巫〜和風美少女戦士恋絵巻〜

ケンシンゲン

一段 木曜日の習い事㊀

 桜の花弁がひらひらと舞い降りる雅な庭。

 そんな景色を望めるお屋敷の一室で、着物姿の少女が扇子を手に舞を披露している。

 

 「宜しい。体軸を意識できていますね。手先の動きも綺麗です」


 「ありがとうございます、先生。更に精進します」


 講師の女性に褒められて、少女は恭しくお礼を言った。

 少女の名前は木花きはなさくや。日本舞踊を習う中学二年生だ。

 さくやは古風な習い事を教えるこの屋敷に、幼少の頃から熱心に通っている。舞踊だけではなく茶道、華道、書道、和琴と、開かれる教室のほぼ全てに参加する熱の入りようであったが、それには大変深い訳があった。


 「お疲れ様。気を付けてお帰りなさい」


 「さようなら、先生」


 稽古が終わり生徒達が屋敷から去って行く。

 結った黒髪を普段のハーフアップに戻したさくやは、何気なく庭の桜を眺めながら皆が帰るのをやり過ごして、何かを期待するように屋敷の中庭を見やる。

 すると彼女の願望に応えるように、中庭に面した縁側に袴姿の男性が姿を見せた。

 この家に住む三つ年上の幼馴染。


 「あ……」


 さくやに、男性は直ぐに気付いてくれた。柔らかい笑みを浮かべる。


 「やぁ、さくや。稽古お疲れ様。今日はどうだった?」  


 「お陰様で、また少し上達しました。発表会は是非見に来てくださいね。みことさん!」


 さくやも柔らかい笑みを返す。

 その頬は花弁が舞い落ちたかのように、桜色に染まっていた。

 ――――――――――――――――――――


 都会の外れにある町―風間町かざまちょう。その町にある中学校は古風な木造の建物が特徴で、通う生徒の制服も男子は学ラン、女子は赤いスカーフのセーラー服だ。

 もっとも、通っている生徒達は何処にでもいる普通の子供達で、勉学や部活に励み、友達と遊び、テストに苦心し、時に恋の悩みを抱えている……。


 「お早うございます」


 キチンと挨拶をして、ピシッと背筋を伸ばして歩く。さくやは習い事の傾向から、日常の所作には気を使った。

 淫らな行動、品を損なう態度、邪な考え。価値観は人それぞれではあるが、彼女はそういった行いをしないよう自らを律している。


 ――目指すは大和撫子!


 それがさくやの信条だった。


 「舞い落ちる花弁ように雅やかに……ひらひらと……ちらちらと……」


 「なにをチラチラさせてるのかなぁー?」


 「きぁああああああああっ!!」


 突然スカートがめくられ、さくやは悲鳴を上げた。


 「さっくやー♪ 今日も彼に会う為に、放課後は習い事かなー?」


 「きっとそう! 下着にも気合いが入ってるぅ!」


 「ちょっとっ、うめか! もも!」


 淫らな行為にさくやは狼狽えた。二人はクラスメイトで、さくやとは小学生の頃からの腐れ縁。


 「こういう破廉恥なことはやめなさい! っていつも言ってるでしょ……!」


 気づくと男子がこっちを見ていた。二人はさくやとは違い、人前で平然とこういったお巫山戯をする。


 「破廉恥、って言われてもねー」


 「好きな人に会う口実に、お稽古に通ってる人に言われたくなーい」


 二人が痛い所を突く。


 「わたしは、真面目に習い事をね……っ。大体、今日はお休みだし……。気合いなんて入れてないし……」


 さくやは目を泳がせた。それに対し二人は両腕を絡めて、いやらしい表情を近づける。


 「ふーん。じゃあ今日は愛しの人に会うえないから寂しいんだ?」


 「会えなくても純潔を守る為に白なのね!」


 「ち、違います!」


 さくやは顔が引き攣った。


 「小さい頃からずっと片想いなんでしょ? いい加減、告白しなよー」


 「無理なのよこの子。純粋すぎて奥手なの」


 「違うってばっ!」


 二人の言葉に動揺する。


 「こう見えて一日中、彼の事で頭いっぱいなんだからぁ♡」


 「お風呂でもぉ、ベッドの中でも♡ Hエッチだなー」


 「こらーっ! いい加減にしなさいっ!!」


 遂にさくやは心を乱され声を荒げた。


 「怒らない、怒らない!」

 

 「大和撫子になるんでしょー!」


 と面白がる二人。


 「もーぅ!!」

 

 小さい頃、二人に尊への密かな想いを打ち明けたのは、さくやの人生最大の失敗だった。


――――――――――――――――――――


 二人の言っていた事は略々、真実だった。

 さくやは幼い頃、習い事をしていた母に連れられてあのお屋敷へ行き、安倍あべの尊と出会った。以来、今日こんにちまでの片想いが続いている。

 放課後、帰路に就いたさくやは深く溜息を吐いた。


 「木曜日はお稽古なし……」


 ――一日中、彼の事で頭いっぱい……。


 うめかの言葉が頭に蘇り、さくやはかぶりを振った。

  

 「考えない……っ考えない……っ」


 古風な家の跡取りである尊に相応しい女性になる為、さくやは自分を律してきた。常に男の人の事を考えているなんて信条に反する。

 そんな時、都合良く彼女の思考を切り替える存在が、目の前に現れた。

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