二匹の犬と老害と

大今水増

 元々、私の犬たち――プーちゃんとピーちゃんは先立った夫の愛犬であった。夫が生きていた頃は、老婆も犬を撫でて愛でるほど愛好的であり、老婆自身も小型犬を飼っていたのだ。しかし、夫の死後、いや老婆の飼っていた小型犬の死後、老婆は一変してしまった。



「またこのクソ犬共、吠えやがって」

 そう言って老婆は持っていた卵を投げたんです。緩やかな放物線を描いた卵は幸いにも犬たちから逸れて、地面に激突しました。すると犬たちは更に大声で老婆を威嚇するように吠えて、老婆も対抗し二投目を放ちました。

 隣の家に住む私よりも十は上の老婆は、所謂老害なんです。犬が吠えるたびに物を投げつけてくる、そういった種類の。この前はトマトを、その前はきゅうりを、鮭の切身なんかを投げてくることもあったんですよ。

 幸いにも、老婆の投げる物に大した威力も精度もなく犬は無事なんですけどね、心配に越したことはないじゃないですか。だから私は警察に相談して、犬に吠えさせて現行犯で逮捕してもらうことにしたんです。


「またか、クソ犬!」

 その日も、老婆はピーナッツを犬に向かって放ってきたんです。その瞬間、隠れていた警官の方が老婆を取り押さえて。けど、連れて行かれる前に見た老婆の表情かおは悲しそうな目をしていたんですよ。

 これは後で警察から聞いた話ですが、老婆は取り調べのすべてを黙秘したそうです。あの老害なら喚き散らすかと思っていたのですが、これは意外でした。


 そういえば今日はプーちゃんが縁側で日向ぼっこしてたんですよ。そんなことされたらあなたを思い出しちゃうじゃないですか。だから――
















――しっかり、痛めつけておきましたの♡

 え、犬が可愛そうじゃないかって? いやいや、そんな事ありませんよ。そもそもなんであの犬どもが生きてあなたが死なないといけないんですか? ほんと、世の中って不公平だと思いませんか?

 あ、そういえばピーちゃんもあの老婆がいなくなってからずっと吠えててうるさいんですよ。余程あの老婆が恋しいんですかね。けど、あの老婆は許せませんよ。だって私たちの犬に手を出したんですから。私たちの犬に手を出していいのは私だけなのにね。

 けれど、今日はすごくいいことがあったんですよ。縁側の下で寝てたプーちゃんをですね、余程お腹が空いてたんでしょうね…………ピーちゃんが食べてたんですよ。もちろん私は怒りましたよ。そしたらいつの間にかピーちゃんまで動かなくなって。これであなたも一人じゃなくなりましたよ。だから私がそっちに行くまでプーちゃんとピーちゃんと戯れててくださいね。まあ私も、あの老婆も、おそらくもうすぐそっちに行きますがね。それじゃ、おやすみなさい。

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