第23話 それいけハッピースピーカー
川井つばめは往来のどまんなかで腕を組んで突っ立っていた。
往来と言っても、車道と歩道が別れているような立派な道ですらなく、
そして、その仮にも道のどまんなかでうーむとうなりながら、腕を組んで突っ立っている。それはなぜか。
彼女が突っ立って睨みつけていたその先には、「グレートフォレストマーケット」と書かれた、雑貨屋がある。それが理由だ。
「私、こう見えて人見知りなんですよねえ……」
誰も聞いていない。だが、独り言のひとつも飛び出ささずにはおれないのだろう。
去年の文化祭で問題を起こした生徒についての情報を調べてくる、という使命を帯びて学校を飛び出してきたものの、見知らぬ他人と話すのは実はめっぽう苦手だということを思い出してしまった。
将来の夫となる、高梨の命を受けて嬉しさのあまりホイホイと受けてしまったが……。
「今更、できないとは言えませぇん……」
「お前、なに店の前でぶつくさ言ってるんだよ」
「うひゃあ!す、すみません!」
雑貨屋から出てきたのはこの前の集会に来てくれた大森さんらしい。
意を決する暇もなく、エンカウンターしてしまった。バラララ。
戦闘BGMがつばめの脳内で開始される。
「せ、先日は文化祭の件について、出席ありがとうございます。で、あのう、お聞きしたいことが……」
「あ、お前、文化祭関連のヤツかよ」
いきなり友好的とは言えない対応につばめも鼻白む。
「そ、そうなんですよー。で、ですね。大森さんにお聞きしたいことがありましてえ……。去年、大騒ぎして問題を起こしたっていう生徒のことなんですけどお」
大森も、その言葉をきいて、ああ、と遠くの方を見る目になった。
「そういや、そんなこともあったっけか。でもまあ、ありゃあすぐに追っ払ってくれたし、その後、警察がきてあれこれ聞かれたのは面倒だったけどな」
「具体的にどういう人かって覚えてますかあ?ここに生徒の写真もあるんですけど」
「ああ?もうほとんど覚えてねえよ……」
そう言って、生徒会所蔵の卒業アルバムを眺める大森は、すぐに嘆息すると、こう切り出す。
「悪いが、もう覚えてない。そもそも彩色高校の生徒だったかもわかんねえや」
「え、ええー。そ、そうですかあ」
つばめも意気込んだのを潰された形になって、肩を落とした。しかし、気を取り直したのか、顔をガバッと上げると大森に詰め寄った。
つばめは考えた。大森は目立って文化祭に否定的な態度だったはずだ。
(うーん、話をしていると、絶対に文化祭反対という雰囲気でもないんだけどな……。理由を聞いたら文化祭開催に弾みがつくかも?)
「大森さん、なんかすごい文化祭に否定的っていうか、渋ってましたけど、理由があるんですか?聞かせてもらえますか?なんだったらそれを解決しましょう!そして文化祭でハッピーになりましょうよ。ねえ、いいでしょう?ハッピー」
「え、急に何だよ、怖いな。」
急に飛び出してきたつばめの早口言葉に気圧されるように後ずさる大森。しかし、後頭部をさするようにする。
「ああ、でもまあ、なんだろうな。文化祭も楽しいだろうな。最近は不審者だ、病気だなんだって、学校と地域の結びつきがよ、薄くなったじゃないか。まあ、そんなこともあったし、学校行事に対する反発っつうのかな、そういうのがあったのかもな」
つばめだってバカじゃない。それを聞いて、急にまくしたてるでもなく、考えていた。
「他の人もそんな風に感じてたりしますかあ?」
「どうかなあ、あんまり話さないから、でもそんな風に思ってる人は多いんじゃないか。前は文化祭に誰でも入れて、一緒に楽しむことができたし、俺も楽しみにしてたしなあ」
つばめは再び考え込む。うーーーん、と唸ったあとに大森の顔を見る。
「そういえば、大森商店さんは」
「グレート・フォレスト・マーケットって書いてあるだろ!!大森商店は親父が登録した時の名称で……今はグレートフォレストなんだよ!」
「またまたー。大森商店さんは、どういうものを売ってるんですか!?」
「だから、グレートフォレストマーケットだって……。そうだな、雑貨が中心だけど、キャンプ用品とかそういうものもあるぜ。レンタルキャンプ品とか。だからかっこよくグレートフォレストマーケットって名前にしたんだって」
「それ、文化祭にもレンタルしてもらえます?」
「話聞けよ。そりゃ……料金さえ払ってもらえれば」
「大森さん、文化祭のとき、一緒に参加しません?」
「………はあ??」
つばめは思いついたことを一気にまくしたてると、飛び上がって学校へ走って戻っていく。
大森は、ぽつんと店の前で取り残された。
「若い子の勢いってすげえな」
そんなことをつぶやいて。
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