第48話(2) 虚無

「女の子は、男の子が他の女を抱くのがイヤ!ムカつく!、男の子は、女の子が他の男に抱かれるのがイヤ!ムカつく!というなら、マンディーサだったらどうする?」

「・・・夫婦になるしかないです・・・」

「そおでしょう?そうよねえ?」

「・・・でも、その女の子は娼婦なんですよ?男の子は奴隷でもない普通人。娼婦を妻になんて、やっぱりダメでしょ?」

「じゃあ、男の子がソフィアとジュリアを抱くのを指をくわえて見てる?いいわよお、ムラーに言って、ソフィアとジュリアをもう1回抱かせてもいいんだから」

「・・・イヤです!」


「スキで娼婦になったわけじゃないでしょ?自分と弟二人の食い扶持を稼がないといけなくって、家事手伝い程度じゃ足りないから、手っ取り早く娼婦になったんでしょ?」

「そうですけど、男とやるのがスキっていうのもありますね」

「男好きの体だから、男もほっておかなかったでしょうね。じゃあ、夫婦になっても他の男と浮気するのかな?」

「し、しません、しません、彼だけで十分です」

「そうよねえ。もしも生きて帰ってこれたら、二人合わせて金貨二百枚、商売だって始められる、弟二人もアカデミアにだって通わせられるわよね?」

「ハァ」

「結論は出たようね。さあ、どうしましょ?ねえ、アイリス、ムスカも鈍感だから、自分からプロポーズなんてしないと思うけど?」


「私が話しましょう。私だって彼に抱かれたんだもの。ねえ、マンディーサは私にもムカつく?」

「いやいや、アイリス様にムカつくなんて・・・もう、できないことですし・・・」

「私は安全パイってことよね。わかった、私がムスカにかまをかけてみる」


「いいなあ。私なんか・・・ねえ、人間の男が私を抱いたらどうなるのかしら?」

「ムラー様が絵美様は絶対にダメだ、って言ってますからね。相手が爆発してしまうのかしら?」

「あ~あ、普通の女に戻れたらいいのに」

「元の世界では、あなたは殺されちゃったんでしょ?」

「そうアルファが言ってた」

「その殺される未来を変えてしまったら?」

「そんなことをしたら、その未来のそのまた未来が変わってしまうでしょう?」

「ダメですね・・・」


「何かアルファが私に言っていないことがあるような気がするんだけどなあ。でも、ムラーは知らないみたいだし。考えてもしょうがない。まずは、大スフィンクスの工場を破壊して、クレオパトラを殺さないと」

「あ!クレオパトラの体は殺せますけど、知性体のプローブは不死なんでしょう?」

「プローブが人間の体に入っていれば、脳死の状態ですべてのデータシステムはなくなるって言う話だけど・・・アイリスも注意しないと。もしも、あなたがクレオパトラに吸収されたら、彼女が完全体になってしまうわねえ」

「でたとこ勝負ですね」


「ねえねえ、アイリス、マンディーサも期待していたことだし、女断ちはしていないんでしょ?普通の男とアイリスがやったら、相手が死んじゃうけど、女はあれもついてないし、相手も死なない。マンディーサを可愛がっちゃおうか?」

「絵美、どっちにします?上半身?下半身?」

「ジャンケンで決めよう!最初はグー、ジャンケンポン!」

「勝った!私、下半身、いただき!」とアイリス様が嬉しそうに言う。私のあそこがそれほどいいのかしら?


「・・・あのぉ、お二人とも、ムスカが言っていましたが『彼女の思念が入ってくるんだよ。真っ黒い光ももれないようなでっかい球体から、目も開けられないような眩しい球体を旅して、いくつもの世界、宇宙を訪れて、漏れ伝わってくるのは、もっと知りたい、もっと知識をといううめき声と、永遠に死なない喜び、死ねない悲しみ、永劫の歓喜と絶望、過去も現在も未来も見通せるクロノス神みたいな存在、それから離れた喪失感、人間だった時のアイリス様の感情・・・それを感じたが、そういった相矛盾したものすべてを足すと、そこにあるのは、『虚無』だ。何もないんだ』という世界を私も見たいんです・・・」と二人に聞いた。


「あら、アイリス、そういう想念を漏らしちゃったの?」

「ええ、漏らしたようですね」

「ふ~ん、マンディーサ、それを見たいの?」

「ムスカが見たっていうものを私も見たいです」

「じゃあ、あなたが私になるお話として、私のそれを見せてあげる」絵美様に口を塞がれた。ネットリした舌が私のに絡んでくる。・・・それが私の中に入ってきた。


┈┈••✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼••┈┈


 私は空間を浮遊していた。満天の星空。


 星々を通過して、星雲の中に入っていった。星系に近づいている。連星っていうのかしら?2つの太陽がお互いの周りを回っている。ペガスス座IK星?あれ?私、なぜ知っているんだろう?私は天文学なんてちっとも知らないはずなのに。


 知らない知識が私にささやく。


 太陽系から約150光年の距離にある連星。主星のペガスス座IK星Bは、1日当たり22.9回の周期で光度がわずかに脈動している。伴星のペガスス座IK星Aは質量の大きい白色矮星で、既に主系列星の段階を終え、核融合によるエネルギー生産は既に行っていない。


 主星のペガスス座IK星Bと伴星のIK星Aは、お互いの周りを21.7日で公転しており、平均距離は3100万kmだ。これは、太陽と水星の軌道距離に近い。


 ペガスス座IK星Aは、既知の最も近い超新星候補天体である。主星が赤色巨星に進化し始めると、半径が拡大して、外層から白色矮星に降着が起こる。白色矮星が1.38太陽質量のチャンドラセカール限界に達すると、Ia型超新星爆発を起こすと考えられている。


 主星はすでに赤色巨星の末期にたどり着いたようだ。ふ~ん、これは地球には150年後に見える光景ね?なるほど。あれ?なんで私はそんな場所にいるわけ?え?


(時間軸で言うと、2025年にこの光が地球に到達するのだから、ここは地球時間の1875年だ)


 え?だれ?


(私が、ぼくが、彼が、彼女が、そんなことはどうでもいい。マンディーサよ、よく見給え。ペガスス座IK星Aが膨張する姿を)


 ペガスス座IK星Bが、天文学的な規模で巨大に膨らみ始めた。赤黒い表層が薄くなってきて、数百倍、数千倍に大きくなる。あっという間に、小さく白く輝いていた伴星のペガスス座IK星Bが、赤黒い膨らみに飲み込まれる。ペガスス座IK星Aのキレイな白く輝いていた光が徐々に赤黒く染まり始め、収縮していった。


 どんどん小さくなっていく。ギュッと押し縮められている。小さく、小さく・・・


 すると、今までのしかかってきた超赤色巨星のペガスス座IK星Bに復讐するように、ペガスス座IK星Aが爆発して、ペガスス座IK星Bを吹き飛ばした。


(これが極超新星爆発なのだ。キミにも見えるように視覚の波長を調整しよう。見てみたまえ。今だ。ペガスス座IK星Aのあったところから細いビームが発射?地球人はこれを「発射」と表現するのか?それとも、「放射」かな?どちらでもいいが、ほら、見える?)


 見えた。


(あれが、ガンマ線の放射だ。地球人の映画で見るレーザー光線のようなものだ。非常に指向性が高い。つまり、ペガスス座IK星Aの極超新星爆発の膨大なエネルギーの一部が破壊的な規模で撃ち出されたということだ。これを地球人の言葉で「ガンマ線バースト」と呼んでいる)


 ガンマ線は、放射線の一種で、その波長はだいたい10ピコメートル。0.00000000001メートルだ、と知らない知識が言う。地球人の区分だと、波長領域の一部がX線と重なっていて、ガンマ線とX線の境界線はない。


 1.022 MeV以上のエネルギーを持つガンマ線が消滅する時、電子と陽電子が対生成される。陽電子( positron)は、電子の反粒子だ。絶対量が電子と等しいプラスの電荷を持っていて、その他の電子と等しいあらゆる質量やスピン角運動量 (1/2)といった特徴を持っている。


 ディラックの海という空間にできる穴の形で、正電荷を持つ電子、とまり反電子の存在の仮説を立てた。そして、電子が陽電子と対消滅する際、陽電子のスピンは上向きになる。これが陽電子が時間的に逆行している電子と言われる現象だ。対消滅の際に、陽電子は時間が逆行する。つまり、過去に行くのだ。その時、電子は時間を手繰り寄せ、未来に行く。


 私/ぼくが時間を行ったり来たりする仕組みは、私/ぼくが陽電子/電子を生成して、それらを使っているからだ。もちろん、今いるキミのユニバースと異なるユニバース、マルチバースの別の世界へも行ける。ほら、今、ペガスス座IK星Aの極超新星爆発でできたブラックホールがあるだろう?見えるかね?


 私にも見えた。光も逃げ出せない真の暗黒が私には見えた。


(あのブラックホールが別の宇宙にワームホールを通じて連結された。別の宇宙ではホワイトホールになっている。連結された先は、別の宇宙だ)


「あなたはなんなの?どういう存在なの?神という存在なの?」


(え?私/ぼくのこと?純粋知性体という存在のようだよ。ビッグバンの宇宙創成期の後、知性を持った種族が数万年たって、肉体を持たず物質・精神レベルの瞬間構築、瞬間移動が可能な存在になった、宇宙を彷徨っていて、善とか悪とかでは計り知れず、いたずら好きな神のような、気まぐれな存在、それが私/ぼくだ)


(今のキミは、記憶データ/知性システムだけで、肉体は持たず、不死だから、私/ぼくと似たようなものだ。だから、私/ぼくと一緒にワームホールを通り抜けられる。もしも肉体を持った存在だったら、ブラックホールの潮汐力でバラバラになってしまう。肉体を持たない純粋知性の私/ぼくや、記憶データ/知性システムだけのキミなら向こうに行けるってことさ)


(さあ、どうしよう?キミはどうして欲しい?)


「そんなことを聞かれても答えられるわけがないじゃない!」


(記憶データ/知性システムという存在のままに、宇宙を彷徨い歩きたいかね?)


「・・・こ、殺してよ。私という存在を消してよ」


(私/ぼくは不死だって言っただろう?キミも不死なんだよ。だいたい、死ぬとかは物質、つまりエネルギーを持っている存在ができること。エネルギーも何も持たない私/ぼく/キミは、消えて亡くならないんだ)


「・・・あなたみたいに宇宙を彷徨い歩くのはイヤ!」


 私/ぼくの純粋知性体は、私の手を(手なんかないけど)引っ張って、ペガスス座IK星Aの成れの果てのブラックホールに入り込んだ。周囲では、ペガスス座IK星Aやペガスス座IK星Bの残骸の星間物質が飲み込まれている。


 今は、シュワルツシルト半径の内側だよ。と私/ぼくが言う。事象の地平面を超えたらしい。情報伝達の境界面であるらしい。情報は、光や電磁波などにより伝達されていて、その最大速度は光速という限界を持つ。ブラックホールは光でも到達できなくなる領域が存在し、それがシュワルツシルト半径の内側。ここから先の情報を知ることができないらしい。この境界を指して「事象の地平面」と呼ぶのだそうだ。


 だけど、純粋知性体の私/ぼくやキミのような記憶データ/知性システムは、そもそも光や電磁波などにより伝達される情報じゃないから、別に問題なくシュワルツシルト半径の外側から内側に、ホワイトホールの内側から外側に平気で行き来できるのだそうだ。


 ワームホールを今通っているところ、と私/ぼくが説明する。


 あっという間に、光の渦を超えて、どこかに出た。ほら、ここはもう別の宇宙だ、と私/ぼくが言う。


 マンディーサ、元の肉体にお戻り・・・


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 絵美様の口が離れた。


 今、見たものは何?別の知らない言葉で話されたことは何?なぜ、私はその言葉がわかったの?あれが彼女に本当に起こったの?


 私にあれが起こらないで良かった。


 死ねない存在にならなくて良かった。

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