最終話 雪天下

法暦1286年12月。常光院にて和睦の儀が執り行われた。


血統派からは、原山和盛が正使、松波日弥守が副使として参加。実務派は、西慶僧寛と桐川泰親が対応した。


「さればで御座る。御台様は、貞良君を大侯に、僧寛殿を副大侯とすべしとのこと。御返答は如何に。」 


松波がそう切り出した。  


「これは異な事を承る。此度の戦は、御貴殿方が、我が方に仕掛けたる事。それ相応の誠意を御示しなさるが筋というもので御座ろう。」 


桐川が返した。双方睨み合ったままだった。


「何を申される。そもそも、そなたらが、寺に兵を集めたる事が、此度の戦の源であろうが。」


原山が耐えかねて、語気を強めて、桐山と僧寛に問いただした。


「これは管令殿、早合点なされたのう。あれなるは、亡きお上(亡くなった大侯のこと)の御供養に集まりしことなり。我らは戦の仕度などしておらぬぞ。」


西慶僧寛が答えた。


和睦の儀は初日では決着をみることはなかった。


一方城では御台所が書状を二通したためていた。一通は正式なもの。もう一通は非公式のもの。


「これ、右門中尉はおるか?」


すると、大廊下に控えていた、御側衆の佐田影義が姿を現した。


「影義はこれにおりまする。」


影義が答えると、御台所はそっと立ち上がり、平伏す影義に近付くと、二通の書状を渡した。


「正式なる書状は僧寛らに渡せ。非公式なる書状は、管令と日弥守に見せよ。馬を走らせ、急ぎ届けよ。」


「畏まり候。」


佐田影義は、急ぎ馬を走らせ、常光院へ向かった。


常光院での和睦の儀は二日目に入るも、意見が纏まらず、両陣営は、再び一触即発の事態となっていた。


すると、警備の侍が会議の場にやって来て、原山と松波に申し出た。


「恐れながら申し上げます。管令様、若しくは、日弥守様に御目通りを願う者が参っております。右門中尉と申す御人に御座る。」


原山と松波は、顔を見合わせ、その後、松波が席を立った。


松波が控えの間に行くと、御側衆の影義が座していた。


「恐れながら御台所よりの書状を御預りして参りました。一通は先方に、もう一通は管令様と日弥守様に。」


影義はそう言うと書状を松波に渡し、立ち去った。


原山も控えの間にやってきた。二人は、書状の中身を確認すると、非公式の書状を松波が懐に隠し、原山が正式な書状を持って、二人は再び会議の席に戻った。


「只今、御台所様よりの書状、届きまして御座る。」


原山はそう言うと、書状を桐川に渡した。


桐川が書状の中身を確認し、次に西慶僧寛が確認した。


「如何致しまするか?」


桐川が僧寛に問うた。


先方に渡した書状の中身にはこうあった。


「貞良元服マデノ五年ノ間、貞康(僧寛のこ)殿、大侯御務メ置キ候。元服ノ後、位、貞良二譲リテ、大御殿(引退した大侯のこと)トシテ、更二五年ノ間、大侯御後見遊バサレ候。」


つまり、御台所の息子が成人するまでの五年間限定で、西慶僧寛を大侯とし、成人した後は、その地位を譲って、表向きは引退するが、後見人として、更に五年間、実権を行使してもらっても構わないというものだった。


十年の時限式政権樹立の提案だった。


すると、西慶僧寛は、大笑いして答えた。


「あい分かり申した。御台所様の申し出、謹んでお受け致しまする。」


和睦が成立した。


その夜、血統派と実務派は、双方の労をねぎらう様に、酒宴が開かれた。豪華な食事が膳に載って運ばれてくる。


酒宴の途中で、松波日弥守は席を立つと、共に酒宴に参列していた、実務派の桐川泰親の重臣で家老である隆真田大記を呼んだ。


二人は誰もいない、殿舎と殿舎を繋ぐ渡り廊下で話した。


「御家老、貴殿は主に仕え何年になるか?」


松波が問うた。


「早、25年になりまする。」


大記が答える。


「成る程、おり言って話がある。いや、なに、悪い話では御座らん。」


松波はそう言うと、大記の肩に手を廻し、何やら密談を交わした。


翌年、法暦1287年2月。西慶僧寛は、還俗して、尚正貞康となった。


同月中旬、城にて大侯即位の礼が執り行われようとしていた。


当日の朝、桐川泰親は式のための装束を纏い出掛けようとしていた。貞康が大侯となれば、自分は側近。管令識となるだろう。彼は上機嫌だった。


出掛ける際、供回りの者共を確かめた。その日に限って、自らの直臣ではなく、何故か、家老の隆真田とその家臣が付き従う運びになっていた。


しかし、桐川は疑問には思わず、城へ向かおうと、馬に跨ろうとした時、隆真田が話し掛け近寄った。


「殿、襟が些か曲がっておりまする。」


ドスッ!


鈍い音がした。と、同時に桐川の腹が熱くなった。


血が滴り落ちる。


「大記、おぬし、何を…。」


城には主要な実務派の大名や武将が、僅かな供回りだけで登城していた。ただし、不思議なことに、血統派の姿が無い。誰一人としていない。


この奇妙な事態に貞康始め実務派の面々は、全く気付いていなかった。肝心の御台所の姿も無い。


ドン、ドン、ドン、ドン、ドン。


即位式が始まる太鼓が城内に流れた。と、その時。


式が行われる大広間の襖と襖の間にある隠しの間から、大太刀を携えた、完全武装の御側衆達が、集まっていた実務派の大名や武将に襲い掛かった。


その業は風の様に早く、あっと言う間に、全ての客が斬り倒された。


貞康は首を斬られ絶命した。大広間の襖絵の獅子と虎が、鮮血で赤く染まった。


暫くして御台所がやってきた。


「右門中尉、ようやった。褒めて遣わす。それにしても、美しいことよのう。」


佐田影義は作戦を実行した御側衆達の筆頭として指揮を執っていた。


御台所は赤く染まり、諸氏の亡骸が横たわる大広間を眺め、悦に浸った。


法暦1287年3月上旬。亡き大侯の嫡子である尚正貞良の即位式が行なわれた。反対派である実務派を殲滅した今、何も心配なことなどなかった。


参列した桐川の元家老の隆真田に松波が挨拶した。


「いやぁ、隆真田殿、めでたい。貴殿が主を亡き者にしてくれたおかげで、謀が上手くいったわ。」


全ては、御台所が渡した非公式の書状のなせる業だった。


「桐川家家老職、隆真田大記殿、主ヲ討チ取リ、下剋上セヨ。其後ニハ、汝ヲ大名ト致ス。」


「皆の者、大義である。」


10歳の新君主は幼い声で、即位を宣言した。


新体制が成立した。


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(大御台所:元御台所)

大一位 元成院 実子


(中邦大侯:嫡子 尚正貞良)

少一位 尚正 左政相 兼 大国侯職 王貞良


(管令職:原山和盛)

大四位下 原山 刑事卿 明和盛


(管令職:元 松波日弥守)

大四位下 松波 財務卿 彰成輔


(国事参政:佐田影義)

大五位下 佐田 左都警司 明影義


(国事参政:元 隆真田大記)

大五位下 隆真田 民事大補 彰明乗


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


即位式は恙無く終わった。


雪が降り始めた。3月の雪。みるみるうちに、城の庭園を白く染めていく。


雪は何も言わず、ただ、深々と降り積もるばかりだった。


春は直そこまで来ているというのに。

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