第17話 赤ずきんのもう一つの力
「騎士道精神に乗っ取り正々堂々と勝負いたしましょう」
不敵な笑いを浮かべるカダが赤ずきんを誘っている。
赤ずきんはカダの
「フハハハハ! カダはあの大陸最強と名高いグランセ王国の元騎士である! 貴様のような素人では勝負すら成立せんのである!」
「グランセ王国……」
グランセ王国の騎士団グライスリッター。
大陸一入団試験が厳しいことで有名であり、実績のあるB級冒険者ですら門前払いを受けることすらある。
大陸の調停者と恐れられる彼らに滅亡させられた小国は数知れない。
かつてグランセ王国内に存在していた盗賊は百年以上前に姿を消している。
グライスリッターに討伐されたからではない。
グライスリッターに討伐されることを恐れたためだ。
「グライスリッターを前にして戦意は無意味とは誰が言ったのでしょうな……」
赤ずきんもその名を父のブリードから聞かされたことがある。
ブリード曰く人生においてもっとも苦戦した相手ランキングベスト16入りしているとのこと。
グライスリッターの騎士団長は3位、
「聞いてびびったであるか! カダに勝てる奴などこの国にはおらんである!」
ドテラ伯爵の言葉を皮切りにカダは踏み込む。
赤ずきんはあえて迎え撃った。
「……ッ!」
赤ずきんの片足が浮き上がって態勢を崩された。
同時にカダが鋭く切り込んできてナイフで受ける。
金属音を響かせた後、二人はわずかに膠着した。
「フフ……どうされたのですかな? まさか私の騎士道精神をバカ正直に信じたと?」
赤ずきんの片足は自由に動く。
拘束されたわけではないと考えた赤ずきんは更に観察した。
カダの目線、息遣い、心音、重心、関節の動き。
すべてが赤ずきんにとっては勝利の糧でしかない。
「さて、受けきれますかな!」
カダの剣による連続突きによって赤ずきんは更に動きを制限されてしまう。
赤ずきんは息を吐いてから紙一重ですべてを回避、連撃が止んだところで片足を動かした。
またも片足が今度は左方向へとずらされてしまう。
「フーフフフフフ! 戦いにくいでしょう! それにしても私の突きをすべてかわすとは、巷で噂されているだけはある!」
隙を見逃さないカダが一振りを浴びせてきた。
赤ずきんはナイフで剣撃をさばいて、カダが攻め立てる。
「ほぉ! これは強い強い! 素晴らしい! それほどの強さをお持ちになりながら、なぜどこにも所属しないのです!」
「信念がある」
「興味深い! お聞かせ願えますかな!」
赤ずきんは片足で踏ん張りつつ冷静にもう片足を動かした。
「むッ!」
カダは異変を感じた。
赤ずきんの片足が彼の意図通りに動いたからだ。
そう、赤ずきんはカダがどちらへ動かすか読んだ上で動いていた。
「ま、まさか……!」
カダは猛攻の手を緩めない。
しかし赤ずきんは冷静に片足を動かされることを想定して戦っている。
「……覚えた」
「覚えた、ですと?」
カダはここで初めて一筋の冷たい汗を流した。
彼は
彼の意思に反して赤ずきんは動く。
「簡単」
「ぐぁッ!」
赤ずきんがカダの頬に蹴りを入れた。
カダが赤ずきんの片足を己の想定した方向に動かしている、はずだった。
その
「これは……!
「一定の範囲に入ると体の一ヶ所を意のままに操れる。操作方法は片手の親指を任意の方向に動かす。あなたから見て右に動かせば私の片足が左へ、左へ動かせば右」
カダは絶句した。
未だかつて己の
いや、それだけならまだよかった。
親指で操っているのになぜこうも自由な動きを許してしまうのか。
カダは片足を赤ずきんの意図しない方向へ動かしている。
ところが赤ずきんは一切態勢を崩すことなくカダの攻撃を完全に見切っていた。
「ぐぅぅ! ならばッ!」
カダは赤ずきんの片腕を動かした。
ガードがガラ空きになったところに剣で突く、が――
「甘い」
「う、受けら……れた……」
赤ずきんはもう片方の腕で対応、カダの突きが弾かれて軌道を逸れる。
(なんだ、こいつ、は……)
カダは今まで味わったことがない感情に支配された。
心の底、体の芯から凍り付くような感覚。
「同時に動かせるのは一ヶ所だけで腕や足のどれか。わかればなんてことない」
「ほ、ほざけぇ……」
カダはいきり立ったものの、すでに斬られていた。
そこに赤ずきんはいない。
「き、消え……づァッ!」
更にカダの肩から血が噴き出した。
気が付かないうちに出血していたことに対して次第に震えが起こる。
「そこ」
「づあぁッ!」
赤ずきんがそこと示した場所が斬られただけではない。
すでに他にも複数個所に切り傷が大きく広がっていた。
「バ、バ、バカな! なぜ! なぜ対抗できん!」
「覚えた」
「お、覚えた、だと?」
カダが驚くのも無理はない。
カダが親指を動かすタイミングを見切った上で赤ずきんは自分の足が動く方向を把握した。
把握後はそれを想定した最適な動きを実現すればいいだけだ。
おそらくこの理屈は大半の冒険者が聞いてもなるほど、わからんと発言するだろう。
「私の指の動きと攻撃を同時に見て動くなど……あ、あり得ん!」
「お父さんより簡単」
赤ずきんは父のブリード攻略にかなり手間取った。
それに比べたら引退したロートル騎士の攻撃を見切るなど一分もかからない。
「カ、カダ! 貴様、何を遊んでいるである! お前にどれだけ大金を積んだと思っているである!」
戦いの素人は黙っていろとカダは心の中で毒づく。
彼の心はすでに畏怖で支配されていた。
生まれてから騎士団へ入団、引退するまでに培った戦闘の経験。
それらすべてがこの戦いで上をいかれたのだ。
「こんな……こんなことがッ! 認めてたまるかァーーーー!」
カダは親指をぐるぐると動かした。
赤ずきんの足がアルバンドの時と同様に空中へ上がってしまう。
前回転の後、赤ずきんの顔が地面に向けて落ちる。
「ヒィハハハハハッ! これでどうにもなるまい! 死ねぇぇーーー!」
無防備になった赤ずきんにカダは剣の連撃を放った。
が、響いたのは金属音のみ。
「う……ァ……!?」
カダの剣がすべて弾かれただけではない。
赤ずきんは片手を地面につけて、さながら雑技団のような態勢だ。
「おか……しい……」
それがカダが絞り出せる精一杯の言葉だった。
もはや彼に赤ずきんに抵抗する意思などない。
彼にとってここまでの圧倒的な存在は未だかつて存在しなかった。
当時の騎士団長に対してすらここまでの畏敬の念を抱いたことなどない。
強いと思うことはあってもまだ背中を追いかける気になったのだ。
ところがこの赤ずきんはどうだろう。
「が、はッ……」
全身を斬られて床に伏したところで虚ろな目に写るのは赤ずきんのブーツ。
全身の痛みよりも何よりも、そこにいる赤ずきんが自分に止めを刺すかどうか。
カダの興味はもはやそこにしかない。
「カ、カダ! バカな! おい! 冗談……であろう!?」
ドテラ伯爵が愕然として膝から力が抜けた。
バロンハウンドの死体、戦闘不能のカダ、気絶させられた大量の警備兵。
もはやドテラ伯爵を守る者はいない。
「さて、と」
赤ずきんが二階に飛び乗ると、そこにはへたり込むドテラ伯爵がいた。
すべてが想定通りに動いた今までの人生とは対極にあるこの状況。
ドテラ伯爵は喉の奥から自然と声が出てくる。
「ハ、ハハ……ハハハ……」
その笑う姿は壊れた人形のようだった。
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