恋人をその気にさせるアプローチ

立入禁止

恋人をその気にさせるアプローチ

 私の彼女は鈍い。とにかく鈍いのだ。

 はいはーい。ここが重要なので二回言いましたー。

 しかしそれは、私だけではなく他の人に対してもなのだ。

 その為、彼女と付き合う時もすごい苦労をしたのを覚えている。


 大学時代の時。色々な人から言い寄られているのを見たが、全部断っていた。というよりも、相手にされないというか想いが伝わらなさすぎて皆諦めて去っていっていた。

 私の想いもよく伝わっていなくて、彼女にのらりくらりと躱されながらも誘いに誘いまくって、なんとか彼女と一番の仲のいい友達にまでなれたのだ。

 卒業前には告白したけど、その時もよく伝わっていなくて。どうにかこうにか話をし、なんとか恋人になりたいと説明をして、そこでようやく理解してもらったうえで恋人になれたのだ。

 たぶん、わかってるはずだと思うけど。

 遠距離をしたら彼女に忘れられるかもという焦りから同棲をしたいと伝えると、簡単に肯定の返事をもらい今では同棲生活満喫中。……といいたいところだが。

 ………………なんもない。本当になんにもないのだ。

 キスまではすることは出来た。だが時々私からするだけで、彼女からは無い。毎回、私から発信して終わり。それ以上でもそれ以下でもなかった。

 鈍い彼女こと雪音には、いまだになにかとアプローチを仕掛けてはいるが……。

 まずは手を握る。

 これはもう言わなくてもわかるように効果はなし。唯一あった反応といえば「柚子は手が温かいね」と握り返されて終わり。それはそれで嬉しかったけど。

 他には、足の間に座らせてみたり。

 またある時は、バックハグとか試した。が、全て撃沈。

 かわいいね。あったかいね。といった反応で終わってしまう。

 キスもだ。私からねだるとしてくれるが、雪音からはしてくれない。そもそもだ。他のことに関しても雪音からしてくれたことが一度もなかった。

 好きじゃなければ一緒に居てくれるような人ではないのはわかってはいる。それに、私の事はかわいいと思ってくれてるのもわかる。好きの温度差があるにせよ、好きでいてくれているのはなんとなくわかるのだ。

 わかるけどぉ……。

 欲を言えばもっとイチャイチャしたい。

 社会人になってからの休日は私はカレンダー通りでも雪音は不規則で、二人揃っての休みは滅多にないのだ。

 だからこそ、少しでも帰った後の時間や寝る前の時間にスキンシップをはかりたいし、あわよくば雪音が私に欲情してくれればいいのにな、と思って色々と試してはいる。

 試しているが、しつこくして嫌われるのも嫌だしとなるとそこまでガツガツ出来ない。

 できればキスも毎日したい。けど、こいつ体目当てかよなんて思われたくない。たぶんだけど、私から誘えばきっとそれ以上もしてくれると思うけどそれじゃダメな気がするというかダメ。

 雪音も私としたい、私に触れたい、と思ってほしいのだ。

 その決意のもと、ここ三ヶ月間。試行錯誤しながら頑張っている。

 もっと他のことに労力を使えよと思われるかもしれないが、私からしたら仕事よりなにより重要案件なのだ。

 当の本人の雪音は、テレビを見ているところで。

 隣に座り込んで、そっと手を握り、指を絡ませるように繋いでから、手の甲にキスを落とせばふふっと笑って終わった。

 うん。終了。

 わかってはいたけど。いたけどもっ!

 …………虚しい。

 けど、ここで諦めたら女が廃る。

 鈍感な彼女には、私がどれだけイチャイチャしたいのをわかってもらう為には努力は惜しまないつもりだ。

 触り方を変えたり。キスも三回に一回は舌を絡めてしてみたり。不意にハグをしてみたり。なんなら恥ずかしくなるような愛の言葉を囁いたり。試せるものは、あの手この手を尽くして試してはいるが……。

 はいっ。効果なし。

 全然効いてる様子もない。

 こんな感じで、三ヶ月も続けていてもなんもないなら、この先なんて……と考えたてゾッとした。

 体だけの関係が大切なわけじゃないのもわかってはいるし独り善がりなのもわかってはいる。けど、好きな人には触れられたい。

 柚子、まだ大丈夫。まだまだ諦めるな。されど三ヶ月。これからだぞ。

 ここ最近は色んな作戦の為に、雪音より早く帰っている。全然成果は出てないけど。早く帰ってやることと言えば、お風呂に浸かりながら、今日はどの手でいこうかと考えることだ。

 成果は無し。なら、アプローチを仕切り直さないとなと考えるが、なかなかいい方法も思いつかない。けど、なにかしらしたい。どうしたものかと考えていると、いつもお風呂に長く浸かってしまうのだ。そろそろ出ないとな、とお風呂場を後にしてタオルで体を拭きながらも考える。

「あっ、やばっ。下着、忘れてきたなぁ」

 下着を部屋に置いてきてしまっていた。パジャマだけで着て、部屋まで取りに行くかと考えたが、雪音はまだ帰ってきてないだろう。ドアの向こうにも気配がしない気がするし。

 まぁ、いっか、とタオルを体に巻いて出ていけば、さっき帰ってきたばかりなのかテレビを見ている雪音と遭遇してしまった。

 読みが外れたか……。

「あっ、帰ってきてたんだ。おかえりなさい」

「……ただいま」

 雪音の反応が薄くて、なんだか元気がない気がする。けど、まずは下着だ。

 話は後で聞いてあげるとして、取り敢えず着替えないと。

 案の定、下着は部屋に忘れたままで。手で掴んで、急いで風呂場へと戻ろうとしたら、テレビを見ていた雪音に呼び止められた。

「下着、忘れたの?」

「あっ、うん」

 珍しく……違うな。初めて、上から下とまじまじと舐め回されるように見られたような気がした。

「おっちょこちょいだね」

「…………」

 私の勘違いだったらしい。おっちょこちょいと言ったと思えば、雪音の視線はテレビに戻っていった。

 ほんの少しだけ期待してしまったのだ。

 私の貧相な体を見る時間よりもテレビがいいのか。テレビに嫉妬するなんて馬鹿らしいとは思うけれど、なんだか悔しくて。

 ほんの少しでも期待した気持ちを返してほしい。

「雪音さーん。これ、見て」

 テレビに夢中な雪音の前にまで行き、下着を前につき出す。理解できないって表情をした雪音に「なに?」と聞かれた。

 まぁ、そうだよな。

「私にはかせて」

 ずいっ、と下着を雪音に無理矢理持たせた。

 勢いで言ったはいいものの、言ってから恥ずかしくなる。が、今更、後には引けない。

 さすがに、タオルを全部取るのも恥ずかしさが勝ってしまい取れなかったが、雪音の座っている横に片足を差し出して穿かせてもらうのを待つが……。

「…………」

「…………」

 雪音は、無言で無表情だった。

 その沈黙と無表情に、言ってすぐ耐えきれなくなってしまう。

「あはははは、じょうだんでーす。ごめんごめん」

 雪音に握らせた下着を奪い取り、片足を引っ込めようとすると雪音にふくらはぎを掴まれてしまった。思いがけない雪音の行動に対応できず、尻餅をついて転んでしまう。

「いっ、たぁ……」

 急いで立ち上がろうとするが、転んだときにタオルが全てはだけてしまっていて。

 雪音側から見たら恥ずかしい部分が全て丸見えだ。

 明るい場所にあられも無い姿が晒されて慌てたが、既に遅し。だが、まだ間に合うはず。

 急いでタオルを回収しようとしたが、タオルを回収しようとした手は空を切ることとなる。

「えっ……」

 なぜなら、タオルは雪音に取られてしまったからだ。

 なんで雪音が……。この状況に、思考が追い付いてきてくれない。

「……すごい絶景だね」

「あ、りがとうございます?」

 雪音は何故か楽しそうに笑っている。

 雪音が楽しそうならなにより。ではなくて、ますます訳がわからない。

 取り敢えず、この状況をなんとかして下着も返してもらわなくては。

「あの、した」

「下着、穿かせてほしいんだっけ?」

「へぇっ?」

 雪音は相変わらずにこにこしていて楽しそうだが、なんだか雰囲気が……。

「自分で穿けるから……」

「ん? 遠慮しなくていいよ。私が後で穿かせてあげるし」

 …………あとでとは?

 えっ。今、あとでって言ったよね。どういう意味だ?

 とにかくこの状況が恥ずかしすぎて、逃げようと試みるが、いまだに片足は掴まれたままで身動きが取れない。

 それに、勘違いじゃないと思うけど、すごい見られている。

「あのですね。その、かなり恥ずかしいので、せめてタオルだけでもくださ、」

「いや」

 言葉が終わる前に却下された。

「こう見えてもね。私が鈍感なのはわかってはいるんだよ。そのせいで、柚子には申し訳なくも思ってる。けど、さすがに鈍感な私でも、ここまでアプローチされてたら勘違いじゃないって気づくよね。ましてや好きな人からここまでされたら、その気にもなっちゃうと思うんだ。柚子はどう思う?」

 鈍感に自覚ありなのね、と思ったが雪音の発言に色々と驚かされて返す言葉がすぐには出てこなかった。

「人より鈍いのは認めるけど、好きな人に欲情してないと思われるのもなんか癪だしねぇ。その気にさせられたぶん責任とってくれるんだよね? というより、そのつもりだったんだよね。さすがに私でもわかったよ」

「いや、ちょっと待ってもらえませんかね」

 そのつもりがあったかどうか。否。なかった。意識してもらえたらいいなとは思っていたけど、ここまでぶっ飛んでくることまでは考えてなかったのだ。

「どのくらい待てばいいの?」

「もうちょっと……。って、急にどうしたの。今までそんな素振り全然なかったじゃん」

 雪音の変わりように驚かされてばかりだ。

「最近、ずっと柚子の様子がおかしいからネットで調べてみたんだけど。そういうことかってなって」

 ネットで調べられるのもだけど、様子がおかしいと思われてたのも、なんか……ちょっと恥ずかしい。

「気づいてあげられなくてごめんね。もう、大丈夫だから」

 なにが大丈夫なんだろうか。この状況で大丈夫なことは何一つない気がする。主に私が。

「柚子がどう思ってるかなんとなくわかるけど。たぶん、柚子が思ってるよりも、私は柚子のことが好きだよ」

 滅多に、私から催促しないと言ってもらえない言葉に嬉しくなる。この状況でなければ、嬉しさは爆発していただろう。

「このまま、してもいい?」

「あの、」

「いやだ?」

「嫌じゃないけど」

「けど?」

「どうしたらいいのかわからなくて、感情が追いつかない」

「柚子はそのままでいいよ。私のことが好きって思ってくれてればいいから」

 雪音は微笑んだあと、私のふくらはぎに唇を落とす。

 恥ずかしすぎるのと嬉しいのと恥ずかしすぎる感情が渦巻きすぎていて辛い。

「私のこと、好き?」

「好きですっ! 大好きです。不束者ですが、優しくお願いします」

「あははは。こちらこそ、不束者ですが末永くよろしくお願いします」

「嬉しすぎて、このまま死ねる」

「それは困るかな。あと、体が冷えちゃうから温めに行こ」

 ふくらはぎから手を離され、雪音が立ち上がる。そのまま手を差し出されて掴んで立つと、手を引かれて寝室へ。


 翌日。お互いに寝不足のまま仕事へ行ったのは言うまでもない。というより、雪音があんなに情熱的だったとは……。

 雪音への気持ちも知れたし、求めてももらえて嬉しかった。が、問題はそれ以降だった。

 あれ以来、雪音が劇的に変わったわけではないが、以前よりもスキンシップが増えたのだ。

 ゼロからイチ増えただけでもかなり嬉しい。だけど、いまだに耐性がついていない私としては、日々嬉し恥ずかしの狭間を行き来しているのが現状だ。

 私も早く慣れなければ……。

「柚子?」

「うっ……」

 時々、甘い声で呼ばれる自分の名前すら擽ったくて。咄嗟に胸を押さえつつ悶絶状態。

「今日もいちゃいちゃする?」

「はいっ! しますッ!」


 アプローチ作戦、大成功。


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