第11話 麻雀対局と個人スマホ
どうしようか……?
大手銀行の副支店長と麻雀ゲームだなんて、なんて恐れ多いことだ。
けど向こうがそう言ってきているのなら、無下にも断れない。
なら、今夜は丁度いい場面がある。
『今夜、職場の後輩とやることになっています。よろしければ入られますか? 一人面子が足りないので、AIも入ると思いますけど』
そう連絡をすると、ほどなくして返事が入った。
『よろしくお願いします。一人心当たりがいますので、声をかけてみます』
心当たりね……どんな人か知らないけれど、今夜はお相手をしないといけないようだ。
とりあえず、美田園さんにも知らせておこうか。
話をすると彼女はいたって平静で、「ふ~ん。まあいいですど」とのたまった。
相手が誰かなどと、全く気にしていないふうに。
ある意味、俺などよりもよっぽど肝が据わっている。
そうして、仕事も終わって帰宅してから午後8時、食べ物と酒とを買い込んで、準備万端で部屋の中でスタンバイした。
アプリにログインすると、派手なデモが流れてから、サキュバス、青いスライム、そしてゾンビが現れた。
『どうもこんばんは、久我山です』
『美田園です』
『こんばんは。香田はスライムです』
そして最後のゾンビは、
『初めまして、稲峰です。香田さんの知り合いです。よろしくお願いします』
ひとまずチャットで挨拶を交わした。
今日の面子はこの4人のようだ。
ゲームを開始すると、スマホ画面に手牌が映し出されて、山から牌を一枚ずつ引いていく。
--のだけれど、ゾンビの稲峰さんはCランクで、かなり強い。
立て続けに何回か上がってトップに立つ。
ゲームをしながら、チャットもできたりする。
『久我山さんと美田園さんは、美濃山商事の大阪だとか?』
『はいそうです』
ゾンビさんに返事をすると、少ししてから、また反応があった。
『こう言っては申し訳ないが、御社の東京の営業はあまり評判が良くないですね』
……え、なに? どういうことだろ?
『まあまあ稲峰さん、今は遊びの場ですから』
香田さんがたしなめているけれど、気になるな。
なにせ、俺がいた古巣だ。
『あの、どういうことですか?』
『私は小さい会社の人の話をよく聴くのだけれど、みんないじめられているみたいだね』
『買い叩かれて大変みたいだね』
『特に最近はそれがひどくなったみたいだ』
それは……思い当たることはあるよ。
俺がいた頃から、何人かの先輩方は、そんな感じだった。
特に俺の元カノが走って行ったあの人はそうで、それを自慢げにしゃべる人だった。
顧客から注文があった物を他で作らせたりするのだけれど、取引額が小さい物はとにかく安い値段で中小企業に流して、文句を言わせない。
そこで時間をかけるよりも、もっと大きな売りの仕事をしたいから。
そんなことをされると、当然中小企業は苦しくなる。
でも大きな会社を敵に回すと後が怖いから、何も言えない。
うちと取引を止められでもしたら、死活問題なんだ。
心配だけれど、大阪にいる今の俺には、どうすることもできない。
『稲峰さんは、中小企業共同連合会東京支部の支部長だからね』
……へ?……聞いたことがあるぞ、それ。
全国でかなりの数の会社が加入している組織で、その中で東京支部の支部長と言えば、かなりの大物だ。
なんでそんな人が今、ネット麻雀ゲームなんかやってるんだ……?
『すまんね。お二人には関係ないけど、つい愚痴が出ちゃったね』
あ……神妙になっているとこで申し訳ないけど……
『ロン!』
俺が上がりのボタンを押すと、【ホンイツトイトイ
ゾンビ稲峰さんから、12000点を直撃でもぎ取ったのだ。
『あちゃあ、やられた~』
『容赦ないなあ久我山さんは』
すまんサキュバス、どうやら俺には、接待麻雀はできそうにない。
『さすがにSランク、お強い』
結局その夜は2局対戦したのだけれど、その両方で俺がトップだった。
最後に『またやりましょう』と送り合って、アプリからさよならをした。
みんなには果たして喜んでもらえたのかどうか、謎だな。
ちょっと疲れたな。
今日は……お向かいさんの電気が消えている。
まだ仕事なのか、何かの用事かな。
それとも、もう寝ちゃったかな。
とりま、コンビニで追加のビールでも買ってくるかあ。
部屋着のままでふらりと外に出て、少しの散歩だ。
今年の桜も、もうじきお別れみたいだ。
夜風に吹かれて、花びらがひらひらと舞っている。
コンビニの中でいくつか缶を拾い上げてレジへ。
「あっ!?」
お、なんだ?
声がした方に首を向けると……遠野さんだ……
「こんばんは、お買い物ですか?」
「はい。遠野さんは、今帰りですか?」
「そうなんです。上司と外回りに行って、ご飯を食べて。その帰りです。ちょっと甘い物が欲しくなって」
「そうですか、お疲れ様です」
今日はもう会えないかなって思っていたから、少しホッとする。
彼女の悲しい過去を聴いてしまったからちょっと心配だけれど、今はそんなことは感じない。
元気にやっているみたいだ。
二人ともショッピングバッグをぶら下げて、暗いアスファルトをコツコツと踏む。
「そうだ。またちょっと難しい案件があるみたいだから、そっちへ相談が行くかもしれません。先輩たちが、そんな話をしてましたから」
またか……今度は何だろう?
けど営業三課って、やっぱりそんな場所なんだよな。
色んなものを拾い集める何でも屋だ。
「分かりました。覚悟してますよ」
そうしてまた、二人のマンションの間に横たわる、いつもの横断歩道の前へ。
白線と暗い路面とが交互に混ざりあって、まるでシマウマの紋様のようにも見える。
「じゃあ、また明日」
「……あ、あの、久我山さん!」
背を向けてマンションに入ろうとすると、慌てたような声が追い駆けて来た。
「はい?」
「久我山さんの個人スマホって、今持ってます?」
「はい、一応は」
「じゃあ連絡先、こ、交換しませんか……?」
―― え?
「だ、だって、会社以外でもしゃべっているのに、ずっと業務用スマホって、なんか変じゃないですか?」
そう言われると……確かに。
あれは仕事用で、本当はプライベートで使うものではなくて。
会社の同僚とはいえ、仕事の場を離れると、そこはプライベートな時間ってことになるのだろうかな。
元カノとは付き合うようになってから、個人スマホでやり取りはしていたけれど。
楽しいことも、心が沈むようなことも。
「あの、ダメですか?」
「え? あ、いや……」
いいんだろうか、俺なんかとって、一瞬考え込んでしまった。
でもそれがあれば、ベランダで話すことだって、やりやすくなるな……
「ダメなんかじゃないです。そうしましょう」
「はい!」
その場で、個人スマホの連絡先を交換し合った。
何だか不思議な気分だ。
雪国の温泉で逢った時には、名前さえ訊けなかった。
なのに今はこうして近くにいて、連絡先まで交換している。
「じゃあ、お疲れ様でした」
「はい。じゃあまた!」
今夜は、笑顔で手を振る彼女が横断歩道を渡り終えるのを、じっと眺めた。
部屋に戻ると個人スマホに、早速いくつかのメッセージが入っていた。
『これからお風呂に入ります』
お風呂か……じゃあもう1時間くらい、寝ないで待っていようかな。
『ゆっくり入って下さいね』
そう送ってから、ベランダ越しに、彼女の部屋の灯りに目をやった。
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