甲殻大怪獣ザリラvs宇宙怪獣ネビュラー
佐藤特佐
第1話 beginning
空に広がる満天の星空。雲ひとつ無い夜空に星々が瞬いていた。ここはアメリカ合衆国・ハワイ州の某所にある宇宙観測施設だ。山の頂上に白いドーム状の建物が3棟、整然と建てられている。
その施設に向かう山道を、一台のジープが疾走してきた。ヘッドライトの光が上下左右に激しく揺れる。そんなガタガタ道をものともせず、ジープは駐車場に到着。スリップ気味に停車すると同時に運転席のドアが開けられ、迷彩服を着た男が降りてきた。口にパイプタバコを咥えて…。
「……。」
彼は黙って空を見上げる。青い瞳に、星の輝きが映り込む。
アメリカ宇宙軍所属のダグラス大佐。若干白髪混じりの姿から年季の入った見た目であり、そこそこ有名な歴戦の兵士である。鍛え上げられた太い腕と、右目の下に残された傷跡が、それを物語っている。
彼はつい先日まで、極東の同盟国・日本にある米軍基地に配置されていた。配置転換で本国に戻ってきたのである。
やっと帰国できる。そう喜んだのも束の間、移動中の輸送機の中で、彼は上官に呼び出されたのだ。「ダグラス大佐、悪いがちょっと話があるーー。」
聞かされた話を思い起こし、彼は目を細める。今思い出しても荒唐無稽な話だった。”そんなこと”が普通起きるわけがない。
そう思考した刹那、全く逆の思考が流れ込んでくる。
「いや。”普通”なんて概念、奴らには通用しないのかもしれない。俺だって2年前、奴に遭遇して…銃を向けたからな。3年前の俺にその話をしても信じねぇだろう。」
“普通”とは時代の流れの中で簡単に変わってしまうものだ、と彼は思う。ライト兄弟にコンコルドの話をしても、アルキメデスに核兵器の話をしても、彼らは信じないだろう。社会の変化、科学技術の発展、その他の外部要因……何かしらの変革が起こったとき、人々の”普通”の概念は大きく崩れ去る。それは歴史の中で繰り返されてきたし、これからも続いていくだろう。
そう。そういった”変化”の中で最も最近に起きた大きな変化……。2年前、西暦2099年の春。”それ”は日本に現れた。
「KAIJU…。」
通常では考えられない能力を持った巨大生物。出現の原因、生物学的生態、食糧源、行動原理、人類にできる対処法……全てが不明である脅威。”Monster”。被災国である日本の言葉で「怪獣」。
あの日の記憶が蘇る。
基地の上空を悠々と飛翔する巨大な影。その姿はまるで巨大な昆虫だった。曇った夜だったが、トンボのようなその姿ははっきり見えた。強力なサーチライトで照らしていたから。
照らし出された影を目掛け、ありったけの対空砲と機銃が撃ち込まれた。閃光弾が闇を駆け、天に突き上がってゆく。空が赤く染まった。夕焼け……いや、雲が燃えているかのようだった。その中を巨大な怪獣が平然と通過してゆく……。
奴はあの巨体のくせにレーダーにほとんど映らなかった。だからレーダー誘導方式のミサイルで攻撃できず、旧式の無誘導兵器だけで……。いや、ミサイルがあったところで、どうなっていたと言うのか。あれだけの対空砲火を喰らえば、B-29だろうがB-21だろうがA-10攻撃機だろうが木っ端微塵だ。だがアイツはびくともしなかった。
彼は自身の左手に目を遣った。手の甲に抉られた痕が残っている。その日、落下してきた弾の破片でできた傷だ。
そのKAIJUは後に”スカイスレイヤー”と名付けられた。日本らしい命名だと彼はつくづく思う。そしてそのスカイスレイヤーはその後も猛威を奮ったが…もう一体のKAIJUに倒されたと言う。たしか全身赤い甲殻で覆われたロブスターのような見た目の……。
いや、大事なのはそこじゃない。
人類は怪獣に勝てなかった。これが重要だ。ロブスター野郎が居なかったら、人類文明は今頃どうなっていたことやら。……それにその”救世主”であるロブスター野郎もまた”怪獣”なのだ。
彼は初めて、自分たちの未来に対して「恐怖」を覚えた。人類は多くの困難に直面したが……いずれも切り抜けてきた。しかし怪獣の件はどうか。何もできなかったではないか。
“怪獣”という日本語には、「人智を超えた存在」というニュアンスがあるらしい。まさにその状況を上手く言い表している。人智を超えた存在に、人智の範囲内で、そうやって立ち向かえと言うのか。
しかし幸いなことに、それ以降2年間にわたって、怪獣は姿を見せなかった。全ての怪獣はロブスター野郎に撃破され、そのロブスターも国連軍の秘密兵器に殲滅されたと言う。秘密兵器と日本の首都は道連れになったが、これにて怪獣が絶滅したのなら一件落着一安心だ。
なんか「怪獣は政府の陰謀だ」とか「まだ生き残っている怪獣が居る」とかの噂はあるが、そんな不確かなことに興味は無い。彼は”人智を超えた存在”が消えてくれてホッとしていた。
だからこそ、2年ぶりに怪獣の話をされた時、ダグラスは驚きと同時に恐怖を感じた。しかも上官から直々に言われたのだから。
「怪獣が…宇宙から……?」
彼は夜空を睨みつける。この満天の星に紛れて、新たなる脅威が迫っている……。全く実感が湧かない。
輸送機の中で呼び出された時、上官はたしかに言った。
「極秘の情報だが……本国から”宇宙から怪獣が接近している”との報告があった。1830、貴官に特別アドバイザーとして、ハワイの宇宙軍基地への出向を命じる。」
そう言って上官が渡してきたのは2枚の書類だった。
1枚目は、第7艦隊指揮官の署名入りの命令書。上官が読み上げたやつだ。
2枚目は画像が複数印刷されていた。1番大きい画像には、歪な形をした物体……一見すると隕石のような……が映っている。画質が粗すぎて細かいことはわからないのが残念だが。そしてその下には図が掲載されている。”怪獣”を示す点から出た矢印が、曲線を描き”大きな丸”に向かっている。その”大きな丸”は地球らしい。
「驚くのも無理はないな。」
ダグラスは咄嗟に姿勢を正す。上官はそんな俺の周りをゆっくり歩きつつ、話を続けた。
「これは軍内のごく一部にしか知らされていない秘密作戦だ。イージス・アショアを使用し、宇宙怪獣が大気圏に突入する前に迎撃する。貴官は2年前に怪獣を至近距離で目撃しているから、何か参考になるかもしれないから派遣をだな。」
「しかし少将、私が以前遭遇したのは大気圏内を飛翔する怪獣であって、宇宙由来の怪獣となると別種であるかと…。つまり私の意見が役に立つとは思えません。」
上官は彼の肩に手を置く。そして耳元でそっと呟いた。
「軍もそれはわかっているだろう。おそらく……藁にもすがる思いなのではないか?」
それで全てを察した。この作戦が成功する確率はものすごく低いのだ。しかし、やらねばならない。軍隊は人々を守らねばならないのだから。
観測基地の入り口には、小銃を持った見張りの兵士が二人立っていた。証明書を見せ通してもらう。厳重な防護壁が開くと、壁に設置された巨大なモニターが目に入ってきた。
部屋に足を踏み込む。指揮官と思しき人物に、敬礼しながら近づく。
「ミサワから派遣されました、ダグラス大佐であります。」
「2年前の当事者か。挨拶したいところだが…時間がないようだ。」
そう言って指揮官は大モニターに視線を移した。彼も釣られてモニターを見る。黒を基調としたモニターに上で”宇宙怪獣”を示す赤い点が、地球を示す青い円に刻一刻と迫っていた。もう間も無く「迎撃予定地点」の波線に接触する。
「指揮官、まもなく攻撃開始ラインです。」
「わかっている。ミサイル発射用意!」
指揮官は真っ直ぐにモニターを見つめたままそう言った。ダグラスは指揮官の横顔を見る。その眼差しには決意が感じられた。
彼が見ていることに気づいた指揮官が静かに訪ねてくる。
「ダグラス大佐。率直に聞かせて欲しい。作戦は成功すると思うか?」
ダグラスは迷った。階級が上の相手に「失敗すると思う」なんて言いにくい。しかし指揮官の”率直に”という言葉に、彼は本音を話すことに決めた。
「成功の確率は低いと思います。私は日本の事件の際、怪獣に対空砲を撃ちましたが効果は……。」
「やはりそうか。」
彼の話を遮って指揮官が呟いたのは、呆気ない一言だった。「やはり」。指揮官もダグラスと同じく察していたのだ。これが無意味な作戦であると。
考える暇を与えぬうちに、通信兵が叫んだ。
「目標、攻撃開始ラインを通過!」
ここまできたのだ、指揮官は命令を下すしかなかった。ダグラスも渋々の顔でそれを聞くことしかできなかった。
「ミサイル発射!」
ゴォォォオオオオオオ‼︎‼︎
観測施設の隣にある地下発射台から火柱が立ち上がった。垂直発射管の蓋が開くと同時に炎が噴き出し、その中をミサイルが上昇してゆく。数秒おきに1発ずつ絶えず撃ち上げられ、その度に轟音と揺れが施設を襲った。振動を感じながらも、司令室の中で何かを話す者は居ない。
ロケットエンジンを噴射しミサイルは加速。そのまま夜空に消える。後に残るのは煙と火薬の匂いだけだ。
山の下に住んでいる市民たちは、もちろん何も知らない。彼らは想像だにしていないだろう。まさか現在進行形で宇宙怪獣の迎撃作戦が実施されている、などと……。
ミサイルはどんどん高度を上げていく。青かった空が黒く見え始める。宇宙空間に近づいている証だ。
発射からわずか3分でミサイル群は宇宙空間に到達。地球の輪郭が露わになった。もしこれが有人のロケットであったなら、搭乗員はその美しさに目を輝かせただろう。しかしミサイルのコンピュータはそのような思考をしない。ミサイルの目は、正面から迫る標的だけを見つめていた。
「間も無く弾着です。秒読みに移ります。」
指揮官は喉を鳴らした。そして静かに目を閉じる。その様子を見たダグラスは、自身の左手をそっと撫でた。傷跡を隠すかのように。
「8 7 6 5 4」
ミサイル群を表すカーソルが”宇宙怪獣”の赤い点に重なろうとしていた。
「3……弾着、今!」
両者の点が重なった。到達したらしい。司令室の全員の目が、大モニターを注視して離れなかった。
「レーダーと望遠鏡で戦果を確認します。」
「うむ、そうしてくれ。」
施設に備え付けられた白いドーム型の設備はレーダー観測装置である。その隣にある長い筒状の物が望遠鏡。前者は電波で、後者は光学観測で、それぞれで宇宙怪獣が撃破されたかを確認する。望遠鏡が旋回し、仰角がかけられてゆく。
結果はすぐにわかった。先に報告してきたのはレーダーの方だった。
「目標と思われる物体に大きさ、速度などで変化無し。なお軌道は若干変化している模様。」
それまで静かだった司令室にざわめきが起きた。だが指揮官とダグラス大佐だけは狼狽えなかった。むしろ「やはりな」という思いであった。
少し遅れて望遠鏡からの写真が転送されてきて、大モニターに映された。破片と思われる分離体は確認できない。つまり目標は無傷だ。一見すると見た目はただの隕石だが、隕石がこんなにも頑丈なはずがない。司令室内に不穏な空気が漂い始めた。
そしてさらに悪い知らせが。扉を乱暴に開かれる。入ってきたのは、宇宙観測施設勤務の研究者だった。白衣を着た彼は、数枚の書類を指揮官に突き出す。
「落下予測地点を算出したのですが、あと15分で…。」
指揮官と隣のダグラスは、資料の図に目を遣る。その図によると”宇宙怪獣”は、緩やかな曲線を描いて降下し……日本・北海道地方に落下するという。
二人は静かに顔を見合わせた。
「これはまずいな…。すぐに国防総省に通達する……」
必要がありそうだ。
しかし、指揮官は指示を最後まで言うことができなかった。
キィィィィィン
突然聞こえた風切り音。誰もが顔を上げ、音の出所を思案した瞬間だった。
ーーーーーーッダァァァァーーーーーン‼︎‼︎‼︎
ダグラスは強い衝撃を感じた。どうすることもできなかった。全てが衝撃波に飲まれ、瓦礫と粉塵が視界を支配する。
ーー何かが落ちてきた。攻撃を受けた。
彼に分かったのはそれだけだった。激しい頭痛を感じ、やがて意識は途絶えた。
ハワイの宇宙観測施設が突如大破。その衝撃波の余韻は市街地にも到達した。突然の轟音に動揺する市民たち。不安そうに見上げる彼らの目に、山の上で煙を上げる宇宙観測施設が映った。
北海道帯広市
パラパラと粉雪が舞っている、雲のない夜だった。夜空が突然明るくなった。
深夜のこの時間に起きていた人間たちは、この珍しい光景に気がつき、カーテンを開けて空を見上げた。
鈍い光が点滅しながら夜空を横切っていく。
光の正体は「火球」。宇宙から落ちてきた石や氷の塊が大気圏突入時の摩擦で発火し、光り輝いて見える現象……。大部分の人はそれくらい知っていたし、火球だと信じて疑わなかった。
それが宇宙怪獣侵略の序章であるなど誰も知らなかった。
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