第9話 タッグ
薄暗い洞窟からようやく抜け出すと眩しい午後の日差しが目に染みた。カイトは思わず目を細めながらも隣を歩く相棒に声をかけた。
「リリア、お疲れ様。これで依頼のノルマは達成できたね」
「やっと終わったー。今回のクリスタル・リザード、思ったより素早かったね」
リリアは背負っていた短剣を鞘に納めて伸びをしながら満足げに笑った。
今回の依頼は洞窟に生息するクリスタル・リザードから採れる魔石の納品だった。素早い動きと硬い鱗を持つため、駆け出しの冒険者には少々骨の折れる相手だ。
「うん、危なかった。でもリリアの動きが良かったから、なんとか追い詰められたよ。僕の投げた『目くらまし玉・改』も少しは役に立ったかな」
カイトがいったのは事前に〈収納・熟成〉で特殊な粉塵を混ぜ込み、効果時間を延長させた即席のアイテムだった。リリアがリザードの注意を引きつけている隙に投げつけ、一瞬の隙を作り出したのだ。
「役に立ったなんてもんじゃないよ。あれがなかったら鱗を砕く前に逃げられてたかも。カイトの道具、最近どんどんすごくなってない?」
リリアは興味津々な様子でカイトの顔を覗き込む。彼女はカイトのスキルを、便利な〈収納〉に加えて、ちょっとしたアイテム加工ができる程度のものだと認識していた。その『熟成』という真の力については、カイトはまだ詳しく話していなかった。
「いろいろ試してるからね。リリアの足を引っ張らないようにしないと」
カイトは少し答えを濁した。いつか本当のことを話すべきだとは思いつつも、まだそのタイミングを見計らっている段階だった。
二人で冒険者ギルドに戻ると、受付カウンターはいつものように賑わっていた。依頼の報告を済ませ、魔石を提出すると受付嬢の女性がいった。
「カイトさん、リリアさん、お疲れ様です。クリスタル・リザードの魔石、もう達成ですか。早いですね。最近、お二人のコンビは評判ですよ」
「えへへ、まあね。カイトのサポートが優秀だから」
リリアが胸を張る。受付嬢はにこやかに頷いた。
「それとカイトさん、先日納品していただいた回復ポーションですが、薬屋の店主さんが大変喜んでいましたよ。『あんなに質の良いポーションは滅多にない、ぜひ追加で卸してほしい』って。他の冒険者の方からも、カイトさんのポーションは効きが違うって噂になってます」
「え、あ、そうですか。それは良かったです」
突然の褒め言葉に、カイトは少し照れてしまう。最近、錬金術で作成したポーションをギルド経由で薬屋に卸すようになっていた。もちろん使うのは〈収納・熟成〉で品質を高めた薬草だ。その効果は自分でも驚くほどで通常のポーションとは比べ物にならない治癒力を発揮していた。
「もしよろしければ、また納品をお願いできますか。高ランクの冒険者の方からも問い合わせが来ているんですよ」
「もちろんです。近いうちにまたいくつか作成して持ってきます」
自分の作ったものが認められて、誰かから自分が必要とされている。追放されたばかりの頃では考えられない喜びだった。
ギルドを出て、報酬を二人で分け合う。以前に比べれば、かなりまとまった額になってきた。
「やったー! これで明日はちょっと豪華なご飯が食べられるね」
リリアが無邪気に喜ぶ。彼女の故郷は貧しく、稼いだお金の多くを仕送りしていることをカイトは知っていた。
「そうだね。今日は僕が何か作るよ。この前『熟成』させておいた干し肉があるんだ。それを使ってシチューでもどうかな」
「ほんと!? やったー! カイトの作るご飯、お店のより美味しいもん」
リリアの目が光を受けて輝いた。〈収納・熟成〉は食料にも絶大な効果を発揮する。硬い保存食も、まるで高級レストランの一品のように変化させることができた。リリアはその『熟成』料理の大ファンだった。彼女の屈託のない笑顔を見ていると、カイトの心も自然と温かくなる。この街に来て、リリアと出会えて本当に良かったと心から思えた。
※ ※ ※
翌日、カイトはポーションの材料を仕入れに、そして新しい錬金器具を見るために、フロンティアの市場地区へと足を運んだ。露店には様々な薬草や鉱石、魔物の素材などが並べられ、活気に満ちている。カイトは慎重に品定めをしながら、いくつかの薬草を買い求めた。普通の薬草でも、〈収納・熟成〉を使えば最高級品に変えられる。これがカイトの最大の強みだ。
もっと色々なポーションを作ってみたい。そのためには、もっと良い器具と錬金術の知識が必要だな……。
古びた錬金術の専門店を覗き、ガラス製の蒸留器や乳鉢などを眺めた。どれも高価だが、それだけの価値はあるだろう。目標のためにも、もっと稼がなければ。
そんなことを考えながら市場の人混みを歩いていると、ふと、道の隅で小さくうずくまっている少女の姿が目に入った。年はリリアと同じくらいだろうか。プラチナブロンドの髪が印象的だが顔色は悪く、苦しそうに咳き込んでいる。服装は質素で、どこか儚げな雰囲気を漂わせていた。
大丈夫だろうか……?
心配になって声をかけようとした瞬間、人波に押されて少女を見失ってしまった。周りを見渡しても、もうどこにもいない。
「気のせい……かな」
最近、街では原因不明の病が静かに流行り始めているという噂を耳にしていた。神殿の治癒魔法でもなかなか完治しない厄介な病らしい。あの少女も、もしかしたら……。
一抹の不安を感じつつも今の自分にできることは限られている。まずは足元を固めて錬金術師としての腕を磨くことだ。
カイトは市場を後にし、ギルド近くの安宿にある自室へと戻った。こじんまりとした部屋だが今ではここがカイトの城だ。購入した薬草を早速〈収納〉に入れて『熟成』を開始する。
もっと良いポーションを作って、もっと稼いで……いつかは、自分の工房を持ちたい。
辺境都市での生活は、まだ始まったばかりで、困難も多いだろうが、確かな手応えと共に歩んでくれる相棒がいる。自分だけの特別な力もある。
カイトは錬金術の古書を手に取った。
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