第7話 ギルド
冒険者ギルドに登録したものの、カイトの懐は依然として寂しいままだった。フロンティアでの新しい生活を始めるためには、まず日々の糧を得なければならない。カイトはギルドの掲示板に張り出された依頼の中から、今の自分でも受けられそうなものを探した。
「荷物運び、倉庫の整理、薬草の下処理手伝い……。王国にいた頃と、あまり変わらないな」
思わず苦笑いが漏れた。しかし決定的に違う点が一つあった。フロンティアでは、どんな仕事であっても、その働きに見合った対価がきちんと支払われる。カイトはまず、港での荷揚げ作業の日雇い依頼を受けた。騎士団時代に嫌というほど荷物を運んだ経験は、意外な形で役に立った。汗だくになって一日働くと、決して多くはないが、確かな重みのある銅貨を手にすることができた。自分の力で稼いだ、初めてのまともな報酬だった。
数日間、そうした日雇いの仕事をこなしながら、カイトは安宿の一室で今後の計画を練っていた。目標は錬金術師として身を立てること。そのためには、資金と、そして何より実践経験が必要だ。日雇いで稼いだわずかな資金を元手に、カイトは市場で最低限の中古の錬金道具――小さな乳鉢と乳棒、アルコールランプ、そして数本のガラス瓶――を買い揃えた。さらに一番安価で手に入りやすい「癒し草」という基本的な薬草も少量購入した。
「さて、ここからだ」
宿の小さな机の上に道具を並べ、カイトは覚醒したばかりの〈収納・熟成〉スキルを試すことにした。まずは癒し草を数本、〈収納〉空間に入れる。そして、意識を集中し、薬草の持つエネルギーが高まるように、その『時間』を操作することをイメージした。「もっと薬効を高めろ」「最適な状態になれ」と。
最初はうまくいかなかった。時間を進めすぎて薬草が枯れてしまったり、逆に未熟な状態に戻ってしまったりした。だが霧の森での経験を思い出しながら試行錯誤を繰り返すうちに、カイトは徐々にコツを掴んでいった。薬草の種類や状態によって、最適な『熟成時間』や『熟成方法』が異なるらしい。
数回の試行の後、カイトは〈収納〉から明らかに質の違う癒し草を取り出すことに成功した。葉は艶やかで瑞々しく、通常のものよりも濃厚な薬効成分の気配を放っている。
「これなら……!」
カイトはその〈熟成〉させた癒し草を乳鉢で丁寧にすり潰し、精製水と混ぜ合わせてアルコールランプで慎重に加熱していく。孤児院で読んだ錬金術の入門書の知識を頼りに、基本的な回復ポーション(低級)の作成を試みた。
そして、ついに最初の試作品が完成した。出来上がったのは、淡い緑色に輝く液体。通常の低級ポーションよりも明らかに色が濃く、澄んでいる。試しに、作業中に誤って負った指先の小さな切り傷に一滴垂らしてみると、驚くほど早く傷が塞がり、痛みも消えた。
「……すごい。明らかに効果が高い」
カイトは自分のスキルが生み出した結果に、改めて興奮と手応えを感じた。
自信を得たカイトは、数本の試作ポーションを持って、街で一番品揃えが良いと評判の薬屋「ヒルデガルド」を訪ねてみることにした。もしここで買い取ってもらえれば、錬金術師としての大きな一歩になる。
店の扉を開けると、恰幅の良い人の良さそうな店主が、カウンターの奥から「いらっしゃい」と声をかけた。
「あの、すみません。自分で作ったポーションなのですが、もしよろしければ見ていただけないでしょうか」
カイトは緊張しながら、試作品の小瓶を差し出した。
店主ヒルデガルドは、一瞬怪訝な顔をしたが、カイトの真剣な様子を見て、小瓶を受け取り、中身を注意深く観察し始めた。蓋を開けて香りを確かめ、一滴指先に取って粘性や色を見る。その表情が、次第に驚きの色に変わっていった。
「……ほう。これは……見事な出来栄えだ。低級回復ポーションのはずだが、下手な中級ポーションよりも純度が高い。君、名前は?」
「カイト、と申します。最近この街に来たばかりで……」
「カイト君か。君、なかなかの腕を持っているじゃないか。もしよければ、このポーション、うちで買い取らせてもらえないかな? 数は少ないが、この品質ならすぐに買い手がつくはずだ」
予想以上の好評価に、カイトは喜びを隠せなかった。
「は、はい! ぜひお願いします」
カイトは錬金術師としての最初の収入を得ることができた。額はわずかだったが、自分のスキルと技術が認められたという事実は、何物にも代えがたい喜びだった。ヒルデガルド店主は、「また良いものができたら持ってきてくれ」と笑顔でいってくれた。
しかし、ポーション作りだけでは、まだ安定した収入には程遠い。やはり、冒険者としての依頼も本格的にこなしていく必要がある。特に、錬金術の材料となる薬草や鉱石を集める素材収集系の依頼は、自分の目標にも合致している。
カイトは再びギルドの掲示板の前に立った。素材収集依頼は数多くあるが、その多くは魔物が生息する危険な場所へ行く必要がある。戦闘能力のないカイトが単独でこなすのは難しいだろう。
「やっぱり、誰か一緒に依頼を受けてくれるパートナーを探した方がいいかもしれないな……」
そんなことを呟きながら掲示板を見ていると、すぐ隣で、元気の良い声が響いた。
「ねーねー、このゴブリン討伐依頼、面白そうじゃない? 報酬もまあまあだし」
声の方を見ると、亜麻色の髪にぴんと立った狐耳、そしてふさふさの尻尾を揺らす、快活そうな獣人の少女が、仲間の冒険者らしき青年に話しかけていた。動きやすそうな軽装に身を包み、腰には短剣を差している。その太陽のような明るさと目に宿る好奇心の強さが印象的だった。
カイトは、その少女の姿を何となく記憶に留めながら、自分が受けるべき依頼を探し続けた。辺境都市での新しい人生は、まだ始まったばかりだ。
決意を新たに次の準備を始めた。静かな決意を後押しするように古びた木床のきしみ音が工房に小さく響いた。
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