第9話 感情ジェットコースター
どんなに気持ちが動揺しても寝て起きれば学校がやってくる。
正直、結城に打ち明けられた話にも、起こったアクシデントについても消化しきれていなかった。
しかし、考えても仕方ないのではないかと現時点では思う、時間が進めば現在を紐解くヒントが手に入るだろう。
問題の先送りとも言う。
一旦、今はいいということにした。僕は臨機応変な精神を持っているんだ。
「あら、あんた、どうしたの、台所になんて立って」
「え、どうしたもこうしたも、弁当を作ってるんだけど」
起きてきた母さんが僕の様子をみるなりそんなことを言い出す。
冷蔵庫の中を適当に漁らせてもらって、弁当を作っていた。
うちの会社は周りに食事をするところが全く存在せず、社員食堂のメニューも代わり映えしないのですぐに飽きた。
仕方ないので弁当を作るようになり、それが習慣になっていたのだ。
「適当に冷蔵庫の中身は使わせてもらったよ」
「どうしたの急に。今までお弁当どころか、料理だってしたことなかったでしょ、あんた」
え、そうだったか。
いやまて、今の僕は高校生なんだ。
料理を始めたのは社会人になってから。大学時代は、毎日コンビニ飯だったっけな。
「い、いや、たまにはね、アハハ」
「まあ、作ってくれる分には助かるけどね、ほら、終わったらどいて。朝ご飯作るから食べていきな」
母さんが作った朝食は、味噌汁と焼き鮭、卵焼き。昔はなんとも思わなかったこの朝食が、今は妙に沁みる。
高校生の当時は気にもしていなかったが、誰かに食事を作ってもらえるというのはありがたいことだと思うようになった。
教室につくと親一郎が挨拶してきた。
「いよう、おんし、ついにあの結城とデートしたちゅうがいな」
「誰から聞いたんだ?デートというか……まあ友人としての交流だ」
「それを世の中ではデートというがいな」
それはそうだ。
全くごまかしようがない。
コイツ相手にごまかしても仕方がないので、僕はおとなしく白状した。
「まあ、そうだね。でも、事故があってさ、中途半端なまま終わったよ」
「事故があったと?」
「ああ、ショッピングモールの喫茶店にトラックが突っ込んできてね」
「おんしは問題なかったんか」
「僕を見りゃわかるだろ。まあ、そんなわけで、さっさと解散したんだ」
「そがいなことが……」
そんなことを話していたら、担任の土屋先生が入ってきた。
「おらー、無駄話してんなー。ホームルーム始めるぞ―」
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すべて聞いたことがある気がする授業が終わって放課後になった。
「今日から部活動再開ね、高梨くん」
結城が僕の席まで歩いてくるなりそう声を掛けてくる。
「そうだったっけ……僕ってどんな部活やってたのかな」
「とぼけてるのね」
「まあ、ね。それより、大丈夫だったか、あのあと」
「ええ、おかげさまで、そのありがとう」
顔を赤らめながら礼を言ってくる。
結城と交流すること自体が無かった高校時代だが、こうして話すようになってさらに結城の魅力を感じる。
その、可愛いのだ。
この感情は正直、冷静な判断力をうばう気がする。
「おんしは幽霊部員じゃったろ」
「つまり、幽霊部という部活が存在する?」
「どこを聞いたらそうなるんじゃ。所属している部活にロクに言ってないやつをそういうがいや。とぼけおって」
「じゃあ、幽霊部は足抜けとさせてもらうか」
「ふん、じゃあおとなしくボランティア部へ行くんじゃな」
ボランティア部だって?
急に高校時代の記憶が蘇ってくる。そうだ、ボランティア部。3年間ろくに行った記憶が無いが。
出ていなくてもいいからと入部したような気がする……。
わざわざ僕のところまで来たということは、結城もボランティア部なんだろうか。
「結城さんもボランティア部?」
「凛」
「え?」
「凛って呼んでって言ったじゃない」
「え、え?」
僕は混乱する。学校だぞ……他の人もいるのに?
名前で呼ぶ?
「おんしら、もうそこまで行ったんが?」
「行ったもなにも……」
「寂しいな……京」
僕は振り回されている。何に?感情に。
でも、何より結城に振り回されているのは明白だ。
「からかうのはやめてくれ、”凛さん”」
「……それで許してあげる」
「なんぞ、おんしら、随分と進んでおるんじゃのう」
「進んでないよ!僕はまだバス停の前だ」
「なんの話じゃ」
なんの話だろう。しかし、結城に弄ばれ、僕の感情はぐるぐるしている。
過去というバス停の前で僕は未来へ行くバスを待っている。
それよりも今はボランティア部へ行かなくては。
「私は生徒会よ。じゃあね、京」
「あ、ああ、またな」
「またの、じゃあワシも行くがいね」
親一郎はかばんと、道着を持って席をたった。
あいつは確か、柔道部だったな。
手を上げて挨拶すると僕はボランティア部の部室がある部室棟へ向かった。
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