第6話

「うわあああああ…………あ、……、え、着いた? え、痛い……何これぇ……」


 長い長い筒の中を滑り落ちていった先、飛田の説明通りならばここはシキキミの世界のはず。けれど視界いっぱいに広がるのは、棘のついた生垣だった。確証がもてないうえに、棘が肌を刺して痛む。ゆっくりと立ち上がって、辺りを見回したその時――。


「おわあああああ!」

「ぎゃあああああ!」

「はああああああ?」


 三つの雄たけびが同時に上がる。

 一つ目は啓太のもの。では、二つ目と三つ目は?


「ケイタ! どうしてここに?」

「……ケイタ。なぜここにいるんだ?」

「は、はい……?」


 二対四個の、翡翠色と薄紫色の瞳には見覚えがある。どこで見たのだろうか、確か、ついさっきまで――。


「ジャンとフェルティフィー!?」

「びっくりしたぁ……なんだよ、急に大声出して。そうだよ、顔を見ればわかるだろう、僕だよ」

「まさか隠れてついてきたのか……? たしかに、……昨日相談したから、心配してくれたのだろうが、忍び込むのはよくない」

「い、いや……ちょ、ちょっと待って……?」


 不思議そうに啓太を覗き込む二人の視線から隠れるように、ケイタは両の手のひらで顔を隠した。突拍子もないことしか起きない日曜日――シキキミの世界に曜日感覚などないだろうけれど。ゆっくりと息を吸って、吐いて、吸って、吐いて。数度繰り返していくうちに次第に落ち着いてくる。


(十年前のシキキミの世界に着地するとか何とかって言ってたよな……)

『そうですね。後藤啓太さんの存在を定着させるためには時間が必要ですので、十年前を設定しました。攻略対象キャラクターと知り合い、分岐ルートを探るための時間だと考えてください』

(な、なるほど……ってえええええ、だれ?!)

『飛田です。後藤啓太さん、いいえ、今はシキキミの世界へ異世界ハケンされているケイタさん、わたくしは最後までサポートすると言ったはずです』

(いや、こういうサポートだとは思ってなくて……え、というか飛田さん、どこに……?)

『あなたをこちらの世界へ再構成する際、ケイタさんの意識のなかへインストールされました。私は先ほど受付担当した飛田の意識をコピーしたものです。情報はすべて解析しますが、プライベートな情報に関しては部分的にマスキング処理することも可能です』

(は、はぁ……?)


 今、ぽかんとした様子でケイタを見る二人を、ケイタは飛田と共に見ている、ということになる。特に違和感もないし、いつもと違うことはない。そもそもシキキミの世界へ来てしまったこと自体がおかしすぎて、もう大抵のことは受け入れられる気がする。だって目の前には、ずっと画面越しに見ていた二人新規スチルがいるのだから!


「ご、ごめん、お、驚かせたくて……隠れてたんだ、はっはっは」

「まったく……どうやって忍び込んだか知らないが……まあ、たまたま居合わせただけと父上には言っておく」

「ありがとう、ジャン」


 まずは呆れた顔のジャンを見上げる。見上げなければ視線を合わせられないほど、ジャンの顔は上のほうにあった。二十歳のジャンは公式設定によると二〇〇センチだったから、ここからさらに成長することになる。ただでさえ体格がよく、やさしい顔立ちに、物静かな性格なのだからそりゃフェルティフィーも好きになるだろう、一目惚れしてもおかしくない、とケイタは勝手に納得する。


「ね、ケイタ。ケイタはジャンと知り合いだったの?」


 ケイタ(と飛田)とジャンを交互に見ながら、フェルティフィーが問いかける。ケイタが知っている二人は、あくまでもゲーム内のことだけだ。過去の生い立ちやどんな日々を過ごしていたのか、また介入してしまったケイタが二人とどのように接していたのかは全くといっていいほど分からない。


(ちょ、ちょっと飛田さん……! オレって二人とどういう関係だったんですか? なんて答えればいいんですかぁ!)

『ケイタさん、落ち着いて聞いてください。これからあなたが話すことそのものが、二人と過ごしてきた過去になり、これから始まるヒロインルート回避への分岐になっていくのです』

(いきなり責任重大すぎますって……! ちょ、もうちょっとヒントないんですか!)

『お二人の幼馴染として介入していくのはいかがでしょう。最も近い存在として二人の仲を取り持っていくのはよさそうです。ちなみにケイタさんの話されるすべてが設定としてこの世界に記録され、少しずつエンディングに影響していきますので言動には注意してください』

(わ、わかりました……二人の、幼馴染……)


 疑いのまなざしを向けられるというのは、こうも気まずいものか。しかし何とか乗り切らなければ、この先十年間をかけてエンディングを変えていく道のりは始まらないのだ。ケイタはふん、と息を吐きだしてまっすぐにフェルティフィーの視線を受ける。


「そ、そうなんだ! まさかジャンと会うのがフェルだったなんて知らなくて……オレも驚いたよ」

「へぇ……嘘は言ってないみたいだね」


 もちろん、驚いたのは本当だから嘘は言っていない。フェルティフィーの翡翠色の瞳に、嘘をつくのは無理だ。まっすぐに見据え、相手の心から真実を引き出す。そんな力があると思う。ジャンもこういうところを気に入って、好きになったのだろうか。


『ジャンさんとフェルティフィーさんはこれが初めての邂逅になりますから、後々お互いを知ってそのような思いを抱く可能性が高いですね』

(え、これ、初めましてだったの?!ちょ、ちょっと早く言ってくださいよ……!)

『すみません、私もどのタイミングでお知らせするか迷ってしまいまして』


 見えない飛田に抗議しつつ、ケイタはこの後のことを高速で考えた。二人が初めて出会ったのが今日ならば、幼馴染として介入するにはちょうどよいタイミングなはず。


「オ、オレ、これからは三人で遊んだりしたいな!」

「……そうか、ケイタが言うのなら、いいとおもう」

「いいんじゃない? こいつ、結構面白そうだし」


 ケイタは右手でジャンの手を、左手でフェルティフィーの手を取った。つないだ手をぶんぶん振り回し、出来る限りの笑顔を作る。もうこうなったら二人の邪魔をせず、なんとか幼馴染ポジションを維持してエンディングまで行くしかない! ケイタは棘だらけの生垣の前で二人に誓った。

 絶対絶対何とかするからね! と。

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