの扉が乱暴に開く。


「ケッ……」

「フン……」


 ライセファー、バルロウ、エーガの三人が仏頂面で登場した。

 エーガはバルロウと同じB級冒険者で高い実力を有している。


 A級一人とB級二人という頼もしいパーティだが誰の目から見ても雰囲気は最悪だ。

 クレアンもやや緊張して三人を見守っていた。


「クレアンさん、オレのパーティ募集登録を頼む」

「あぁ? なに言ってんだ。オレが先に決まってるだろうが」

「どっちも勝手にしろ。まるで犬だな」


 ライセファーとバルロウが我先にとクレアンの受付にせめぎ合い、エーガがやれやれというポーズを取っている。

 あまりの険悪な雰囲気にクレアンはどうしていいのかわからなかった。

 冒険者同士、馬が合わずにパーティを解散する場面に遭遇するのは初めてではない。


 しかしここまで互いに敵意を剥き出しにしている者達などクレアンにとって初めてだ。

 いくら彼女が優秀とはいえ、経験が足りていないので適切な対処方法がわからなかった。


「えーと、あの……順番にお並びください?」

「オレが先だ」

「いいや、オレだ」


 クレアンは悪びれもしない二人を見て少し悲しくなった。

 冒険者のファンである彼女にとって見たい場面ではない。


「お客様。こちらのカウンターで受付します」

「それはオレのことか?」

「はい、こちらへどうぞ」


 ラナがバルロウを自分のカウンターへと呼んだ。

 先輩受付嬢のナイスフォローにクレアンは心の底から感謝した。


 ライセファー達はパーティを解散するというので、またパーティ募集登録をしなければいけない。

 その度に掲示板の冒険者情報を張り替えて更新する作業は地味な手間だ。

 クレアンは手早く張り紙を更新してからライセファーに勇気を出して聞くことにした。


「一体なにがあったのですか?」

「何もない。期待したオレが愚かだっただけだ」

「あぁ? なんだよ、その言い草はよ」


 手続きを済ませたバルロウがまたライセファーに絡み始めた。

 バルロウとて歴戦の冒険者だ。

 安々と他人に絡むような人間ではないとクレアンは思っていたが、安々ではない事態が起こっている。

 クレアンはこれ以上の追及をやめた。


「大体はお前がな」

「はい! 揉め事を起こすなら外でやってくださいね!」


 ラナが強い口調でバルロウを諌めた。

 ライセファーもそれに言い返すことはせずに静かに冒険者ギルドを出ていった。


* * *


「お疲れ様でした!」


 冒険者ギルドの営業時間終了後、クレアンは元気に挨拶をして王都の表通りに出た。

 辺りは暗くなっているが人通りは衰えない。

 クレアンは急いで王都を歩く。


(ライセファーさん、どこにいったんだろ?)


 クレアンは道行く人にライセファーのことを聞いて回った。

 顔立ちが整っている金髪の剣士という特徴だけで伝わるからクレアンとしては助かる。

 ライセファーが依頼を受けてないのは明白なので王都内にいるのは間違いなかった。


 有力な情報を手掛かりにライセファーの足取りを追うが――


(まだるっこしい!)


 歩いて探し回ったところで時間ばかりが過ぎていく。

 クレアンは赤ずきんに変身して屋根から屋根へと移動した。

 これだけの大衆の眼を欺いて移動できるクレアンならば暗殺者の任務も遂行できるだろう。


 屋根から表通りを見下ろすとちょうど金髪の頭が見えた。


(いた!)


 ライセファーが入っていったのは表通りにある大衆酒場だ。

 一度人通りが少ない裏路地に着地してから変身を解いて、何食わぬ顔で表通りの店に向かう。

 店の中はかなり賑わっていてやかましかった。


(ライセファーさん一人かぁ)


 グループでテーブル席に座る客に反してライセファーは一人だ。

 クレアンは適当なテーブル席に座った。


(……考えてみたら尾行したところで何かわかるわけないか)


 至極当たり前の事実にようやく気づく。

 クレアンは諦めて適当にドリンクを注文してライセファーを見守ることにした。


「それでよぉ! あの野郎、熱すぎてイラついたわ! なーにが同じ仕事仲間だから、だよ!」

「本当になぁ……お前の熱意を押し付けんなって思うわ」


 一際大きな声で会話しているのは冒険者ではない一般人だ。

 仕事仲間の悪口を言い合っているだけでクレアンは何の関心も示さなかったが――


(ライセファーさん、あの人達の会話が気になっている?)


 ライセファーはグラスを持ったまま固まっている。

 クレアンからすれば明らかに聞き耳を立てているとわかった。


「ちょっと親方に気に入られてるからってよぉ! オレ達にゃそんな技術ねえんだってのよ!」

「ああいうのを自己中っていうのさ。何を勘違いしてんだか知らないがね」


 グラスを持つライセファーの手が震えていた。

 客達の会話がヒートアップして悪口に拍車がかかる。


「あのボケ、とっととくたばらねえかな!」

「あんなもん同じ仲間だと思いたくねぇわ!」


――ドンッ!


 ライセファーがグラスをテーブルに叩きつけるようにして置いた。

 そして悪口を話している客達のところに立つ。


「な、なんだよ? 兄ちゃん、どうした?」

「さっきから黙って聞いていれば……単にあなた達の力不足なだけだろう」

「は、はぁ? いきなりなんだってんだよ。ていうかあんた誰だ?」

「オレはライセファー、冒険者だ」


 ライセファーが名乗ると二人は顔を見合わせた。


「ぼ、冒険者に何がわかるってんだよ。俺達の職場にはな、親方に気に入られたからって調子に乗ってる奴がいるんだよ。それがあんたに何の関係があるってんだ」

「ではあなた達は気に入られようとしなかったのか? なぜ気に入られない?」

「おい、なんだ? ケンカでも売ろうってのか?」

「気に入られないのならそれまでの実力ということだ」


 ライセファーの発言を皮切りに客の男がテーブルを蹴って立ち上がった。


「てめぇッ! 冒険者だか知らねぇがケンカ売ってんなら買うぞ!」

「ケンカなど売ってない。これで怒るならあなたが現実を見ていないだけだ」


 店内が騒然となりクレアンもあわわとばかりに成り行きを見守る。

 ライセファーは怯まずに男と向き合って睨みを利かせた。


「この野郎ッ!」


 男が拳を放ったがライセファーは体を逸らして回避した。


「うおぉぉっ!?」


 男は勢い余って床に滑り込むようにして倒れる。

 酒が入っているせいもあって思うように立てなかった。


「……興覚めだ。店主、会計を頼む。騒ぎを起こして悪かった」


 ライセファーは手早く会計を済ませて店から出ていった。

 クレアンはライセファーと客のやり取りから何かわからないか思案する。


――気に入られないのならそれまでの実力ということだ


(……ライセファーさんはまさか?)


 クレアンの頭にピーンと何かが浮かぶ。

 それから彼女もドリンク代を支払った。


「おい、大丈夫か?」

「ううん……」


 ライセファーを殴り損ねた男が呻きながら着席した。

 店中がざわついて注目する中、クレアンもまた店を出る。

 クレアンはライセファーの中にある何かを掴んだ。

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