第21話 夜の協同作業
東京への出張が明けてからは、案の定忙しい日々が続いている。
上司への報告だったり、協力してくれた相手へのお礼であったり、これからのことを考えたりだとか。
そんな中、
「久我山さん、鴻池産業とのアポが取れました。明後日なんですが、一緒に行っていただけますか?」
その声の主は遠野さんで、さっそく打ち合わせを設定してくれた。
それはオンライン会議ではなく、直接先方を訪問する物のようだ。
事の大事さから考えると、それは妥当だ。
お互いの顔を見やりながらの方が、やりやすい場合もあるんだ。
これからのことを決める、大事な場になるだろう。
「もちろん。予定は空けておきます。上司は同行するのですか?」
「いえ。久我山さんと私がいれば大丈夫と思うから、一先ずまかせるよって言ってます」
そうか、責任重大だな。
でもまあ、鴻池産業と話をつけるということは、俺達が言い出したことだしな。
「分かりました。ではそうしましょう」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
ちなみに遠野さんとは、会社の人間がいる前では今まで通り、敬語で話そうかということにしている。
急に馴れ馴れしくして悪目立ちをしてしまうと、仕事がやりにくくなるかもしれないから。
会社の中でのそういった噂は、信じられないほどの速さで、広まってしまうのだ。
頭を丁寧に下げてから去って行く遠野さんを、目の前の席に座る美田園さんも目で追いかける。
行儀悪く、右手で頬杖をつきながら。
「良かったですね久我山さん、遠野さんと仲良くなれて」
「へ? いやまあ、最近よく一緒に仕事をしてるから、話すようにはなったかな」
「そう。じゃあ、もっと沢山一緒に仕事をしている後輩とも、いっぱいしゃべって下さい」
「え? ああ、それはもちろん……」
どうしたんだろ美田園さん?
東京出張から戻って来て以来、何だかご機嫌が斜めの日が続いているのだが。
「で、そんな久我山さんに、一つお願いなんですけど」
「はい、何でしょう?」
「今度ここに、津田さんが来るんです。その時の接待の幹事を、私と一緒にやって下さい」
「津田さん……ってもしかして、人事担当役員の、津田専務!?」
恐る恐る訊いてみると、美田園さんはコクンと、頭を縦に動かした。
「直接メールで連絡が来ちゃいましてえ。これで何もしない訳にはいきません。だから久我山さん、付き合って下さい」
専務から直接メールがって……中々に恐ろしい子だ。
そう言えば東京本社で専務と会った時に、そんな話だってしていたよな。
俺なんかが一緒にいても、何もできはしないとは思うのだけど。
でもここは、断わるわけにはいかないだろうな。
「うん、分かった。何かできることがあったら、言ってよ」
「取り合えず、夜のお店選びを手伝って下さい。それと当日は二次会までは一緒にいること」
まあそれくらいなら、俺にだって務まるだろう。
ここはひとつ、ご機嫌をとっておこう。
「分かった、任せてくれ」
「ど~も。じゃあ、今日の仕事ですが……定例報告会の資料作りと、光本工業と成沢コーポへの見積もり書の作成と、海外から来るお客の移動手配、あとは午後からは会議が……
おいおい、何だか今日は、仕事の量が多いぞ?
まあ、いいか。
出張の準備やら後処理やらで、あんまり他のことに時間が取れていなかったことだしな。
今日はほぼ、美田園さんとべったりの一日になりそうだ。
あれやこれやで忙しい一日が終りかけたころ、美田園さんと二人で、やっと一息をつく。
「久我山さ~ん。津田さんとの飲み会どこにしましょうかあ?」
「そ~だな、どこがいいかな。そういえば津田専務って、人事の人だろ? なのに営業のメンバーと飲みに行くのか?」
「人事とは別の日に行くみたいですよ。ここの桐山さんが大学時代のサークルの後輩みたいで、ちょくちょく顔を見せるんです」
桐山さんとはここ営業部の部長で、歓迎会の夜に一緒に雀荘に行った一人だ。
「そういうことか。じゃあ半分プライベートみたいな感じかな。何か好みでもあるのかなあ」
「この前は、生けすで釣った魚をそのまま食べられる店に行ったんですよね」
なかなか面白いな。
それもあって、津田さんは前の時のこと、喜んでいたのかな。
「じゃあ、生きてるロブスターを料理してくれるバルとか、肉の部位を細かく指定できる焼肉屋さんとか、どうだろうな」
「ありですね。多少値段が高くても、専務と部長がいるから、少しは恩恵にあずかれますし」
成程、なかなかの策士だ。
「私の方でも、もう少し考えてみます。また明日、相談しましょうか」
「ああ、そうしよう」
定時退社の時間を回って、ちらほらと帰り支度を始める所員が増えてくる。
ふと営業二課の方に目をやると、遠野さんはまだ、真剣にノートパソコンと対峙している。
「遠野さん、お疲れ様」
仕事の邪魔はしたくないけれど、気になったので近寄って声をかけた。
今は一緒にやっている仕事もあるので、こういうこともやり易い。
「あっ、お疲れ様です、久我山さん」
「まだ仕事?」
「はい。今から、明後日の鴻池産業との打ち合わせ資料を作ろうかと思って。他の仕事も溜まってたから、まだ出来ていないんです」
そう言えば、そっちは二課の仕事だということもあって、遠野さんに任せていた。
「そうですか。どのくらいできてます?」
「大体半分くらいです。でき上がったら、久我山さんにお見せしようかと思っていたんですが」
鴻池を訪問するのは明後日だ。
あまり時間は無いな。
「良かったら、手伝いますよ。手分けした方が早いし、しゃべりながらの方が後で確認するのも楽ですし」
「えっ!? でも、残業になっちゃいますよ? いいんですか?」
「構いませんよ。残業や休日出勤には慣れっこでしたから。それに帰っても、スーパーかコンビニで何か買って帰って、食べて寝るだけですしね」
「そんな……でも……そうしてもらえると、助かります」
「よし、じゃあ決まりだ。どこかの会議室ででもやりましょうか?」
「はい。じゃあ会議室、予約しちゃいますね」
今日は何時に帰れるか、分からないな。
でも、できる準備はきちんとした上で、本番には望みたいよな。
その気持ちは俺も同じだし、この仕事のメインは遠野さんだから、できるだけ力は貸したい。
二人で小さな会議室に籠って、今回協力をしてもらう会社のことや、納期と値段、美濃山商事と取引をすることのメリットなどを、話し合いながらまとめていく。
集中してやっていると、時間が経つのも気づかないし、進むのも速い。
しかも遠野さんは、前職の星宮工機で仕事をしていたせいか、アイデアの出し方やまとめ方が、凄く上手だ。
必要な書類やデータが、どんどんと仕上がっていく。
「だいたい、こんな感じかなあ」
一通り完成して、小休止でコーヒーの入った紙コップに口を付けたのは、もう9時を回ってのことだった。
「だね。あとは見栄えかな。絵や写真を入れ込むと見やすくなると思う。見た目の華やかさも、アピールの一つだと思うんだよね」
「そうね。じゃあ、もうひと頑張りするかな」
「いや、あとは明日でもいいんじゃないかな。午前中に仕上げて、午後から課長に見てもらえばいいかなって」
「そうね……そうしようかな。このままずっとここにいると……」
「うん?」
「ベランダでお話する時間、なくなっちゃうものね」
「……あはは。だね」
遠野さんはパソコンをOFFにして、画面をパタンと閉じた。
今夜も20メートルの距離を挟んで、夜の時間を一緒に過ごせそうだ。
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