フィギュアから本人になった憧れの推しとデートする話

ひらりくるり

推しが現実に!?

「これが、フィギュアか!」


人生初めてのフィギュアを手にした現在21歳独身の男子大学生、今石 望。


3月31日の昼、近所のゲームセンターに立ち寄った。


クレーンゲームコーナーに行くと、推しのフィギュアをたまたま見つけ、ゲットすることができた。


そして今家に持って帰ってきたところだ。


「さあ、どうするか。開けるか、開けないのか……悩むー」


前に見たネットの記事で、フィギュアの箱を開けず、入れたまま保存しておく派と開けて飾る派で分かれてることを知ったのだ。


しばらくスマホで調べた上、結論を出すことにした。


「せっかく取ったんだし、飾るか」


そう独り言を言う。自室で1人正座をし、フィギュアの箱を開けていく。


「おぉー!」


容姿がしっかり再現されている。薄いピンク色の長い髪、紫色の綺麗な目、赤紫色のジャケット、黒のミニスカートが特徴のナリアというキャラだ。


「このゲームのフィギュアあんま無いからな」


ベッドの横にある本棚の上に飾った。飾って満足した俺はお風呂に入り、日付が変わる前に眠った。


次の日の朝、いつもなら昼前に起きるはずが、朝の7時に起きていた。


不思議に思いながらも二度寝をしようと身体を横に向けたときに俺は見た。


ベッドの横にちょこんと座っている女性がいた。


「えっ?は?」


咄嗟に起き上がり、目を擦り、もう一度見た。


けれど変わらずその女性は居て、こちらをジーッと眺めていた。


よく見れば容姿は淡いピンク色の髪に、キラキラとした紫色の瞳、赤紫色のジャケットを羽織っていた。


「遅いなぁ。ずっと待ってたんだよ?」


その女性は少し不満そうにこちらを見つめて話す。


「えっ?だ、誰ですか?なんでここに?」

「ナリアだよ。君が昨日連れて帰ってくれたじゃん」


そんな説明に戸惑いつつも、すぐに棚の上にあるフィギュアに視線を向けた。


「無い!?」

「だから私がそうなんだよ?」


髪の色、目の色、服装、口調や性格。


確かにゲームに出てくるナリアと良く似ていた。


目を大きく開けて固まっていると、ナリアは小さく笑う。


「そうだよね。ビックリするよね」


そうニコッと笑う。


「私もおんなじ感じで固まっちゃった」


そう言うと立ち上がって聞いてきた。


「お腹空いた?ご飯作ろっか?」


「お願いします」


即答し、テーブルの前に正座して料理が出来上がるのを待つ。


ナリアはキッチンの方へ向かった。冷蔵庫を開けて中を見ると、ニヤッと笑って聞いてきた。


「さては普段自炊しないなー?」


「そうですけど……」


「ふふん。だって冷蔵庫の中ほとんど空っぽなんだもん!」


自炊などするはずなく、家にあるのは調味料と3個の卵、食パンがあるぐらいだ。


ナリアは簡単に卵を割り、卵焼きをパンの上に乗っけてテーブルに置いた。


「とりあえず簡単に作っとくね」

「ありがとう。いただきます」


俺が一口食べたのを笑顔で見守り、ナリアも手を合わせてパンを持った。


「じゃあ私もいただきまーす」


ナリアも一口食べた。目を大きくしてこちらを見つめてきた。


「美味しい!」


推しというスパイスもあり、普段よりも美味しく感じた。朝食を食べながらナリアが話し始める。


「そう言えば名前聞いてなかった!なんて呼べばいいかな?」

「今石 望。望でいいですよ。よろしくです」


「全然敬語使わなくて良いよ!気楽に喋ろ?」

「そ、そうですね」

「そうですねも禁止!そうだねで良いんだよ?」


心の内のオタク心が制御できず、無意識に敬語になっていた。


「そうだね。ありがとう」


満足したのかニコッとして、パンを一口食べた。


「いつも何してるの?」

「大学行って、バイトして、ゲームかな」

「バイトしてるんだ!偉いね!何してるの?」


興味津々にグイグイ質問してくる。ゲームとまったく同じ性格、口調、テンションに驚きつつも、聞かれたことに答えた。


「飲食店のバイトだよ」

「どこのどこのー?」


この調子で食事後も、自分について詳しく聞いてきた。一通り聞き終わったのかナリアが笑顔でこう伝えた。


「望って結構面白い人だね!」

「全然そんなことないよ……」


「えーそうかな?ほんとモテそう!」

「いやいや、実際俺みたいなのはモテないから……」


その言葉を聞いたナリアは何か思いついたような表情をした。


「今日は何か予定あるの?」

「特に無いけど」


すると窓の外を眺め、勢いよく振り返ってこう言う。


「だったらさ、せっかくだし一緒にお出かけしない?」

「いやその見た目じゃ目立つから!」


黒の帽子を被せ、服を貸すことにして、一緒に出かけることにした。


「なんか有名人のお忍びデートって感じするね」


顔を覗き込んでからかってくる。


「顔真っ赤だ~。イチゴみたい!」

「それでどこ行くの?」


少し考えたような素振りを見せ、元気良く答えた。


「んー、ショッピングしよう!」

「なに買うのさ……あと俺のバイト代が……」


ルンルンに足を進めるナリアは上機嫌に答えた。


「今日は君をオシャレにしてあげるの!」


頭にハテナを浮かべながらも数駅先にあるショッピングセンターへと向かった。



「今のトレンドの色入れたらオシャレかなー」


ショッピングモールに着いた俺たちはモール内にある洋服屋に入った。


真剣に選ぶナリアを横に、俺はなにも分からず適当に相槌を打つだけだった。


「あんまり派手なのはやめてね」

「えー、だって家にある服、黒とかグレーばっかじゃん」

「紺があるだろ」

「それほとんど変わんないから!」


今ナリアが着ている服も俺のもので黒色をしている。ナリアは色のついた服を探した。


「赤とかは絶対嫌がるから……これとか?」


暗い緑色の服を見せてきた。


「ちょっと派手じゃない?」

「そうかなー?じゃあ、この水色のシャツは?」


無地の水色のシャツを棚から取り出した。


「これとか単体で着てもいいし、黒い服にも合わせやすいと思うよ!」

「まあ悪くないかも」

「やった!じゃあ決まりだね!」


俺が持っていたカゴに入れた。その後もベージュや白の服を買い、一店舗目の店を出た。


「あっ!デニムってあったっけ?」

「あるわけないじゃん」

「よしっ!買いに行こ!」


手を引っ張って走り出して行く。周りの人もこちらに視線を向けてくるのもお構い無く、明るく駆けていく。


「みんな見てるから……」

「いいの!それより時間は有限だから急ご?」


ナリアに導かれるまま、二店舗目の洋服屋へ向かった。


「黒のデニムのズボンも良いけど黒ばっかだしなー。青の方が明るくて"春"って感じするかも!」


ナリアの言ってることにポカーンと口を開けてただ突っ立っていた。


知らぬ間にズボンだけでなく、アクセサリーもカゴに入れてお会計をしていた。



買い物も一通り終わり、近くのカフェに入ることにした。


注文を終えて頼んでいたコーヒーとケーキが運ばれてきた。


「ありがとうございます」


ナリアは店員さんにお礼を言うと、続けて俺も軽く頭を下げる。


店内の静かでオシャレな空間に戸惑っていると、ナリアは察したかのようにクスッと笑い話しかけてくる。


「もしかしてこういうとこ、慣れてない?」


「カフェに来るの初めてかも……」


「こういうところいいよ?落ち着いてゆったりお話できて」


ゲームでもナリアの趣味はカフェ巡りと書かれていた。


あいにく、俺にはそんな洒落た趣味は持ち合わせていなかった。


「行ったことない趣味とさ怖くて行けないんだよね」


「じゃあ今日でさ、ここに一人で来れるようになったね?」


からかうように言った。気恥ずかしくなり、下を向いて小さくうなずいた。


「反応かわいいね。見てて癒される」


怒涛の褒めラッシュに何も言うことができず、ただ顔を赤くして黙っていた。


話したいことはたくさんあるが、いざ推しが目の前にいるとなると、緊張で頭が真っ白になっていた。


「私のこと、推してくれてるんだって?」


「まあ、それなりには……」


「なーに?それなりにって。結構でしょ?」


優しく笑って話す。


「家に私のグッズあったの見ちゃったんだよね。だからバレバレだよ?」


推し活は日頃からしっかりしている方で、家にはナリアのグッズは数えきれないほどある。


「でも私以外も推してるでしょ?」


先ほどまでの笑みが薄れ、目を見て問いかけてきた。その言葉に突然胸がドキッとする。


「ごめん。最推しはナリアなんだけど、他のゲームでも推しの子がいて……」


自分でも良くないことを言っていると思う。


「それならよし!しょうがないよね!」


だが俺の回答に満足したのか、すぐに笑みを再び浮かべた。だが俺としては言い訳を述べただけで、納得するようなことは言っていないつもりだ。


「今ので許しちゃうの?怒ったりとかしないの?」


恐る恐る聞くと、その質問がおかしかったのか、静かに笑った。


「もしかして怒って欲しかったの?」

「そういうわけじゃないんだけど、てっきり怒られるのかと……」


コーヒーを一口飲み、落ち着いて話す。


「からかい半分嫉妬半分って感じ。でも私が最推しって言ってくれたのが嬉しくて……それにグッズもたくさん買ってくれてて、なんかそれで安心したかなって!」


ゲームと同様の寛容すぎる心の器に助けられたと実感した。


「そういえばさ、最後に行きたいとこあるんだけど寄ってもいい?」

「ん?いいよ」


席を立ち、ナリアの行きたいところへ足を進めた。


ナリアが寄ったのはアニメやゲームのグッズを販売している店だった。


「ここ!?」


予想外の場所で思わず大きな声をあげた。驚いた表情を見てクスッと笑い、手を引っ張って中に入っていく。


「わぁ!こんな感じなんだー!」


ナリアは店内を歩き回り、あるシリーズの棚の前で足を止めた。


「私のグッズ、他の子と比べて少ないんだね」

「それだけ売れてるってことだよ」

「嬉しいこと言ってくれるじゃん」


話してる間も自分のゲーム作品を眺めていたため、どんな表情をしたのかは見えなかった。


しばらく沈黙が続きつつも、ゲームの登場キャラが自分のグッズを見る、という不思議な光景を少し離れて眺めていた。


「ここにあるグッズは全部家にあるよ」

「ほんと!?」


目を大きく開いて振り返ってきた。キラキラとした紫色の瞳がジッと俺を見つめ、照らしてくる。


「そりゃあオタクなもんで……」

「なんだか照れるねー」


ナリアは肘で小突いた。俺らが喋っていると、お客さんの一人がこそこそとした声で話している内容を耳にした。


「あの隣にいる子、ナリアってキャラにめっちゃそっくりじゃね?」


「それな?コスプレかな?クオリティ高いなー」


この会話はナリアにも聞こえていたようで、逃げるようにして店を出た。


「こういうとこ行ってみたかったんだー!ありがとね」


「全然いいよ」


外はすでに真っ暗で、スーツを着た大人たちが駅に向かって歩いていた。


「帰ろっか」


物寂しさを感じさせつつも、ゆっくりゆっくりと駅に向かっていった。電車に揺られ、ナリア眠そうにしていた。


月と街灯が道を照らし、左右にある家たちが周りを彩る綺麗な夜、二人横に並んで歩いていた。


「どう?ちょっとは自信ついた?」


この問いの意味が分からず、返答に困っていると、ナリアが続けて話す。


「なんで急にこうなったんだろうね。分からないや」

「でも俺は悪くないかも」


ニヤッと笑い、ジト目でからかってくる。


「ふふーん。推しと同居だなんて幸せだもんねー?」


誇らしげに言う。肯定するともっといじってくる。


反論しようにも事実なので何も否定も言い返しもできなかった。


「まあそうかもね」

「はぐらかしちゃってー!もっと素直になればいいのに!」


そう言いながら肩がぶつかるぐらいの距離まで近づいてきた。


「明日になったらまた元に戻ってるかもしれないからさ。少しでも君に元気になって欲しくて、今日はとびっきりのコーディネートをしてあげたんだ!」


さっきの問いの意味がやっと分かった。自然と笑みがこぼれ、ナリアに言う。


「ありがとう。おかげで楽しかったよ」


ナリアは体を前のめりにして満面の笑みを浮かべた。


「んー!今日は私も楽しかった!ありがとね」


「こっちこそ。楽しんでもらえたら良かった」


家に帰ってきて時計を見ると、時刻は23時40分を指していた。


今日一日中走り回ったせいで、すっかり二人は眠くなっていた。


「眠かったらベッドで寝て良いよ」


「ありがと!望はどうするの?」


ベッドに寝っ転がりながら聞く。


「俺は別に。その辺で寝とくよ」


それを聞いたナリアはベッドの隅に寄り、ギリギリ人一人分のスペースを開けた。


「どうする?一緒に寝る?」


小悪魔的な微笑みで俺に問いかけてくる。


「いや……ここで寝るから」


「遠慮しなくていいのにー!せっかくここにいるんだよ?」


葛藤の末に、ナリアの横で寝ることにした。


「素直でいいね。満足満足」


そう言って彼女は目を閉じた。一瞬の沈黙が訪れた後、ナリアは覚悟を決めたかのように、目を開けてこちらに顔を向けた。


「じゃあ、また明日ね」


ナリアは微笑んではいたが、どこか儚く寂しい目をしていた。


その時はナリアの表情の意味を察することもなかった。


「また明日。おやすみ」

「うん。元気でね。おやすみ」



長いはずの夜が一瞬で明け、窓の外から日の光と鳥のさえずりが部屋の中に入り込む。


その光と音に起こされた俺はふと横を見た。するとナリアの姿は消えていた。


「え?」


その代わりにそこに横たわっていたのは、1つのフィギュアだった。


「元に戻っちゃったか……」


元にあった棚の位置に置き直し、スマホをチラリと確認した。


日付は4月2日を示していた。ロックを解除し、写真フォルダを開いた。


「昨日撮った写真は残ってるのかな」


そこで俺は目を大きく開いた。


「残ってる!!!」


写真は昨日のまま綺麗に保存されていた。


買った服やズボンもしっかり部屋に置いてあった。


昨日はエイプリルフールだったのに、あの出来事は夢でも嘘でもなかったみたいだ。

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