第14話 冒険者ギルドの問題
「ドテラ伯爵?」
アルバンドとリベルは同じ依頼主であるドテラ伯爵から依頼を受けていた。
ドテラ伯爵は王都を中心として財を成した貴族で、複数の事業を手掛けている豪商でもある。
貴族界隈では彼の方法論をありがたがる人間も多く、時折講演会を開いては莫大な金を集めていた。
「ドテラ伯爵の使者の方がよく依頼の登録にこられますね」
「そうだろ!? 報酬額が7万ゼルときた! だけどオレの手元に渡されたのはこれよ!」
「4万ゼル……足りないですねぇ」
「あの野郎! 冒険者だと思ってバカにしてやがるんだ! だけど文句を言おうものなら警備兵につまみ出されちまった!」
この問題は冒険者界隈で度々起こる。
冒険者ギルドの役割はあくまで仕事を登録して斡旋するだけだ。
報酬は基本的に依頼主が渡すことになっている。
ところが依頼主が提示した報酬額よりも低い報酬を支払うケースが往々にしてあった。
こうなると依頼主との間で揉め事になるが冒険者ギルドとしては何もできない。
最近では悪質なケースが報告された場合は冒険者ギルドへの登録禁止にすることもある。
ただしドテラ伯爵のような権力がある人間を敵に回せばどこで影響が出るかわからない。
例えばドテラ伯爵は冒険者ギルドでも使われているペンやインク、冒険者の顔を撮影する魔道具などの製造事業に携わっていた。
下手な対応をすればこれらが冒険者ギルドにだけ回されなくなる可能性が高い。
このように権力に逆らえないのが現状であり、冒険者ギルド側としてはせいぜい注意勧告が関の山だ。
アルバンドはクレアンの両肩を掴んで体を揺らした。
「なぁ、クレアンちゃんよぉ! こんなのが許されていいのかぁ!」
「ア、アルバンドさん、痛いです……頭ぐわんぐわんしますぅ……あぅ、あぅ……」
「例えばそこらの人間がこんなことやったら登録禁止にするだろぉ! それなのに貴族様にはヘコヘコするのかよぉ!」
「あぅあぅ……」
アルバンドに揺らされたクレアンの頭の周りにヒヨコが飛んでいる。
深刻だがクレアンに言われてもどうにもならない問題だ。
「アルバンドさん! 僕もその貴族の依頼を引き受けたんですよ! こっちなんか1万ゼルですよ!」
「リベル、お前のほうはF級だからって更に足元を見られた可能性があるな……クソッ! バカにしやがって!」
「こんな横暴は許せません! 抗議しましょう!」
「おう! こうなったらデモだ! デモ!」
リベルとアルバンドの呼びかけで多くの冒険者が立ち上がった。
一瞬のうちに結束した冒険者達を止められる者はいない。
「あの! あの! 落ち着いてくだーい!」
「落ち着きも鐘つきもあるかよ! ギルドが動いてくれねぇならオレ達がやるしかねぇ! そうだろ、皆!」
「そうだそうだ! アルバンドさんの言う通りだ! 権力に屈するな!」
冒険者ギルド内が熱気に包まれている。
それからは早かった。
冒険者達は雪崩れのごとくドテラ伯爵邸に向かう。
「ラナさん! ちょっと止めてきます! 少しの間だけお願いします!」
「あ、ちょっと! あなたじゃどうにもならないでしょ!?」
ラナの静止も聞かずにクレアンは冒険者達を追いかけた。
ドテラ邸へいくと冒険者達が門の前で一斉に整列しており、門番は何事かとばかりに目を見張った。
「ドテラ伯爵! オレ達にきちんと報酬を渡してくださいッ!」
「オレ達だって命がけであなたが望む物を取って来たんです!」
「冒険者を軽んじないでください!」
(そこはちゃんと敬語を使うんだ……)
追いかけてきたクレアンは少し感心する。
冒険者達の数々の抗議は止まず、道行く人々も足を止めて野次馬と化した。
「何事ですか、騒々しい……」
「うるさい輩であるな!」
ため息をつきながら出てきたのは肥えて丸々とした体形のドテラ伯爵。
そして護衛兼執事のカダだ。
(うわぁ……あの執事の人、強いなぁ)
立ち方、立ち位置、重心、視線の配り方。
登場した段階で常にそれらが完璧であるとクレアンは見抜いた。
初老の男だけに歴戦の風格を漂わせている。
「ドテラ伯爵! オレ達の報酬額をケチらないでください! バーストボアの肉だってちゃんと取ってきたでしょう!」
「だから言ったであるぞ。フワーナちゃんは口が肥えているであるから、あんな肉じゃ満足できないのである」
「ふ、フワ……?」
「フワーナちゃんといえば私のかわいい娘に決まっているである!」
場がシーンとなった。
それだけのためだけに依頼を出すとはさすが貴族、誰もがそう思う。
「む、娘の食事のために依頼を……」
「それがどうしたであるか! 愛する娘においしいものを食べてもらいたいと思うのは当然である!」
「で、で、でも事前に質のことは言ってなかっただろう!」
「そんなことすら言わないとわからないとはさすが野良犬であるな」
「の、野良犬だってぇ!?」
この野良犬発言に憤りを感じたのは冒険者達だけではない。
(冒険者さんが野良犬……?)
クレアンの眉がかすかに動いた。
「お前達なんぞその日暮らしで先のことなど考えていない野良犬である! 実際ここにいるのはどれもC級以下の半端者達であるな!」
「バ、バカにするのもいい加減にしやがれ! いや、しやがらないでください!」
「まともな仕事ができるようになってから文句を言うである」
「なんだとぉッ!」
アルバンドが前に出るとその体が大きく半回転する。
頭が地面に向けられて顔面から落ちた。
「ぶっぐあぁぁぁ! あぶ! 鼻! 鼻がジーンときたぁ! ぶぐぐぐ!」
「不埒な輩め。ドテラ様に近づくな」
その妙技に野次馬や冒険者達が押し黙った。
しかしただ一人、クレアンだけがカラクリを見抜いている。
(
クレアンが感心しているとカダがコツコツと靴音を立てて近づいてくる。
長身のカダに見下ろされたクレアン。
「冒険者ギルドの職員だな。とっととこいつらを連れて帰っていただきたい」
「は、はい……」
「ドテラ様は大変多忙を極めるお方だ。今度このような騒ぎを起こせば冒険者ギルドとの取り引きについて考えを改められるだろうな」
「すみません……」
自分も言われても、と思いつつもクレアンはひとまず頭を下げた。
ドテラはフンと鼻を鳴らして館へと戻っていく。
「では今後も良い関係でいたいものだな」
カダもドテラの後ろを歩いて消えた。
取り残された冒険者達は悔しそうにその場に立ち尽くしている。
「クソッ……こんなの許されていいのかよ」
「あいつらこそ噂の赤ずきんに成敗されちまえばいいんだよ」
「だがあの執事、恐ろしく強い。間合いに入らなくて正解だった」
「貴族は人脈があるからな。各地から腕に覚えがある人間を引っ張ってこられる。あのカダ、噂によればどこかの国の騎士だったらしいが……」
カダの実力を理解しているのはC級冒険者達だ。
クレアンもカダが冒険者をやっていれば間違いなくB級以上と確信している。
「あ、あの、問題については冒険者ギルドのほうで善処しますので……今日のところは帰りましょう……」
「クレアンさん、あんな依頼主が他にもいるんですか?」
「リベルさん、気を落とさないでください。仕事をしていれば嫌な依頼主に当たることもありますし理不尽な目にあうこともあります……」
ドテラの件はともかくとしてクレアンの発言は正論だ。
彼女も嫌な冒険者の一人や二人の相手をしたことがある。
それでも冒険者を嫌いになることはない。
要するに自分の仕事に誇りを持てるかどうかだ。
誇りと信念さえあればどんな目にあっても折れることはない。
ただしそれを新人のリベルに求めるのは少々酷だろう。
(あの貴族、冒険者さんを軽んじたのは許せない……)
クレアンはドテラ邸を眺めた。
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