第60話(2) イシスがもしもクレオパトラに奪い返されたら…

 だから、1万年前、クローヴィス彗星衝突で起こった一時的な氷期のヤンガードリアス期の後にベータが地球に飛来した時、たぶん、高度のテクノロジーを発達させた塩素呼吸系生物を連れてきて、大スフィンクスを建設させたのだと思う。1万年前の人類は人口も少なく、かき集めても大スフィンクスを建造するのに数百年はかかっただろう。


 なぜ大スフィンクスを作ったか、というと、まず、人類は半神半獣の姿(後でファラオが自分の顔に削り直してしまったがオリジナルはたぶんアビヌスみたいな獣の頭部だったんだろう)のスフィンクスを恐れて近づかないこと。それからスフィンクスは地球の環境変化に影響されない大きさで、数千年経っても宇宙からでもわかる目印だということ。さらに、本来の目的は、スフィンクスの下に埋められた、チャンバーだということだ。数千年経って、チャンバーはクレオパトラがやったような先端工場に転用できる。そのスペースを数千年確保するのが狙いだ。


 え?なぜ、最初からスペースだけを作って、先端工場は作らないのか、だって?それは、工場設備の維持・メンテが数千年もできないからさ。自動メンテのナノマシンを作ってもいいが、構成部品・材料は数千年も経てば、腐食してボロボロになる。スペアパーツも同じことだ。半導体のシリコンは残るが集積回路の銅線などは錆びる。だから、手間のかかるスペースを作ってやって、目印と重しになるスフィンクスだけを1万年前に準備したのさ。


 古代の建築物で、巨大な空洞だけのものというのがたくさんあるだろう?人類は、何のために?何に使ったのか?と疑問を持つが、なんのことはない、単なる将来利用可能なスペースを確保する空洞ってだけさ。何に使ったのか、って、使われちゃあいないんだ。


 で、場所だ。なぜ、スフィンクスを建造した場所が、ギザ台地とそこから50キロ離れた砂漠のど真ん中なのか?ということだな?


 未来の人類なら、なぜこんな砂漠のど真ん中に大スフィンクスを紀元前八千年も昔に建設したんだろうと思うだろう。しかし、2023年から1万年昔、ここはナイル川のほとりだった。ナイル川は毎年洪水を繰り返し、左岸、右岸を削って蛇行する。だから、20世紀の川筋が古代の川筋とは限らないのに未来人は気づかないのだ。


 海岸線だってそうだ。クローヴィス彗星衝突後、地球の平均気温が7.7℃も下降、20世紀の海岸線よりも十数キロ、数十キロ沖合にあった1万二千年前のヤンガードリアス期を経て、1万年前は地球全体が急激に温暖化し、海面は20世紀よりも数十メートル上昇、ナイル川の大三角州の半分の面積は海面下にあったことなども、未来の歴史学者は想像すらしないのだ。想像力の欠如、バカとしか言えない。未来の人類の歴史学者のほとんどは、地球物理学にも気候学にも地理学にもうとい。彼らは、古代の歴史を現代の海岸線、気候で考えがちである。あまり知性があるとは思えない。


 約7万年前から約1万2,000年前まではヴュルム氷期にあたり、この時期の南極の気温が現在よりも約8℃低かったことがわかっている。しかし、約1万2,000年前に氷期が終わり、気温が上昇したことで、大陸氷河が後退し、海面は上昇して、気温や降雨などの気候パターンが大きく変わり、現在のサハラ沙漠の姿になった。


 現在のサハラ沙漠は文字通り沙漠だが、サハラ沙漠の各地で、見つかった1万2,000年前頃から6,000年前頃の岩石画から、当時は湿潤な時代で森林や草地があってキリンやゾウ、アンテロープ(ウシ科の草食獣)、サイもいて、狩猟が行われていたことがわかっていいる。


 そして、約5,000年前頃からサハラ沙漠が乾燥し始めた。古代エジプトが繁栄した紀元前3,100年頃から紀元前525年の時期は、この乾燥化が進んだ時期に当たる。


 紅海よりのナイル川東岸は山岳地帯だが、西岸はサハラ砂漠に隣接している。紀元前八千年、21世紀から数えると1万年前のエジプトは、西岸部はまだサハラ砂漠の侵食は受けていない。森林や草地が台地を覆う緑の地だった。温暖化により、海岸線は数キロ後退している。ヒプシサーマル期と呼ばれる時代だった。


 もちろん、純粋知性体ベータは、その時点だけではなく、過去の、未来の気候変動と海岸線の海進、海退の時間軸も見渡せただろう。大ナイル三角州が海進により、ヒプシサーマル期のピークには、ギザ(カイロ)あたりまで海岸線が後退するとか、紀元前46年前後では、ほぼ21世紀の海岸線まで海退するとか。


 大スフィンクスは、一体はギザ台地の上、海進時でも水没ギリギリな場所に、もう一体は、エジプト古王朝のメイドゥム・ピラミッド(この頃はまだ存在しないが)の北15キロ、当時は大森林の台地に設置した。南の大スフィンクスは、紀元前3千年以降すすむサハラ砂漠の東進によって、紀元前46年頃には、人跡未踏の砂漠のど真ん中になり、スフィンクスの存在が秘匿できるのもわかっていた。


 知性体ベータが飛来したのは、紀元前5千年前の先王朝時代よりも3千年も古い時代だ。エジプト王朝が開始されたら、スフィンクスなんざ建設できないからな。宇宙から飛来した何者かが作ったなんてバレちまう。


 ベータが連れてきたのは、銀河のどこかの塩素呼吸系種族の人種だったろう。ヤツラを操って、恒星間宇宙船を地球まで連れてきた。そして、シャトルで重機を地上に降ろして一枚岩からスフィンクスを削り出した。まず、地下通路を作って、将来水力発電ができるようなナイル川と連結した水路も作る。スモールチャンバーとビッグチャンバー、ビッグチャンバーの下の大工場となるスペースを建設した。その上にスフィンクスを重し代わりに乗っけたってことだろうな。


 ここ、南のスフィンクスは、将来のクレオパトラの工場となる本命のもので、北のギザのスフィンクスは、紀元前2千5百年にクフ王、カフラー王、メンカウラー王が大ピラミッドを作る指標にしたんだろう。ギザ以外の土地に大ピラミッド群を作らせないように。だから、クフ王たちがピラミッドを建設する時には、すでに北の大スフィンクスはあったということだ。


 時は流れて、新王国時代、第3中間期、末期王朝時代となって、アレクサンドロス大王のエジプト征服が起こって、やっとプトレマイオス王朝の時代になった。


 紀元前193年、今から147年前、プトレマイオス5世エピファネスが即位し、彼の妻、クレオパトラ1世が共同統治者になった時、ベータは再度飛来して、クレオパトラ1世に憑依した。彼女は南の大スフィンクスを見つけ、先端技術工場の設立に着手した。それから、140年、代々のクレオパトラの指揮で、半神半獣や先端兵器を製造できるようになったということだ。そして、大ローマ帝国を乗っ取り、歴史を改変するということになる。


「なるほど。すごく納得の行く説明だったわ。たぶん、その通りなんでしょう。でも、わからないのは、ベータはなぜそこまで歴史を改変するのに固執するのかしら?」と絵美が首をかしげる。

「2035年9月のペガスス座IK星(IK Pegasi)またはHR 8210と呼ばれている恒星が極超新星爆発を起こして、ガンマ線バーストが発生する。第1、第3、第4ユニバースはまともにバーストを浴びて、地球の生物種の9割は絶滅する。もちろん人類も。第2ユニバースは直撃を免れるが、ベータは何らかの方法でガンマ線バーストの標準を変えて、第2ユニバースにも直撃させようとするだろう」


「2035年9月・・・今から2千年後・・・って、私のいた1985年の世界から50年後じゃない!あ!私、ペガスス座IK星(IK Pegasi)を見たわ!アルファが私を連れて行った恒星じゃない!」

「そうだ。第1から第4までのマルチバースの地球がガンマ線バーストで丸焦げになれば、ベータは塩素呼吸生物を使って地球をテラフォーミングし、塩素を増やして、酸素呼吸系生物を絶滅させ、4つの地球をすべて塩素呼吸生物の楽園にしてしまうと思う。それで、気長に、塩素呼吸生物が発展して、やがて純粋知性体に育つのを待つ、ということなんだろうな」


「酷い話だわ」

「ああ、俺の母体のアルファもそんなことは止めさせようと思っている。卒業したとはいえ、酸素呼吸系生物はアルファの出身母体だからな」

「アルファが止めてくれないの?」

「止めようとしてるじゃないか?だから、俺とお前がここにいるわけだし、絵美/奈々が第2ユニバースにいるんだから」

「私も役割を担っているってことね」

「大事な役割だ。そう、それで、ベータの都合の悪いことに、極超新星爆発のガンマ線バーストを水爆数千発の爆発でバリアを作って、バーストの直撃を和らげて、生物種の大量絶滅を阻止しようとしているグループが第1と第3、第4ユニバースに居るんだ」


「そのグループに頑張ってほしいわ」

「そう思うかね?そのグループというのは、森絵美というお前の第1、第3、第4の同位体、そして、第1、第3、第4の宮部明彦他の物理学者グループなんだ」

「え?私?え?明彦?」

「第2ユニバースでも同じメンバーが今動き出している。第2の森絵美は死んじまったけどな。今、ここのクレオパトラとの戦いに俺たちが破れてしまったら、未来の第1、第3、第4のお前とお前の恋人、第2のお前の友人たちの努力も水の泡ってことだ。どうだ?アルファ本体がお前を選んだ意味がわかってきたか?」

「・・・まさか・・・そんなこと・・・」

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