第47話(2) マンディーサとムスカ

 アイリス様がムラー様に「マンディーサはリビア砂漠に慣れているでしょうから、ムスカと組ませて、水先案内人をさせましょう」などと提案するので、私はこのアイリス様を犯した汚らわしい男と組むことになった。吐き気がする。


 アイリス様はニコニコしている。この男と私をくっつけたいようだが、ヤツが2メートル以内に近づくと怖気がする。いくらアイリス様のご命令でもこいつとは絶対にない。いい男ならピティアス様の手下にいるんだから。


 こいつとはいつか決着をつけないといけない。一昨日のグラディウスでの試合は互角だったんだ。お互いズタボロになって、服はあちこち切り裂かれ(私もムスカのズボンを切り裂いてやった。金玉を切ってやればよかった)、切り傷があちこちできた。


 私がヤツの喉元にグラディウスを突きつけるのと、ヤツが私の首元にグラディウスをあてがうのが同時だった。「ハイ、おしまい」とアイリス様がムスカの半月刀を振って間に入った。「互角ね」とアイリス様が言うが、あれは私のほうがヤツを押していたと思うんだけどなあ。


 もちろん得物がグラディウスならばの話で、ヤツがツーハンドの半月刀で向かってきたら、ヤツの方が強いのは認めよう。


 ラクダが集まってきて、140頭くらいになった。人間を乗せるラクダ、装備を運ぶラクダ、水・食料・餌を運ぶラクダ、それぞれ重量を均一にしないといけない。ラクダの疲労を同じにしないと、ラクダが脱落する。


 ラクダの餌は、中途の土漠ならサボテンや枯れ木があるので、見つけたら食わせれば良い。しかし、砂丘地帯に入ると植物はない。2~3ヶ月餌を食べなくても大丈夫と言うが、重量物を運搬するので、食わせた方がいい。干し草を持っていく。砂丘地帯に入れば、第一番の目的地のオアシスまで150キロ、その間は砂しかない。出発前に水と餌を十分にやった。驚くほど食って飲んで体に溜め込むのだ。


 エミー様が臭い、臭いと言う。いい匂いのするラクダなんて見たことがないわよ。エミー様に、ラクダの機嫌が悪い時は胃液を吐きますから注意してくださいね!と言った。こんなの乗るのはイヤだ!という。絵美様が表に出ている時は、アイリス様がお姉さんに見えてしまう。


 服装は、ムラー様がアレキサンドリアで仕入れた砂漠の衣装に統一した。


 男性は、アラビア半島でポピュラーな白のハーレムパンツと長袖シャツ、ジャケット。日が暮れると急激に温度が下がるからジャケットは厚手のものを用意した。被り物は、手下どもは白のグトゥラと押さえの輪っかのアガル。砂嵐の時は口をグトゥラで覆う。


 女性は、エミー様がベリーダンスの衣装が良い!と言ったが、日焼けになりますので、全身を布で覆わないといけません!と却下した。多少譲歩して、ベリーの衣装ほどではない、ぽかっと広がって裾がしまったハーレムパンツと、もちろん臍は出さないシャツとショール。日暮れ後に羽織る上着。


 履物はソックスにバックスキン(鹿革の鞣し革)の半長靴。これもエミー様がサンダルじゃダメ?足が蒸れて臭くなる!と駄々をこねる。毒蛇やサソリがいますんで、足首の上まで覆えるような靴でないとダメです!と却下した。


 そりゃあ、コーカサスにはクサリヘビの『パフアダー』や強い毒を持つイエローファットテールスコーピオンはいないでしょう。裸足やサンダル履きでサソリを踏んづけたら刺されます。半長靴ならサソリの針は突き抜けることはありません。それから、靴を履く前に必ず逆さまにしてから数回振って、中にサソリが入っていないことを確認して下さいと注意した。


 何なの?こういう時に、なぜ絵美様じゃなくエミー様なの!と思っていたら、私、耐えらんない、絵美、交代と言って絵美様が出てきた。古代の女の子よりも文明の進んだ未来の女性の方が我慢強いって不思議だ。とにかく、話の分かる人が出てきて安心した。


 元々アレキサンドリアまで船に乗っていた女奴隷の内、腕の立つ3人と、漁村で選別した私を含めた娼婦組6人で、なんとなく私が女奴隷・娼婦の頭になった。もちろん、ソフィア様とジュリア様は私の上だ。なぜか私を敵視する侍女頭のアルシノエもメンバーに潜り込んだ。エミー様、アイリス様のお世話をする侍女が必要でしょ!マンディーサさん!と小生意気に言う。ムスカと同じくこいつも腹が立つ。アイリス様が、仲良くするのよ、と釘を刺す。ハァイ、了解です!


 私がエミー様に説明したようなことをムスカがみんなを集めてオリエンテーションした。なにせ、男性陣はフェニキアの海賊なのだ。陸に上がった河童、砂漠のことには疎い。


 空高くまで竜巻のように巻き上がる砂嵐の時は、口をベールで覆わないと砂を吸い込み肺に入って呼吸器をやられるとか、この季節、インド洋のサイクロンが上陸すると鉄砲水が出て溺死することがあるから、ワジ(涸れ川・涸れ谷)では寝てはいけない、今いる場所で雨が降っていなくても、ワジは水を吸い込まないから、上流で雨が降れば泥流が流れてくるかもしれないので油断しちゃあいけないとか。砂漠で溺死は洒落になんねえ、と海賊どもはウンウン頷く。


 夜は氷点下になって、革袋の水が氷ることがある。日が暮れたら厚手の上着を着て、寝る時は毛布で体を覆わないと凍死するというと海賊どもは驚く。2時間進んだら20分休憩で、必ず水を飲む、水は1日2リットル支給だから、4、5回ぐらいに分けて飲むこと、できれば紅茶やコーヒーに砂糖をたくさん入れて水分補給をすること、デーツ(ナツメヤシの実)やドライフルーツはラクダの上でいくらでも食べて良い、クサリヘビの『パフアダー』を見かけたら避けること、ラクダでも噛まれたら死ぬかもしれない、もしも、蛇を捕まえたら食えるので捨ててはいけない、蛇やサソリに噛まれたら、ムスカかマンディーサ、エジプト人たちに言うこと、ナイフで噛まれたところを切って毒を吸い出す、等々。海賊どもはゲッソリして聞いていた。


 ムスカが、それから、ラクダの糞はジュート袋に集めて下さい、乾かして焚き火の燃料にします、というと、ゲェ~、糞集めまでするのかよ!と海賊どもは文句を言う。じゃあ、食い物を調理したり、コーヒー・紅茶の燃料はどうすんのさ?砂漠に焚き木が落っこちてるとでも思うんですか?と私が言ったら黙った。


 ムスカが、途中、ベルベル人の盗賊に出会ったり、待ち伏せされる危険もあるので、順番に斥候を進路の先に派遣する、と説明すると、おお!蛇やサソリ、溺死よりも上等だ!と海賊共が言う。いや、相手は砂漠に慣れた盗賊団だから、なるべくなら盗賊団と出くわしたり戦闘するのは避けたいと説明した。海賊共がブーたれる。船に残った方が良かったぜと言う若い海賊がいて、ピティアスが「じゃあ、今から戻ってもいいぜ。金貨百枚は無しだ」と言われて、慌てて文句ないです、行きまさあ、と言い訳する。


 朝3時起床、4時出発、6時間進んで、10時から16時まで砂丘の日陰で昼食・休憩・仮眠、16時から20時まで4時間進んで、それから夕食・就寝というスケジュールを組んだ。最初のオアシスまで150キロ、オアシスからネクロポリスの大スフィンクスまで180キロ、1日目標20キロ、人家を避けて進む予定だ。2週間ちょいで着く。たった330キロだ、本物のキャラバンだったら、この十倍を旅すると言ったら、海賊どもは驚く。

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