ギルドマスターの失態

@arz6sk

ギルドマスターの失態

 その町の名前はセサープン、王国の西方に位置する、高位貴族ベルクローズ侯爵家の治める領地にある小さな町である。

 町の近くにはダンジョンと化している洞窟があり、内部には中々に手強いモンスターや非常に利用価値の高い鉱石などが存在し、討伐したモンスターの素材や鉱石が高値で売れたり、様々な道具や武器防具が作られる、冒険者や職人にとっては魅力的な町だ。

 そんな荒くれ者の多い冒険者や、偏屈な者が大多数な職人達が集まる町に、下手な人物を置けば被害を被るのは町人達だと、侯爵は自分の跡継ぎ、次期侯爵となる息子にセサープンの町の管理をさせる事にした。

 親の欲目を抜いたとしても、能力に人格も問題無く、自分と共に領内を巡り様々な事を学んでいる。

 何より、息子がその町を人一倍気に掛けている理由を知る侯爵からすれば、行かせてやらない理由などあるわけが無かった。

 「確りと自身の責務を果たすのだぞ」

 「はい、我が身命が塵になろうとも!」

 「重い!」

 「しぬきでがんばります!」

 「……」

 かくして、セサープンの町はベルクローズ侯爵が子息、リンギュ=ベルクローズが治めることになったのである。



 数年後。

 


 侯爵子息の手腕は中々なものだった、冒険者や職人達を上から押さえ付けるような真似はせず、かといって弱腰な訳でもない、あくまでもセサープンの町の住人の一人であるというスタンスを取り続けた。

 乱暴者、変わり者と遠巻きにされることが大なり小なりあった彼らにとって、そんな接し方をされるのは意外であり、まぁ少しくらいなら話を聞いてやっても良いかな、と思う者も少なからず出てきた。

 町人達に対しても同様に、出来得る限り彼ら、彼女らと目線を合わせて話をする。

 冒険者や職人とのトラブルの仲立ちをする等

、小さな町であるからこそ出来る方法で、町の住民達のための政を行っていった。

 お陰でセサープンの町は、騒がしくはあっても剣呑ではない雰囲気の、結構暮らしやすい町になったのである。

 「意外と話せる男だったな。」

 ある冒険者が評した。

 「技術の研鑽の大事さを解っている。」

 ある職人が感心した。

 「方々を走り回って話を聞いてくれて嬉しい。」

 ある町人は感激した。

 「護衛が大変なので屋敷から出ないで欲しい。」

 護衛の騎士は団長に殴られた。

 



 セサープン近くのダンジョンでスタンピードが起きた。

 別に誰かが何かをやらかしてそうなった訳では無い、ダンジョンがある以上、スタンピードが起こるのは当然の事で、恩恵を受けるのなら危険に晒されることもまた当然の事である。

 故に、侯爵家や冒険者ギルドも十分な準備をもって、ダンジョンから暴れ出るモンスター共を騎士や冒険者が連携を取り、職人や町人達のバックアップを受けながら迎え撃ったのだった。

 快勝だった。

 勝利の宴は大盛り上がりだった。

 おさけおいしい

 鉄面皮で有名な騎士団長はほろ酔いだった。

 見たかった、侯爵子息は悔しがった。



 スタンピードが終息して数日。



 冒険者ギルドに王国と侯爵家から感謝状と多額の報酬が届けられた。


 スタンピードに対して、勇敢に働いた冒険者達へ贈って欲しい。


 そういった内容の書状がそれぞれが送った荷物に添えられていた。

 「すごい額ですね、スタンピードの対処に参加した冒険者全員に配っても一月は遊んで暮らせますよ」

 秘書が山と積まれた金貨、銀貨、銅貨の入った袋を見て目を丸くする。

 「王国も侯爵家も、俺のギルドの力が欲しいのだろう!他所の国へ行かれないように金で繋ぎ止めておきたいんだろうよ!」

 「……あまりそういった発言はしない方が良いのでは?」

 ジト目の秘書の発言を、ギルドマスターはガッハッハッと聞き流す。

 ギルドマスターは自分のギルドの冒険者達の活躍に鼻高々で前線で戦った上級の冒険者達へと惜しみ無く報酬を配っていった。

 町から前線へ物資を届けたり、斥候等の支援をしていた下級の冒険者達にはあまり多くは渡されなかった。



それから数日。



 今度は侯爵子息からそこそこの多さの銀貨、銅貨の入った袋がギルドに届けられた。

 

 この町の為に働いてくれた冒険者達の為に使って欲しい。


 そういった内容の手紙が添えられていた。

 「さすがに王家や侯爵家からの額には劣りますけど、十分大金ですよ」

 秘書は机の上の袋を眺めながら言う。

 「フン、大方王家の払った金額を知って慌ててかき集めたのだろう。この町から出ていかないで下さいとな」

 秘書の不快感を隠さない視線にも気付かず、ギルドマスターは傲慢な憶測を得意気に語った。

 金銭はまた、上級の冒険者達へ配られた。

 下級の冒険者達には一銭も払われなかった。



 更に数日後。



 一人の下級の冒険者が、ある民家の地下水路の調査という、あまり実入りのよろしくない依頼の完了を報告するため、依頼人の老婦人の家を尋ねた。

 呼び鈴を鳴らし、入る許可をもらった冒険者が戸を開くと、老婦人ともう一人、意外な人物の姿を目にした。

 「こ、こ侯爵閣下!?」

 「の、息子だよ。まだ後は継いでいないからね」

 セサープンの町の管理者である侯爵子息が老婦人と和やかにお茶を飲んでいたのである。

 「あらまぁ、やっぱり驚いてしまうわよねぇ」

 老婦人は呑気に、けれど少し楽しそうだ。

 「うん、それはそうだろうね」

 驚かない方がおかしい。と、侯爵子息も呑気に、けれどもやっぱり楽しそうに笑う。

 「……え、ドッキリ?」

 「当たらずとも遠からず、と言って良いのかな?」

 「?❔❓️」

 頭の中で?が乱舞する冒険者へ侯爵子息が話しかける。

 「実はね、君に聞きたいことがあって、彼女への依頼の報告に同席させてもらったんだ」

 手のひらで示す先には民家の家主である老婦人。

 「あ、の。お二人の、ご関係、は?」

 「あ、そっち気になる?」

 「うーん、それはそうでしょうねぇ」

 冒険者の質問に予想外だったような反応をする侯爵子息と、のんびりと突っ込む老婦人。

 昨日今日の関係には見えない気安さが、二人の間にはあった。

 まぁ、隠すような事でもないしね。

 何でも無いことのように、侯爵子息は話し始める。

 「彼女はね、僕の乳母なんだ」

 侯爵子息が産まれた時、彼の母は産後の体調が思わしくなく、母乳をあげられるような状態ではなかった。

 ならば乳母を、と親戚中を回ってみたが、運の悪いことにちょうど良い人材が誰もいなかったのである。

 困り果てた侯爵に、屋敷で働いていた平民の侍女がおずおずと手を上げて

 「私の妹が半年前に出産しまして、多分ドバドバ出ると思います」

 「その言い方やめよ?」

 そうして、侍女の妹が赤子共々侯爵家へ招かれ、侯爵の懇願(土下座)を受けた侍女の姉は侯爵子息の乳母となった。

 「侯爵様の土下座マジウケる(笑)」

 そう言って爆笑した若かりし頃の騎士団長は当時の騎士団長に殴られた。

 後日、侍女は姉から

 「ドバドバは出んわ!」と怒られ、侍女長から

 「品の無い言葉遣いはお止めなさい!」と怒られたのだった。



 「……とまぁ、僕と彼女が親しそうに見えたのはそういう理由からだね」

 「ウフフ、懐かしいですねぇ」


 ……いらん情報の方が多かったな。


 そんな感想はおくびにも出さず、冒険者は

 「ちなみに、ご婦人の実子、は?」

 「僕の護衛の騎士」

 

 あいつかー。


 「ウチのバカ息子が坊っちゃんの護衛なんて、本人から聞いた時は心臓が飛び出そうでしたよ」

 「兄貴分として俺が守ってやるって、子供の頃から言い続けてたからね」

 「コネって偉大ですねぇ」

 「本人の努力を認めてあげて?」


 和気あいあいと話す二人を、どう反応すれば良いのだろうかと考えながら、冒険者は若干居心地悪く感じながら眺めていた。


 「あ、そうだ」

 話の途中で、侯爵子息は本題を思い出した。

 「ゴメン、君に聞きたいことがあったって話だよね?」

 「あ、ハイ。そうでした」

 聞いて、冒険者も思い出した。

 自分に聞きたいこととは何だろう?

 下級の冒険者である自分には、どんなに親しみやすいとはいえ、高位貴族である侯爵子息の望む情報など持っているなど思えないのだが。

 「厳密には《君個人》というより《君たち》に、だね」

 「?」

 ますますわからん。


 「どう? 今、生活できてる?」


 しばらく会ってない母親みたいな事を聞かれた。

 「あの、どう、とは?」

 思わず聞き返す。


 「聞いたままだよ?」

 

 「君は」


 「君たち下級と言われている冒険者たちは」


 「今この町で、不自由無く暮らせているかい?」


 穏やかな口調に、ゆっくりと聞き取りやすい喋り方。

 けれど、その顔はとても真剣で、その目は真っ直ぐに自分を見つめていた。



 どれだけ時間が経ったのか、いつの間にか老婦人の淹れてくれたお茶からは、すでに湯気は消えていた。



 真剣な顔の侯爵子息に問われるままに、冒険者は今までの出来事を話していた。

 スタンピードが起こった時、自分たち下級の冒険者は上級の冒険者達をサポートするために

 町中から物資をかき集めた。

 他の町からの物資の輸送をした。

 斥候をするために全身を泥に沈めた。

 色々な事をした。

 本当に、色々な事をしたのだ。

 この町が好きだった。

 この町を守りたかった。

 この町の役に立ちたかった。

 だから頑張った。

 弱い奴は、弱いなりに。

 バカな奴は、バカなりに。

 自分を受け入れてくれたこの町を守るための助けになりたかった。

 だから、スタンピードが終わって、皆が無事で嬉しかった。

 上級の冒険者たちにお陰で助かったと言われて嬉しかった。

 職人達に良くやったと誉められて嬉しかった。

 町人達に一緒に飲もうと誘われて嬉しかった。

 「あ、騎士団長、この酒飲んでみません?俺のオリジナルブレンドなんすけど」

 若い騎士(老婦人の息子)がやたら度数の高い酒を混ぜまくったモノを上司に勧める光景に引いた。

 「今度会ったとき引っ叩いておくわね」

 それを飲んでほろ酔いですんでる騎士団長に更に引いた。


 話が逸れた。


 とにかく、嬉しかったし、楽しかった。

 自分たちもこの町の為に動けたことが誇らしかった。



 けれど、報いは無かった。



 ギルドから払われた報酬は、上級の冒険者ばかりが多額の報酬を貰い、下級の冒険者の自分たちには幾ばくかの小金だけだった。


 上級の冒険者たちがギルドマスターへ文句を言ってくれたけど、聞く耳は持たれなかった。


 後日、追加の報酬があったと聞いたけど、自分たちの知らない内に払い終わったと聞いた。


 町の為に働けたから良いんだ。

 皆の為になれたから良いんだ。

 お金なんかの為にしたんじゃないから良いんだ。


 気がつけば泣いていた。

 貴族様の前にも関わらず、言葉も、涙も止まらなかった。

 ふ、と柔らかな布で涙を拭われた。

 侯爵子息のハンカチだった。

 お礼を言おうとしたけれど、言葉が出てこなくて、しばらくの間、泣き続けてしまった。



 「落ち着いた?」

 「はい……、本とに、おミ苦しい姿、を」

 外はすっかり日が落ちてしまい、民家の中ではランプの明かりが部屋の中を照らしていた。

 「あの……」

 「うん?」

 「なんで、俺達みたいな下級の冒険者の話を、聞いたんですか?」

 誰かに聞い欲しかった、腹の中のすべてを、よりにもよって町の管理者である侯爵子息にぶちまけてしまった冒険者は、もうこの際だとばかりに気になる事を聞いてみることにした。

 「……報告がね、あったんだよ」

 「報告?」

 「報告ってより直訴だね、僕の屋敷に直接来て君たちが不遇を被っていると言われたんだよ」

 なんですって?

 「屋敷に直接って、誰なんですか!?そんな命知らず!」


 「冒険者ギルドの秘書」


 「何してんのあの人!?」


 意外すぎる人物だった。

 「厳密には彼女はギルドを代表して屋敷に来たんだよ」

 「代表って」

 「ギルドマスターを除いたギルドの全員、上級の冒険者にギルドの受付、事務員に金庫番、色んな人達だ」

 「色んな人達が、訴えてきたんだ」



 「君たちを、助けて欲しいと」



 「正直ね、おかしいと思っていたんだ」


 侯爵子息は自身が感じていた違和感を話し始める。


 「王家と侯爵家から報酬が払われた時、僕はそれがギルドの全員に行き渡るものだと考えていた」


 「もちろん、王家も侯爵家もそう考えていた」


 「ギルドの全員に配ってもしばらくは楽に暮らせるだろう額、当然皆使いまくって経済を潤してくれるものだと思っていたんだ」


 「だけど実際のところ、お金を貰ったはずの皆は普段通り、いや、普段よりも質素な生活をしているように感じると見回りの騎士たちから報告があったんだ」


 「上級の冒険者たちはお金をどこか申し訳なさそうに使う、君たちの生活も普段と変わった様子がちっともない」


 そりゃおかしいと思うよね?


 「だからさ、確認をしてみたんだよ」


 「僕の個人資産からギルドへ贈り物をしたんだ」


 「『この町の為に働いてくれた冒険者達の為に使って欲しい』って手紙を添えて」


 「その後だよ、秘書さんがやって来たのは」


 キレちゃったよね、久々に。

 そう笑顔で語る侯爵子息

 

 その目は


 ちっとも


 笑っていなかった。



 後日。



 ギルドマスターが、更迭された。



 職人たちや町人達は結構ざわついていたけれど、冒険者達は皆普段通り、むしろ少しだけ嬉しげな様子で、勘の良い人達はそれで何かを察したのか、それ以降は特に何事もなく、町の日々は続いていった。



 今日もセサープンの町は活気に溢れている。

 冒険者達がダンジョンで手に入れてきたモンスターの素材や鉱石は、職人達の手に渡りその姿を価値あるモノへと変えて行く。

 時折町人達から依頼を受けて、下級の冒険者達が町の中を、町の外を、町の地下を駆け回る。

 

 配達の依頼を受けて町を歩く冒険者は、ふと走り回る二つの人影を見つけた。

 青年が二人、上等な服を身につけた一目で貴族とわかる男は忙しそうに、けれどどこか楽しそうに走っている。

 もう一人は立派な鎧を身に付け、いや、少しばかり鎧に着られている様な気のする青年が面倒くさそうに、貴族の青年よりも速く走っていた。


 二人は予定がどーだ、会食があーだと言い合いながらあっという間に消えていった。

 ふと、冒険者は思い出す。


 ハンカチ、返してなかったな。


 一応、丁寧に洗って綺麗に畳んだハンカチを取り出して、少しばかり考えた後


 今度会ったときに返そう。


 そう決めて、配達先のある老婦人の住む民家を目指して駆け出した。




             終わり






 オチ無し。

 山場無し。

 ギルマスを追い詰めるシーンを書きたかったのに、「相棒」の右○さんがプルプル叫ぶシーンしか思い付かずに断念。

 

 


 

 


 

 


 

 




 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ギルドマスターの失態 @arz6sk

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ