第20話

「その食いっぷりならまだいけるな」

兄ちゃんがベンチから立ち上がって先を歩き始める。

俺は兄ちゃんと2人で羽津稀の部屋へ戻るのだった。

そこには浅羽先生が。

「あとはいつ時を終えるかです。眠ったまま逝かれると思われますが覚悟を願います。生かすべき医師としては失格かもしれませんがこれが羽津稀さんの意思。もう余命はとうに過ぎているのです。もう休んで頂いてよろしくありませんか?」

浅羽先生が言う。

俺は涙すら出なかった。

そして羽津稀が産まれて10000日目。

2016・5・25。

PM11:45。

羽津稀は旅立った。

眠ったまま全てが止まったんだ。

穏やかに眠っている。

葬儀の準備が行なわれている間、俺は動けずに居た。

でも羽津稀の姿だけは見続けていた。

俺がしなきゃならない事は兄ちゃんと姉ちゃんが栞さんとしてくれた。

通夜が終わった後も俺はただ羽津稀の傍に居るだけだった。

お経すら耳に入らなかった。

日にちが変わる頃、俺は姉ちゃんにスリッパで頭を引っぱたかれる。

痛みは無かったが音はしっかり聞こえた。

俺は姉ちゃんを見る。

「そんな離れたとこからじゃなくてちゃんと傍に行きなさい。最後の表情をちゃんと目に焼き付けなさい。明日になったらもう姿見れないんだから」

姉ちゃんが言った。

「居なくなるなんて耐えられない」

俺の声が震える。

「羽津稀は苦しみや痛みからようやく離れられたの。寂しいけど見送るのがあたし達の役目よ」

姉ちゃんがまともな事を言っている。

でも頭の中はほわんほわんしていて俺は方向すらわからないで居た。

そこで2回目のスパコーンと言う音。

姉ちゃんが再び俺の頭をスリッパで引っぱたいたのである。

「いい加減しっかりしなさい!」

姉ちゃんがキレた。

「最期の最後を見届けられない人だって居るんだからね。泣いても良いから羽津稀の最期をちゃんと見届けなさい!誰も独りで乗り越えろなんて言ってないんだからね!」

響く姉ちゃんの怒鳴り声。

こんなの初めてだ。

姉ちゃんも兄ちゃんも俺を怒鳴りつけた事なんて無かった。

母ちゃんも親父も。

俺は甘やかされて育ったんだって今になって思い知らされる。

俺は顔を洗ってから栞さんの姿を捜した。

栞さんは母ちゃんと穏やかに話していた。

「あら、窓伽君。動ける様になったのね」

栞さんは俺を見て優しく微笑んだ。

「すみません。俺、役に立ってない……」

俺は何とか喋る。

「居てくれるだけで良いのよ」

栞さんは優しくそう俺に言った。

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