第11話 ブロンドの某

 人通りの少ない裏道を選びながら、カイトは腕の中の少女を抱え直し、息を切らして安宿へと急いだ。リリアが先行して周囲を警戒し、時折心配そうに振り返る。少女の体はぐったりとして力なく、荒い呼吸だけがその命がかろうじて繋がっていることを示していた。衛兵に見つかれば面倒なことになるかもしれない。だが今は一刻も早く彼女を休ませ、手当てをすることが最優先だった。


 ようやく宿の自室にたどり着き、カイトは少女を簡素なベッドにそっと横たえた。プラチナブロンドの髪が乱れ、汗で額に張り付いている。普段は錬金術の道具や素材で雑然としている部屋だが、今は緊急の病室と化していた。

「リリア、水と清潔な布を用意してくれるかな。まずは体を拭いてあげないと」

「うん、すぐに持ってくる」

 リリアは心得たように頷き、部屋の隅にある水差しと棚の布巾を手早く準備し始めた。その間、カイトは〈収納〉から最高品質の回復ポーションを取り出した。翠玉のように輝く液体が入った小瓶。これが今のカイトにできる最善の手だった。

 少女の頭をそっと持ち上げて唇にポーションの瓶口を近づけた。

「大丈夫、これを飲めば少し楽になるから」

 カイトは優しく語りかけながら、少量ずつ液体を流し込んだ。少女は弱々しく抵抗する素振りを見せたが、やがてこくり、こくりと喉を鳴らしてポーションを飲み下していく。その様子を固唾を飲んで見守った。

 ポーションを飲み干すと、すぐに変化が現れた。少女の荒かった呼吸が少しずつ穏やかになっていく。火照っていた顔色も、わずかに和らいだように見えた。だが依然として熱は高く、意識がはっきりと戻る気配がない。

「……効いてる、みたいだね」

 リリアが安堵の声を漏らした。

「うん、でも根本的な治療にはなっていない。あくまで対症療法だ。体力を回復させているだけだろう」

 カイトは厳しい表情でいった。薬屋の店主の話の通り、ポーションは症状をわずかに緩和させるだけで病そのものを治す力はないようだ。

 少女が小さく呻き、薄っすらと目を開けた。焦点の合わない青い瞳が、ぼんやりとカイトとリリアの姿を捉えた。

「……あ……なた、は……?」

 か細い、掠れた声だった。

「大丈夫、心配いらない。俺たちは君を助けたいだけだ」

 カイトが答えると、少女は何かを思い出したように微かに眉を寄せた。

「……神殿……帰ら、ないと……」

 神殿? やはり、彼女は神殿関係者なのだろうか。しかし、なぜあんな路地裏で倒れていたのか。

「……セ……フィ……」

 少女は何かをいいかけたが、再び意識が朦朧としてきたのか、そのまま目を閉じてしまった。穏やかな寝息が聞こえ始めた。危機的な状況は脱したようだが予断は許さない。

「神殿だって……。この子、やっぱり何かワケありなのかな」

 リリアが心配そうに呟いた。

「分からない。でも、今はとにかく休ませてあげよう。この病気の治療法を探さないと」

 見ず知らずの少女ではあるが一度助けると決めた以上、途中で投げ出すことはできない。それに、この病気を克服できれば多くの人を救うことができるかもしれない。錬金術師として、これほど挑戦しがいのある課題はない。

 リリアは買ってきたばかりの布を水で濡らし、慣れた手つきで少女の額や首筋を拭い始めた。その横顔は真剣で優しさに満ちている。

「カイトが決めたことなら、私も手伝うよ。この子、放っておけないもんね」

「ありがとう、リリア。心強いよ」

 カイトは相棒に心からの感謝を伝えた。


 夜が更け、部屋にはカイトと眠る少女、仮眠をとるリリアだけになった。カイトは飲み干されたポーションの小瓶を握りしめた。まだ温かい少女の寝息だけが、ろうそくの頼りない灯りに照らされた狭い部屋に響いている。机の上には、解読の糸口すら見えない古い薬草図鑑が開かれたまま放置されていた。壁に映る自分の影が不格好に揺れていた。


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