第7話 冷遇令嬢の新たな出会い

エルヴェンに向かう軍船に、馬車ごと乗せてもらう。



「戦争が終わって、軍船の出番もめっきり少なくなりましたからな」



と、老いた水兵が笑った。



「まあ、まもなく退役。廃船でしょう。最後に、別嬪の姫様に乗ってもらえて、船も喜んでるでしょうな」


「あら、お上手ね」



エルヴェンの総督府に所属する軍船には、あちこちに傷が入っていて、激しい戦闘を生き残った長い戦歴を物語っていた。



「つい先日まで敵だった国の姫様と、ゆったり川下り。……なかなか、いいものですな」


「ええ。この先はずっと、平和が続くといいのですけどね」


「はははっ。姫様たち次第ですな。……わが国からも姫様たちが嫁いで行かれる。頭の下がることです」



水兵は、ゆらゆらと陽光を反射させる大河の川面に目をほそめた。


ざっくばらんな物言いは、板子いたご一枚下は地獄という、船乗りならではのものだろう。


迂遠な言い回しのない、要点だけを簡潔に伝える語り口は、新鮮だし、聞いていて耳に心地よかった。


もっとも、後ろに控えてくれてるカリスは眉間にシワを寄せているのだけど。


老水兵と甲板で並んで座り、船から眺める景色は雄大で、いつまでも見ていられる。


大河沿いの街には、どこも戦争の爪痕が残る。けれど、復興の活気も満ちていた。


そして、大河を下るほどに爪痕は深くなり、ずっと下り続けたら、母国バーテルランド王国へとつながっている。


若い水兵たちが、わたしたちをチラチラと、遠巻きに見ていた。



「……つい先日まで、戦火を交えていた国の令嬢ですものね。良くは思ってもらえませんよね」



と、わたしが呟くと、老水兵に大笑いされた。



「そりゃ、姫様。姫様があまりに別嬪なので、恐れをなしてるんですよ」


「お……、恐れですか?」


「若いってことですよ。儂だって、あと40も若かったら、隣に座らせてもらって意識せずにはおられなかったことでしょうよ」



自分のことを、お母様譲りの〈男好きのする、いい女〉だとは思っていた。


だけど、こういう反応が返ってくるのは、予想外で新鮮だった。


水兵たちは総督府の所属だし、わたしは形式上、総督代理になっている。カリスに命じ、水兵たちに略式の拝謁を許した。



「わたしを安全にエルヴェンまで運んでくれてるんだしね。それで喜んでくれるのなら、わたしも嬉しいわ」



甲板で、わたしに片膝を突いて拝礼を捧げてくれる水兵たち。


活き活きと目を輝かせ、わたしを仰ぎ見てくれる。わたしと同じくらいの歳か、たぶん、すこし上。


となりに座らせたままの老水兵が、おどけて偉そうぶるのが、みなの爆笑を呼んだ。


わたしも、つられて大笑いする。カリスも思わず吹き出してた。


暗い話をすればキリがない。彼らの同僚、家族、友人、親兄弟。きっと誰かは、わたしの母国との戦闘で命を落としている。


そして、軍船が退役になれば、きっと彼らも新しい職を探さないといけない。


だけど、みんな、前を向いている。敵国から嫁ごうとしているわたしを、あたたかい笑顔で囲んでくれる。



――わたしも、前を向かないと……。



そう思わせてくれる、川下りだった。



  Ψ



やがて、船はエルヴェンの港に着岸し、水兵たちに別れを告げる。


荷役人夫たちの威勢のいい声が響く中、馬車に乗り、一路、総督府へと向かった。


形式上とはいえ、正式に〈総督代理〉となるわたしのために、総督府の中庭で着任式が開かれた。


わたしは、エイナル様から贈っていただいた、優雅なドレスに身を包む。


淡い銀鼠色のシルク生地がわたしのプラチナブロンドの髪の輝きを際立たせ、シンプルなAラインシルエットで、デコルテは控えめなラウンドネック。


袖は七分丈で、手首の華奢さを優美に演出してくれる。


スカート部分は、裾に向かって緩やかに広がるように、軽やかなチュールが重なり、動くたびにふわりと揺れた。


ウエストには夜空を思わせる深い藍色の細いリボンがあしらわれ、わたしの青い瞳と合わせて全体のアクセントになっている。


装飾は控えめながら、素材の美しさと、シルエットの優雅さで魅せるデザイン。



――こ、こんなドレス、着たことないよぉ~っ!?



という、心の叫びは置いておいて、実は大貴族ソルダル大公閣下の世子だったエイナル様の婚約者として、そして代理として相応しいふる舞いを心がける。


軍船の中でのカリスとの特訓の成果か、総督府所属の騎士たちが捧げてくれる勇壮な儀仗にも、微笑みをもって応えられた。


エイナル様の幼馴染だという、政務総監のクラウス・クロイ伯爵の案内で、総督府の中へと進む。


ただ、クラウス伯爵はわたしに、どことなくよそよそしい。


すこし紫味のあるマルーンな栗色の髪はウルフカットでサッパリとしてて、濃い茶色の眉が凛々しく、意志が強そうに感じる。


肩幅は広いけどスリムな体格に、背丈はエイナル様より少し低いけど、充分に長身。


顎がシャープな印象の丸顔に、整った目鼻立ち。


エイナル様と同い年という話だけど、きっと若い頃のリレダル王国の王立学院では、貴族令嬢からの人気をエイナル様と二分したことだろうという眉目秀麗さ。


そして、黒に近い群青色の瞳は、わたしを冷たく見据えていた。



「……お待ちしておりました、コルネリア様。エルヴェンでは、どうぞ、ゆるりとお過ごしくださいませ」



慇懃な態度で、わたしに拝礼を捧げてくれるけれど、どこか拒絶されているような、壁を感じた。



――そりゃ、そうよね。わたしは、敵国から送られてきた人質令嬢。みんながみんな、友好的なはずないわよね。



と、わたしも礼儀正しく、答礼を述べた。


上等な居室を与えられ、わたしのドレスを脱がしてくれるカリスが憤慨した。



「なんなの? あの、伯爵の態度!」


「ふふっ。……色んな人がいるわよ」


「……ゆるりと過ごせだなんて、ネルは伯爵の上司にあたる訳でしょ? よろしくご指導くださいって言うべきところだわ」


「まさか。……わたしには、なんの経験もないし、エイナル様のご威光で形式的に役職をいただいてるだけだし、……そんなこと言われたら、逆に困るわよ」


「もう……。ネルは謙虚ね」


「……変?」


「変ではないけど……、舐められちゃうわよ?」



ま。それはそれで、いいのではないか?


とも思う。


エイナル様の奥さんに無事になれたら、わたしとしては問題ないし、バカだと見てほしいわたしは、舐められてもいいのではないか……?


その日のうちに、わたしはエルヴェンの街へと、視察に出る。要するに、街あるきだ。ウキウキする。


クラウス伯爵は、あとで合流するそうだ。


幼馴染のエイナル様の婚約者に相応しいか、わたしを品定めするような気持ちなのかもしれない。


あるいは、おかしなことをしないか監視するつもりなのか。


いずれにしても、わたしを総督府に閉じ込めておこうとしないクラウス伯爵は、わたしにとって、充分、いい人だ。


そして、わたしは、わたしのバカの見本に、思わぬ再会をした。


義妹のフランシスカが、服飾産業の盛んなリレダル王国のドレスを求めて、エルヴェンまで旅行がてら買い物に来ていたのだ。

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