第52話 戦闘
ムラー様たちは、ホルスを迎え撃つために飛んでいってしまった。残っているのは、38人の人間だけだ。絵美様が堀を掘って擁壁を作ったと言っていたが、相手はベルベル人の盗賊団30人とアヌビス20頭だ。ムスカは大丈夫なのかしら。
「マンディーサ、アヌビスはジャッカル頭だろ?鼻が効くんじゃないかな?」とキキが言う。なるほど。私たちは、風下の砂丘に移動した。ジャッカル頭は夜目も効くだろう。砂丘の峰の上に腹這いになって、隠れた。頭だけ出して、ナイトスコープで覗き見る。一団は私たちの砂丘の横、500メートル位を通っていく。やり過ごす。
アヌビスが時々立ち止まって、フンフンと鼻面をあげて臭いを嗅いでいるようだ。やっぱり嗅覚が鋭い。私たちのキャンプの調理の臭いなどが風に運ばれているんだろう。私たちのキャンプまでもうすぐそこだ。3キロと離れていない。30分ほどで着いてしまう。ナイトスコープで見ると、キャンプの方角がボヤッとして見える。アヌビスもナイトスコープみたいな視覚があるのかしら?嗅覚と視覚で、キャンプの場所がわかっちゃう!
「マンディーサ、後ろから陽動で射撃したらどうだろう?」とキキが言う。
「そりゃ、ダメだ。私たちに気づく。キャンプは堀と擁壁があるからいいけど、私たちは気づかれたら逃げ切れない」
「ムラー様たちは?」とジャバリ。
「連絡はない。ホルスと闘っているんでしょう。テレパシーって奴で連絡しちまうと、戦闘の最中だ、気が散ったらダメだ。連絡できない」
私たちは、奴らの後ろをついていくことしかできない。やきもきする。チクショウ!私、まだ、ムスカと抱き合ってキスしかしてないじゃん!私を犯さないで死んだら、ムスカ、承知しないからね!生き延びたら、金貨10枚、要らない!タダでやらしてやる!
あっという間に奴らはキャンプに近づいた。堀の手前500メートルで左右に散開した。キャンプを包囲するつもりのようだ。密集して攻撃すれば、要撃するのが簡単だが、等間隔で囲まれると各個撃破しないといけない。
奴らの装備は、ムスカたちと同じようだ。盗賊もアヌビスもマシンガン、レーザーガン、レールガン、グレネードランチャーを持っているようだ。レールガンを使われたら擁壁なんて貫通する。グレネードランチャーだったら、擁壁を越えて手榴弾が中で爆発する。ラクダが怯えて暴走したら大事だ。
私たち三人は、狙撃用にレールガンを持っているだけだ。奴らは包囲の円陣をジリジリと狭めていく。もう堀から300メートルほどだ。チクショウ!
「なあ、マンディーサ、このレールガンってヤツは、音もシュポっていうくらいだろ?マシンガンと違って光も出ない。後ろから撃たれたら気づくだろうが、擁壁の反対側の奴らを撃てば、擁壁の中から撃たれたと勘違いするんじゃないか?それで、私とジャバリが左右に分かれて、あっちの離れた砂丘の峰から、あんたと三方向から狙撃するのってダメかね?気づかれる可能性は低いと思うよ」とキキが言う。
「ああ、それならうまくいきそうだぜ。ガンをショールで巻けば目立たないだろう。そうしないと、ピティアスの旦那たちが殺されちまう」とジャバリも頷く。できるかしら?
キキがジャバリに「さっきさ、出掛けにマンディーサに言ったんだけどよ、私は12才から体を売っていて、普通の暮らしは知らない。誰かいい男がいて結婚しても、娼婦だったことを隠したりしてもその内バレる。でも、ピティアスの旦那の手下なら、私が娼婦だって、もうバレバレじゃないか?生き延びたら、私もジャバリも金貨百枚、お大臣様だよ。金持ちだ。ジャバリ、二人合わせりゃ、金貨二百枚、どうだい?私と所帯を持つのも悪かないよ。20才の年増だし、マンディーサほどキレイじゃないが、そこそこだぜ?あそこも悪かなかったろ?これからだって、じゃんじゃん、ガキを産めるよ」とレールガンを抱きしめながら、ちょっと照れて言った。二人合わせて金貨二百枚って、私が言ったセリフじゃない?プロポーズの流行り言葉なの?
「それもいいかもな?俺も所帯をそろそろ持とうと思ってたし、キキはそこそこいい女だ。よし、乗った!これで生きていたら、結婚しようぜ」とジャバリ。
「あ!私の身請け代金、金貨30枚はいただく。だから、私が金貨130枚であんたが70枚だ。私のほうが金持ちだ。ジャバリを尻にひいてやるよ」
「夫婦の金は共有財産じゃねえのか?」
「持参金ってのは、嫁のものなんだよ。でも、今キスしてくれたら、身請け代金はタダにまけてやる」
「お安い御用だ」
ちょっとぉ、私がいるんだよ!私の前で抱き合ってキスしないで!二人とも私を無視して見てても照れるほどキスしている。あ~、なんか悔しい!
「よし、もう思い残すこともない」とキキが私に言う。「なあ、マンディーサ、私、ちょっと、ジャバリにドキドキしたよ。悪かないね。さあ、ジャバリ、お前は右だ。私は左の砂丘だ。生きていたら、タダで何発でもやらしてやるからね」
「所帯を持ったら、当然、やるのはタダだろ?じゃあ、600数えたら、撃ち方始めだ。あばよ、後でな」とジャバリが砂丘を降りていった。
「マンディーサが恋してるなんて言うから、私が結婚の約束しちまったよ。お前もムスカが待ってるよ。死ぬんじゃないよ。あばよ」と言って彼女も砂丘を降りていく。
450数えた時に、擁壁内から射撃が始まった。左右の砂丘を見ると、キキもジャバリも位置についている。包囲陣からもマシンガンとレールガンで反撃してきた。マシンガンは擁壁に当たって破片を撒き散らす。レールガンはそのまま弾が擁壁に吸い込まれていく。あと、150。長い。
600!
セーフティーを外す。セミオートにした。砂丘の峰からだから、擁壁の向こう側もよく見えた。アヌビスめ!頭を狙う。慎重に。外すな!よし!一頭!左右の砂丘からもキキとジャバリが射撃を始めたようだ。45度ほど離れたアヌビス一頭と盗賊団が一人、倒れた。
アヌビス5頭と盗賊団8人を倒したところで、擁壁の手前のやつらに気づかれた。アヌビスが盗賊団に指示している。盗賊団がグレネードを持ってジャバリの方の砂丘に近づいてきた。ジャバリが気づかない。射撃を続けている。私が盗賊を撃つのとグレネードの発射が同時だった。シュポっという発射音でグレネードがジャバリに飛んでいく。ああ!ヤバい。
盗賊がキキの砂丘の方にも近づいた。キキはジャバリの砂丘の爆発音に気づいた。キキの方にもグレネードが発射される。止めて!私を狙えばいいじゃないか!馬鹿野郎!ジャバリもキキも倒れている。クソっ!クソっ!クソっ!
「待たせたな」と上から声が降ってきた。見上げると、ムラー様が宙に浮いている。「ムラー様、あの左右の砂丘の峰で、キキとジャバリがやられました!お助け下さい!」とお願いした。
ムラー様が飛んでいって、まずキキを、次にジャバリを両手に抱えて戻ってきた。二人とも生きているのか死んでいるのか、手脚がない。吹き飛ばされたの!
「マンディーサ、お前はここで待ってろ。今、エミーとアイリスが助けに来るからな。俺はこの二人を円陣の中に運んでくる」とキャンプに飛んでいってしまった。
すぐに、エミー様とアイリス様が降りてきた。
エミー様が「アイリス、マンディーサを円陣の中に運んで。後は任せろ」と言う。アイリス様は私の手を肩に回して腰を抱いた。飛んだ。
「アイリス様、キキとジャバリが・・・」
「ああ、ムラー様にお任せしなさい」
「あの、エミー様は?まだあんなに敵が残ってます!」上空から見ると、アヌビスも盗賊も十数残っていた。
「絵美様、エミー様が片付けてくれる。逆上してるわ。怖い」
あっという間に円陣の中に着いて、地上に降ろされた。キキは左手を吹き飛ばされている。ムラー様がアルシノエに「アルシノエ!侍女頭だぞ!シャキっとしろ。この女に血清を打て。左の肋骨、下から二本目に心臓までグサリと突き刺して、注射器のプランジャーを押し込め!」と命じた。アルシノエはブルブル震えていたが、他の娼婦がキキを押さえつけた。注射器を突き刺す。
「こっちは両脚か。失血しすぎだな。血清じゃダメだ」と言って「アイリス、ムスカの半月刀を持って来い」と言う。アイリス様がムスカの半月刀を取り上げた。
左手をジャバリの口の上にかざした。「アイリス、俺の左手首を切れ!四の五の言うな!やれ!」とアイリス様に命じる。アイリス様は横ざまにムラー様の手首のところを半月刀で薙ぎ払った。手首が落ちて、切り口から血が吹き出る。「こいつの口を開けろ」と言って、鮮血が出ている手首の切り口をジャバリの口にあてがった。血が彼の口からあふれる。
キキの方を見ると、え?え?新しい左手がはえてきている。え?え?少し痙攣しているが、骨がはえてきて、血まみれの肉が骨を包み、筋肉が盛り上がっていく。皮膚が筋肉をつつむ。え?何?
ジャバリの方を見ると、キキと同じように両脚がはえてきている。ムラー様の左手首はあっという間に手がはえた。な、なんなの?
「そうか、マンディーサはこの前からの奉公だから知らないんだ。だから言ったでしょう?私たちは化け物だって」
「信じられません!」
「さっきも、私、ホルスに腹を裂かれて腸が出たけど、自分で治したわ。自分でもできるなんて知らなかったけどね。キキもジャバリもたぶん大丈夫よ。ピティアスだって手がはえたし、手下も手脚がはえたんだから」
「信じられない!でも、よかった、よかったです。キキもジャバリも助かるなんて。不具にもならないなんて。さっき、彼らは夫婦になるって約束したんですもの」
「あら、おめでたいじゃない。結婚式、しなくちゃね!」
「あああ!エミー様は?」
私が擁壁の向こうを見ると、ちょうどエミー様が左手の手斧でアヌビスの首をちょん切って、右手でもう一頭の頭を吹き飛ばすところだった。残りのアヌビス8頭が彼女を取り囲んでいた。まだベルベル人たちも残っていた。
「あ!さすがにマズイじゃない?」とアイリス様が言って、擁壁を吹き飛ばして、堀を砂で埋めた。「みんな、アヌビスは相手しなくていいから、ベルベル人は任せた!やっておしまい!」とピティアスの手下に言う。彼女も絵美様の加勢に行ってしまった。ムラー様も加勢に飛んでいった。
ムスカが寄ってきた。「マンディーサ、大丈夫か?」「私は大丈夫。キキとジャバリがやられちゃったよ」「まったくな、斥候に行かせてすまなかった。よおし、俺もひと働きするか!ぶっ殺してやる!お前はキキとジャバリについていてやれ!」と堀を渡って行ってしまった。
キキのところに行った。アルシノエがキキとジャバリの血糊を拭き取っている。「アルシノエは怪我はないのか?大丈夫だったか?」と聞くと、ちょっと彼女は涙ぐんだ。「マンディーサさん、私は大丈夫。あなたこそ、ご無事でなによりです」なんだ、悪い子じゃないんだ。気が強いだけなんだ。
ジャバリが不思議そうに自分の両脚を見ている。「脚がはえてきたってのは、びっくりしやしたぜ。神殿の武器庫で仲間のこれを見たんですが、自分に起こるなんて。それも、ムラーの旦那様が自分の手首をちょんぎって、血を飲ませたらはえてきたってんだから、驚きです」
「傷まないのかい?」
「痛いは痛いですが、脚がもげるのに比べたらものの数じゃありません。キキも手がもげたって聞いたのに、はえてくるなんて。夫婦になろうってのに、死んじまったり、不具になったりしたらかないませんや」
キキがにじり寄ってきてジャバリを抱きしめる。「あんたあ、あんたあ、良かったよ。私ら、死ななかったよ。ムラーの旦那様にお礼を言わないと。アイリス様に自分の手首を切らせて、あんたに血を飲ませたんだよ。自分の手首だよ。マンディーサもありがとうね。あんたがいなかったら、私は惚れている相手がいないで死ぬところだったよ。ドキドキするって気持ちを持たせてくれてありがとうね」
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