第4話 ブラッドフード

「へへっ、この仕事を成功させればギルドから昇級試験のお誘いがくるだろう」


 ウェルト達、翡翠の翼は上機嫌で地竜が住む洞窟の中を進んでいた。

 冒険者ギルドの昇級試験はギルド独自の基準で冒険者達に課すものとなっている。

 その基準は秘匿されており、冒険者達の間では今でも憶測が飛び交う。


 依頼達成数、依頼達成の日数間隔、ジャイアントキル。

 この辺りだろうと目星をつけた冒険者達が日夜昇級を目指して仕事に励んでいた。

 ウェルト達も例外ではない。


「ウェルト、貴族様はなんだって地竜の牙なんか欲しがっているんだろうな?」

「ドギ、そんなもん気になるのかぁ? どうせ金持ちの道楽だろ。オレ達には関係ねぇ」

「そりゃそうだな。こっちとしては金さえ貰えればいい」


 仲間のドギがイシシと笑う。

 その時、翡翠の翼一行に魔物の群れが立ちはだかる。


「ロックゴーレムが四体か。C級の相手としちゃきついって話だが……」

「ウェルトの魔技スキルで楽勝だろ?」

「わかってんじゃねえか」


 ロックゴーレムは岩に魔素が宿って意思を持った魔物だ。

 岩そのものなので刃での攻撃が通りにくい。

 一体ならまだしも四体となれば並みのC級パーティなら避ける相手だ。


「ブロロロロ……」

「ハッ! オレ達に出会ったのが運の尽きだな……」


 ウェルトは魔技スキルを発動させた。

 C級以上に昇級するにはこの魔技スキルの習得が必須だ。

 誰でも魔技スキルを形にできるわけではなく、鍛錬と意識によって形成されるこの魔技スキル

 それによって冒険者としての現役期間が年単位で変わると言われていた。

 ウェルトのそれは――


迎撃する鉄拳の使徒ラッシュビートッ!」


 二つの鉄の拳が連続で放たれた。

 ロックゴーレムが削り取られて抵抗する間もなく形を失う。


「おぉ……すげぇ。さすがウェルト」

「ウェルト素敵!」


 ドギとイライザがウェルトを賞賛した。

 ロックゴーレムがただの瓦礫と化してウェルトが肩を回して親指で洞窟の奥を指す。


「こんなもん準備運動にもならねぇよ。とっとと奥へ行こうぜ」

「実力だけならとっくにA級だと噂されるだけはあるな。ウェルト、お前は天才だよ」

「ハッ、当然だろ。昔からできねぇことなんてなかった。人よりなんでも出来ちまうのがオレ様なんだよ」


 ウェルトは全能感で満たされていた。

 仲間の二人は魔技スキルを使えないがウェルトが昇級すればおこぼれに預かれる。

 特にイライザの目には完全に\のマークが写り込んでいた。


「ウェルト! 大好きよ!」

「ハハハッ、そういうのは後で……ん?」


 イライザがウェルトに抱き着いた時、洞窟の奥から足音が響く。

 三人は魔物かと警戒してそれを待ち構えた。


「誰だ!」


 洞窟の暗闇から姿を現したのは真紅の頭巾を被った人物だ。

 頭巾だけではなくスカート、グローブ、ブーツ、口元を覆ったマスク。

 頭から足先まで赤い異様な人物の登場にウェルト達は息を飲む。


「だ、誰だ……?」

「王都リゼラートの宿にて、あなた達は仲間の冒険者から金品などを強奪した。返却を求める」


 無機質、無感情。

 ウェルト達はそこにいるのが人間ではないかのように錯覚した。

 鳥肌が立っている腕をさすりながらウェルトは負けじと対面する。


「なんのことやら……。仮にそうだとしてもてめぇに返す義理はねぇよ」

「返す意思がないと?」

「あるわけねぇだろ。こちとらてめぇみたいな変人に構ってる暇なんかねぇ。怪我したくなかったらどけ」


 ウェルトが啖呵を切った直後だった。

 腕から血が噴き上がり、続いて太もも。

 目に前に真紅のフードの人物、赤ずきんはいない。


「あ? は? い、いて、いてぇ……」

「あ、あぁ! ち、血が! なんで!」

「いやぁ!」


 ウェルト以外の二人も同じ個所を負傷している。

 目の前に少女はいない。


「返さなければ更に怪我をすることになる」


 その囁きはウェルトの耳元で発せられた。

 ウェルトの後方、ドギとイライザの間。

 赤ずきんは悠々と佇んでいる。


「うわぁぁぁ! なんだ! なんだこいつ!」

「ウェルト! こいつはやばい! 逃げ」


 ドギが逃走の提案をした際に彼の耳が飛んだ。

 宙を舞った耳が洞窟の地面にべちゃりと落ちる。


「あ、はっ……ひ、ひっ……お、おれの、み、耳……あ、あ、あ……」


 赤ずきんは言葉で語らない。

 ただ一つ、その意思はドギの斬られた耳が示している。


「お、おい……なんなんだよ……。なんかの魔技スキルか……? お前何者だよぉ……」

「仲間から奪ったものをここに置け」

「リベルの奴に雇われたのかよ……あの野郎……あの野郎ッ!」


 ウェルトの中で怒りが恐怖を凌駕した。

 自慢の魔技スキルによる鉄の拳が赤ずきんの真上に出現する。

 ウェルトは自らの魔技スキルは確実に頂点を取れると確信していた。


 シンプルながらもこの魔技スキルは対処が難しい。

 威力もさることながら奇襲性も高くて、かつてトラブルで揉めたB級冒険者を叩きのめしていた。

 そう、ウェルトはこの魔技スキルで何度もジャイアントキルを果たしている。


迎撃する鉄拳の使徒ラッシュビートォォッ!」


 空中から振り下ろされた拳が地面を破壊した。

 連続で拳を叩き込まれた地面が凄まじい砂煙を上げている。

 その容赦のない攻撃を見ているうちにドギとイライザの中からやがて恐怖心が消えた。


「ウェルト! やったか!」

「当然……だ……」


 地面が凄まじい砂煙を上げていた。

 そう、地面が。


「二度目の要求を蹴ったと判断した」


 ウェルト、ドギ、イライザの足から力が抜けた。

 激痛と共に崩れ落ちた三人が地面に伏す。


「あが、あがが……い、いでぇぇぇーーーーー!」

「足、足が、ぐあぁぁ!」

「痛い痛い痛いよぉーーー!」


 三人の太ももに切れ込みが入って地面を血が染め上がている。

 赤ずきんはそんなウェルト達を冷ややかに見下ろしていた。


「手は動くだろう。次は首が胴体から切り離される」


 痛みと恐怖で涙が止まらなくなった三人は瞬時にやるべきことを理解した。

 倒れながらも自分のバッグから道具を逆さまにして中のものをすべてぶちまける。


「こ、これ、これで、見逃して、ください……」

「助けて、命だけは……」

「いやぁよぉ……死にたくなぁい……うあぁぁ……うあぁぁぁん!」


 涙と鼻水で濡れた三人の顔を呆れながら観察したフードの人物。

 更にそれぞれが地面を温かい液体で濡らしていた。


「……情けない」


 その声には確かな失望の感情がこもっていた。

 赤ずきんは汚れた液体が物品に届く前に拾い上げる。


――ゴォォォォォ……


「地竜か」


 洞窟の奥からおぞましい雄叫びが響いた。

 本来は醜態を晒しているウェルト達が討伐する予定の魔物。

 赤ずきんはそれぞれ両手に持ったナイフを振る。


(冒険者ギルドからの特別手当てはつかないけど……)


 ウェルト達に背中を見せて冒険者ギルドの赤ずきんことクレアンが立った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る