第19話 “ビョークの勘違い”

 人はどこから来て、どこへ行くんだろう。

 僕は人か? 僕はどこから来た──。


 自問自答したハルは、浮遊島のことを思い出していた。

 僕はあの丘からやってきた──。

 気づくとそんなことを考えていた。


 戻っても戻らなくてもどちらでも良かった。どうせダックリバーを離れるのなら、最後に見ておこう。そんないい加減な気持ちで飛び石を渡った。


「階段とか作ればいいのに」


 不満を漏らしながら、ハルは最初の一歩を浮遊島の地面へ踏み入れる。

 もう片方の足も踏み入れた。


 突然大きな揺れが発生した。

 揺れに跳ね飛ばされそうだった。

 大地が癇癪を起しているようだった。

 連続的な爆発のような騒音がきこえた。

 ハルは恐怖と心細さに耐え、島から落ちないよう、ふらつきながら内陸へ避難した。


 地震が収まると地面に両手両膝をついていた。

 騒音も止み、島は静けさを取り戻していた。


 ゆっくりと立ち上がり、辺りを見渡す。霧で満たされていて何も見えない。いや、これは霧ではない。おそらく雲だろう、と思い直した。


 しばらく歩いても逗留者の町が見つからなかった。人影すらない。さっきのあの激しい揺れは何だったのだろうか。それにあの波打つような、耳に突き刺さる騒音の正体も気になる。


「今の何だったの?」

「わからない」


 男女のものと思しき会話が聞こえた。

 霧の中に人影が見えた。


「誰?」 


 ハルが呼びかけると人影がこちらを向いた気がした。

 しばらく行くと、人影がはっきりしてきた。


「え、ハーレーさん?」


 ハーレーとフォソーラだった。

 二人しかいない。ハルは幻覚か何かかと思った。


「あれ、でもなんか老けてるなぁ……ああ、そっか、そうだった。みんな歳を取ってるんだった」

「なんだこいつ? 角が生えてるぞ」


 ハーレーが訝し気な視線を向けた。


「待って」


 フォソーラがびっくりしたような顔をする。


「この子、なんだか昔のハルにそっくりじゃない?」

「ハル? あいつ、こんな背ぇ低かったか」

「もっと昔よ。初めて出会った頃のハル」


 ハーレーは腕を組み、首を傾げた。


「言われてみれば、中学生くらいの頃のハルに似てなくもないなぁ」

「何年経っても仲がいいんだね。二人はどうしてここにいるの?」


 二人の顔がぎこちない。


「馴れ馴れしい奴だな。なんだかハルに見えてきた」

「僕はハルだよ」

「は?」

「もしかして島酔い?」


 フォソーラが慌てて辺りを見渡した。


「まさか誰か眠ったのか。あれほど寝るなと言ったのに」

「彼はハルタさんですよ──」


 後方から声がした。

 ハルは振り返った。霧の中に人影が二つ見えた。近づいてくる。

 しばらくして人影はビョークとチユになった。





「イカルガ?」


 ビョークを差し置いて、ハーレーが真っ先に関心を寄せたのはチユだった。

 ハーレーとフォソーラはの目元が、静かに涙ぐんだ。

 二人がこちらへ歩みはじめたところで、ビョークは教典からアメーバと巨大な包丁を現した。


「それ以上近づくなら殺しますよ」


 ビョークは、カッターナイフで切ったような細い目を向けた。


「よくも二人して平然と一緒にいられますねぇ、ぬけぬけと……」


 その一言で、すべて伝わった。それ以上の会話はいらなかった。


 ハーレーは知らされていなかったかもしれない。彼の表情や目つき、その反応からビョークはそう思った。

 七年前、ビョークとハルタは商店街で、死んだはずのフォソーラに会っている。

 その際、ハーレーが何らかの裏切り行為をした結果、イカルガが死に至ったことを知った。厳密には会話ではなく連想に等しかったが、大体そんなところだろう。

 ハーレーは何をしたのか? あの日、ヘルデの背後にあった上半身のない遺体は誰のものなのか、そんなことを聞く気には、今はなれなかった。


「彼女はチユさんです。似ていますが、イカルガさんではありません。ところで、どうしてお二人はここにいるんですか?」


 ビョークは終始、不愛想に話した。

 だがハーレーもフォソーラも、彼の質問どころではなかった。チユに目を奪われている。チユは凝視する二人を気味悪がった。


「じろじろ彼女を見ないでください。また殺す気ですか」

「死なせるつもりはなかった」


 ハーレーが詫びるように、だがはっきりと言った。


「ハルタさんにそう言えばいいですよ。記憶が戻ったあとにでも」

「記憶?」


 フォソーラが訊いた。


「彼は記憶喪失です。一二歳から一三歳頃までの記憶しかないと思われます」

「ちょっと待ってくれ。彼はハルなのか? 幼いし、頭からヘルデみたいな角が生えてるぞ」

「角ぐらいなんですか……ハルタさんだとそう言ってるじゃないですか……正直、さきほどまでハルタさんなのかどうか、僕としても疑わしいところがありました。色々ありまして、ハルタさんで間違いないだろうと今はそう思いなおした次第です」


 二人に話が伝わらないだろうことは承知の上だった。経緯をわかりやすく、すべて説明するのは骨が折れる。


 ハルに対する怒りを、ハーレーとフォソーラを見た瞬間に見失ってしまった。記憶がないハルでは、この怒りを受け止めることもできない。

 ハーレーに関してはしばらくぶり過ぎて、ビョークとしては心の整理がついている部分もあった。怒りが湧いてこない。つまりビョークのこの不愛想は演技だ。不本意な演技であった。彼自身したくてしているわけではなく、反射に近い。

 だからと言ってハーレーが謝ればやめるのかというと、それは難しい。


「あなた方もあの書籍に魅せられた口ですか。彼には近づかない方がいいですよ。首吊りと見せかけて殺されます」


 ハルがこちらを見て驚いたような顔をした。催眠が効いていないことに気づいたのだろう。


「殺される?」

「書籍って何のこと?」


 ビョークは説明を面倒くさがった。どうやら二人はハルの書籍に魅せられて登頂したわけではないらしい。


「数日前に登頂したばかりなんだ」

「逗留者の町へは行かれましたか?」


 ここへ来るとき、本来なら通過するはずの町がなかった。島に何か異変が起きていることは確かだ。先ほどの大地震による影響だろうか。


「行ってない。探索を終えたら、すぐに下山するつもりだったんだ。それより教えてくれ。一体ハルに何があったんだ?」

「こっちのセリフですよ。一体イカルガさんに何をしたんですか」

「俺はただ……」

「この島はハルタさんの遺品です」


 ビョークはハーレーの言葉を遮った。

 死なせるつもりはなかった、とハーレーは言った。その言葉の意味を先に聞いておきたい気持ちもあった。だが今はハルだ。このマーコールを何とかしないといけない。

 ビョークはハルが一歩でも動いたらすぐに反応できるよう、アメーバと巨大な包丁を常に出しておいた。


「イカルガさんが自殺して、ハーレーがダックリバーを去ったあと、ハルタさんから相談を持ち掛けられました。人を生き返らせる方法を教えてくれ、と……彼は鬱状態にありました。イカルガさんを生き返らせようとしたんです」


 目の下の隈の酷いハルタに同情し、彼はスノードームを教えた。

 結果、浮遊島が誕生。


「チユさんに出会ったのは、その計画の最中でした。彼女は蓋魔ですが、熱線を吐くことができます」

「熱線を?」


 ハーレーが驚くと、フォソーラが「イカルガと同じ……」と呟いた。


「ってことは、この島はハルタとビョークで作った人工物ってことか? 信じがたいな。そんなことできるのか?」


 ややあって理解したハーレーが訊いた。


「しかし問題があります」


 ハーレーの疑問を無視した。


 青光りする花畑、そして白い針の塔──電波塔。

 丘の上にあったはずのこれらを旅人たちが踏み潰した。よって島はハルタのイメージした形を失った。ハルタの用意したメッセージカードは、ゴミ同然のように扱われた。


「おそらくですが、以降この島には“島酔い”という怪奇現象が起きています」


 そこへハルタの日記を読み、島の目的とシステムを把握しているチユとビョークが登頂した。


「おそらくですが、僕とチユさんが登頂したことにより、島はゲームがクリアされたと認識したかもしれません。その影響で、島に廃ホテルが現れました」

「廃ホテル?」

「山羊の群れが寝床にしていた黒焦げの廃墟です」

「そういえば、来てすぐのころ丘の上に何かに建物が見えてたなぁ」


 ハーレーが思い出したように言った。


「そこで他の山羊たちとは明らかに違う、二足歩行の山羊に出会いました」

「二足歩行の山羊?」


 ハーレーが疑問を浮かべた。


「これでも随分、人間らしくなった方なんですよ。それが彼です」

「どういうことだ、ハルだけ先に登ったのか? ビョークは後から登って、そしたら丘で、山羊になったハルを見つけた、そういうことか?」

「ああ、そうでした」


 一つ説明し忘れていることに気づいた。


「ハルタさんは一度死にました」

「は?」

「何があったのかを知るには、ハルタさんに記憶を取り戻してもらう以外ありません」


 ハルタはヘルデになってしまい、そうとは知らず、ヘルデとなったハルタをチユが殺してしまった。そのヘルデがスノードームと日記を持っていたことから、ハルタ本人だろうとビョークが推測。耳絶ちの通じない生命体など他にいないので、ハルタで間違いないだろうと確信している。が、厳密にはわからない。すべてはハルタ本人に聞く以外にない。


「日記?」


 フォソーラが訊いた。


「生前ハルタさんがしたためていた日記です。実はこれが日記ではなく、教典でした。お二人にはいつだったか話したと思いますが、教典は勝手に人に読ませてはいけません。彼は日記が教典だと知りながら、知らないフリをしていました。チユさんを利用し、教典の力を底上げするためです」

「なるほど、ハルらしいな」


 ハーレーとフォソーラが顔を見合い、笑みを浮かべた。

 懐かしがるような二人の雰囲気と、そんな二人に同調するようにハルが微笑んでいる。

 ビョークは不愉快な気持ちになった。


「らしい?」


 ビョークが訊ねると、二人は笑うことをやめた。


「衝動的で、人の話を聞かない、瓶夫びんぷくらいしか能のない人でしたけど、ハルタさんはそんな人じゃなかった。思いやりのあるいい人だった」

「ハルを悪く言ったんじゃなくて」

「おまえがハルを知らないだけだろ」


 ハーレーがはっきり言い放った。

 ビョークの中で何かが張り詰めた。沸点を越えた。


「イカルガさんを罠にはめて殺したくせに……」


 怒りが口から滲み出る。


「この山羊は、町で人を殺してまわったんですよ!」


 怒鳴り声を上げた。


「首吊り自殺と見せかけて人を殺してまわった! そんなこと、ハルタさんがすると思いますか?」


 ビョークは悔しさから嘘を言った。

 ハーレーのいうとおりだ、ビョークはハルタを理解していない。自分でもそうなのだろうと、さきほど疑念を抱きはじめたところだった。

 住宅の屋根を突き破る樹冠を思い出した。生前のハルタが悪魔であったのだと、すでに彼の中で答えは出ている。信じたくはない。


「殺してまわった、ってどういうことだ? 頭の角で刺してまわったとか?」

「教典ですよ」


 ビョークは俯いた。


「ハルタが書いたっていう?」

「はい」


 ややあって、なるほどな、とハーレーが呟いた。


「ハルが書いた教典が、人殺しの道具だったから、それでショックを受けたのか」

「ハルタさんはある家族を実験台にした可能性があります。執筆した教典を使い、罪もない家族を殺したんです。でも僕の知ってるハルタさんはそんなことする人じゃない……」

「あいつはそういう奴だぞ」


 ハーレーが楽な口調で言った。

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死んだ幼馴染と同じ顔をしている(蓋魔の瓶夫:③第三原稿) 酒とゾンビ/蒸留ロメロ @saketozombie210

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