第13話 古巣の東京へ
午前七時のプラットフォームは、少しひんやりとして、空気が固い。
大きな鞄やスーツケースと一緒のリーマンや、観光客風の外国人とかが、新幹線の到着を待っている。
ここは新大阪駅、駅弁とお茶を買って、遠野さんと一緒に、乗車口に続く列に並んでいる。
「まさかこんなに早く東京に戻るなんて、思ってなかったわ」
「だね、俺もですよ」
今日から一泊二日で、東京に出張だ。
村田工業からの帰り道、鴻池産業の件で思いついたことを、遠野さんに口にしてみた。
「中所企業共同連合会の東京支部の支部長さんと、話ができるかもしれない」
--と。
ネット麻雀でしか話をしたことがないけれど、稲峰さんのことだ。
きっと色んな会社のことを知っているんじゃないかと思ったから。
そのことを上司にも話すと、直ぐに進めるようにと指示があった。
三ツ矢銀行大阪支店の副支店長である香田さんに相談をすると早速つないでくれて、稲峰さんとオンライン会議ができた。
それからいくつかの会社を紹介してくれたのだけれど、その全部が東京にある会社だった。
教えてもらった会社に遠野さんがアポの連絡を入れて、今日の出張の運びとなったのだ。
こんなふうにつながるのだから、麻雀ゲームアプリだって、捨てたものじゃない。
全然接待麻雀は、できていなかったけれど。
「美味しそうですね、『飛騨牛おろし煮弁当』って」
「『北海道カニ釜祭り』だってそうですよ。どっちにしようか悩みました」
「じゃあ、後で半分こしませんか? そうしたら、どっちも味わえます」
「あ、そうですね……」
出張の時のささやかな楽しみは、駅で売っている駅弁だ。
色々なご当地の弁当を開けると、普段はない味わいが楽しめて、そこに行った気分にも浸れる。
出張の朝もいいけれど、仕事が終わってから帰る新幹線の中で堪能するのは、至上の癒しに感じる。
アナウンスが流れて、白い流線形の車体がホームに滑りこんでくる。
ドアが開いたので、予約してある二列席を探して、並んで座った。
俺は通路側に立って、頭の上にある荷台に、二人の荷物を乗せた。
車体が走り出すと、朝御飯の時間だ。
弁当箱を開けると、ボリューム満点の白ご飯と、茶褐色に染まった牛肉が、ぎゅうぎゅに詰まっているのが見えた。
一口食むと……うん、期待していた通りの味だ。
肉はやわやわで、噛む度に醤油ベースの煮汁と一緒に、甘い肉汁がしみ出てくる。
肉の脂身はとろとろで、舌の上ですぐに溶けて無くなっていく。
ご当地グルメ……やっぱり、病みつきだ。
「ねえ久我山さん、交換しませんか?」
「ああ、はい……」
女性が食べかけている弁当に箸をつけるのはどうかと思うけど、そう言ってくれるのなら……
タラバガニの身が山盛りに乗ったご飯を口に含むと、カニの甘みが口いっぱいに広がった。
けどそれよりも、同じ弁当を遠野さんと分け合っていることが、俺の色々な感覚を麻痺させている。
隣に目をやると、彼女はもきゅもきゅと牛肉を口にしながら、車窓を流れる景色に目を向けている。
俺の考えすぎかな……昔は間接キスだって、十分胸がときめいたものだ。
けどもう、そんなことを気にするような歳でもないもんな。
こんなことを意識しているのって、俺だけなんだろうか。
もう一口カニを口に運ぶと、前の一口よりもさらに甘く感じた。
弁当を食べ終えると、あまりやることは無い。
2日間の仕事の準備は、昨日までにもう済ませているから。
「出張って、久しぶりなんです。前の職場は小さな
「そうですか。俺はたまに出てました。上司の許可をもらうのが大変でしたけど」
少し余計なことを言いかけたのだけれど、小さな取引の仕事が多かった俺には、大口の売りを重視する元上司は、なかなか出張許可をくれなかったのだ。
「星宮工機に、いたんですよね?」
「……はい。星宮のお父さんに会えるの、楽しみです」
遠野さんが肩をすくめながら、口元を緩める。
実は今回の商談先の一つは、その星宮工機だ。
稲峰さんに相談をすると、その名前が挙がったのだった。
矢のような速さでいくつも駅を通り抜け、名峰富士の絶景も後にして市街地に入ると、白い車体はゆっくりと速度を落としていく。
2時間と少しの移動を終えて、見えてきたのは首都東京だ。
人込みで溢れかえる東京駅の中を移動して、在来線に乗り換えた。
午前中に一つ目の商談があるので、まず目指すのはその場所だ。
そこは河川敷に近い場所にあって、従業員が30人ほどの小さな会社だ。
工場の脇にある事務所に人がいたので、まずそこに向かった。
「すみません、堀場社長は、どちらにおられますか? お約束を頂いているんですけど」
「ああ、社長なら工場の中です。案内しますわ」
遠野さんが声をかけた男の人が案内をしてくれて、工場の中に入った。
大きな機械がたくさん動いていて、その脇で作業員達がせわしく動き回っている。
「社長、お客さんです!」
声を掛けられて顔をこちらに向けたのは、頭が薄い中年の男性だ。
「ああ、お見えになったか。……あ、あれ……、あんた……?」
まあるい目玉の真ん中に、俺の像が浮かんでいる。
「久我山さん、じゃないですか?」
「はい。覚えておいて頂けましたか、堀場社長」
そう、機械油で汚れた作業服を着たこの人が、株式会社HORIBAの社長さんだ。
「そりゃ、忘れるわけないじゃないですか! 美濃山商事さんが来られるので誰だろうと思ってましたが、まさか久我山さんも一緒だったとは! 言って下さったら、もっと準備をしていましたのに!」
「いえ、私はこの、遠野さんに付き添っているだけですので」
「え? あ、あの、遠野と申します。今日はお時間を頂き、ありがとうございます」
「いえいえ。そうですか、分かりました。じゃあ、どうぞこちらへ。おい君、すまないがお茶を三つ頼むよ!」
堀場社長につれて行かれたのは、工場の奥にある別室だ。
商談用の場所らしく、応接セットが置かれていて、壁際に額縁や花も飾られていたりする。
「大阪からでしたね。遠い所をわざわざ、すみませんね。向こうはどうですか、久我山さん?」
この会社は元々俺の担当で、物作りに使う材料を卸していたり、逆に個客から注文を受けた部品を作ってもらったりしていた。
大阪に転勤が決まった時には挨拶状を送っているので、そのことは覚えていてくれたようだ。
「なかなか慣れませんが、なんとかやってます。そちらはいかがですか?」
軽い気持ちで訊いてみたのだけれど、堀場社長の表情が、にわかに曇った。
「……うちもまあ、なんとかですけど。実は美濃山商事さんには困ってましてね。久我山さんから担当が変わってからは」
ここにいる三人を取り巻く空気が、少し冷たく、重くなったように感じた。
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