荒野の村へと


「まったく、どうかしている……」



 馬車の幌屋根の下、プレートアーマーに身を包んだ騎士のウェッダ様はそうぼやきます。

 膝のうえに腕を乗せるようにして座って、忌々しげに目を尖らせていました。


 エレイナ様が平原の村に訪れてから数日。

 荒野の村の再建に携わることとなった私たちは、準備を済ませた後に侯爵領へ向かうよう手配された馬車へと乗り込んで、現場となる荒野の村を目指していました。

 エレイナ様の志を買ったアヴェリア様はご意向を固め、侯爵領へ赴くことを決めました。

 私とウェッダ様は、それに付き従う形でお供することと相成りました。


 

「フィーナ、お前は別に来ずとも良かっただろうに。なぜ着いて来た?」


「まぁ、案内人ですから」


「案内人? 侯爵領の案内ならエレイナ様にお任せすればいいだろう」


「道案内ではなくてですね……」


 

 村での誓約祭の日、花畑に呼ばれた私はそこで、アヴェリア様の「案内人」として取り立てられました。

 その「案内人」というのは、いわゆる商人が侍らせている秘書のようなもので、相談役といった解釈が一番しっくりくるような気がします。

 平原の村の再建にあたっても、あれから粉ひき小屋の改修や公騎士連隊の規律の見直しなど、できることはやらせてもらったつもりですし。

 それもこれも、アヴェリア様が「もっと村の暮らしを楽にしたいわ!」と私にご相談なさってのこと。

 私はアヴェリア様の案内人として、彼女の望みのために彼女がなにをすればいいのか、それを隣で教えて差し上げなければなりません。

 忠義とも友情ともとれるような心持ちですが、どっちにしろ同じことでしょう。



「要はフィーナが難しいこと代わりに考えてくれるから、私に勉強は必要ないってこと!」


「それはちがうでしょう」「それはちがいます」


「こういうときだけ息ぴったりになるのやめなさいよ!!」


「ふふっ、賑やかで楽しいですわね」


 

 分厚いローブを膝にかけているエレイナ様は、クツクツと喉を鳴らします。

 細枝のようでいて透き通った肌色の指の背を口元に、西洋人形が生きていたらばこうだろう、と言わんばかりの優麗さの笑顔でした。

 板材を張り合わせたうえにボロキレの布を幌にしているようなこの質素な馬車で、彼女だけが異質に見えてしまうほどに。

 私はまずその膝のローブを見て、ふと疑問に思っていたことを思い出しました。



「僭越ながら、どうしてエレイナ様は公騎士連隊からお隠れに?」


「今回の訪問は、侯爵家としての正式な外交ではないからですわ。グラント家の人間としてではなく、あくまで個人として領地を渡ったため。こうしてあなたたちを連れて行こうとしているのも、侯爵にはお伝えしておりませんの」


「まぁあのジジイ、あんたが言ってた殊勝なこと、お世辞でも言うわけなさそうだものね」


「それにわたくしは『継戦派』の家の人間ですもの。この行動がバレれば裏切りと捉えられかねません」

 

「確かその、『継戦派』と『和睦派』と言っていましたよね? それはいったい……」



 エレイナ様とウェッダ様のお話に出てきていた、なにかの派閥であるらしいそれの詳細を、私は詳しく知りません。

 おそらく貴族社会における政争のようななにかだということは大方見当がつきますが、いったいなにを巡って争っているのでしょう?

 その疑問に答えてくださったのは、ガチャリと鎧を鳴らしたウェッダ様でした。


 

「この国が現在、ハムナス王国と戦争していることは知っているな? 単純な話だ。王国と和解して戦争を終わらせようとするのが『和睦派』、勝利以外認めないと意気地になっているのが『継戦派』」


「え? そんなの和睦以外にないじゃないですか。こんなに長く続いている戦争ですよ? いつ終わるともしれないこんな戦いに明け暮れていたら、そのうち国ごと崩壊することになりかねません。貴族としても、国がなくては威張ることも適わないはずじゃないですか」


「大精霊の加護が、初代サンチャイルド公爵の遺志が、死んでいった祖先の執念が、我々を救ってくださるそうだ」 


「空しい建前ですわね。本当は王国への戦意を絶やさない公爵にすり寄るため、そう言い張っているだけだといいますのに」


 

 はぁぁ、と二人そろってため息をつく姿は、先日あれだけ真っ向から言い合っていた仲だとは思えません。

 私たち……といっても、主にアヴェリア様のためにでしょうが、私たちを守るためとはいえ、侯爵令嬢を相手にしていたウェッダ様。

 良くも悪くも騎士然とした方ですし、上の身分の人間に異を唱えるというのは意外でした。

 けれどもこうして見るとエレイナ様が和睦派に近い考えなために、根本的には気が合うのかもしれません。



「というか、こういう貴族然としたことをなんで、アヴェリア様が知らなかったんですか」


「いいじゃない! あんただって知らなかったんだから!」


「お嬢は今までにも学ぶ機会はあったじゃないですか。そのたびに逃げ出して不意にしてしまっただけで」


「キィィィィィィィッ!!!」



 アヴェリア様の悔しがりようと言えばそれはもう激しいもので、ここが馬車の中でなければ間違いなく地団太を踏んでいたであろう勢いで両の拳を上下に振っています。

 これほど煽っておけば負けず嫌いのアヴェリア様は、今後はきちんと勉強に身を入れて下さるでしょうか。

 ウェッダ様と視線をかち合わせると、ウェッダ様は肩をすくめて見せました。



「楽しいひとときでしたわね。ですがそろそろ目的地に到着するようです。荒野の村が見えてきたみたいですわ」



 指の背でこぼれた笑い声をすくうようにするエレイナ様がそう仰られ、私たちは御者席を通して前方を眺めてみます。

 ひび割れた地面が続いていながら、空は薄黒く、息を吸い込むとなんだかカビのような香りがする気がします。

 そんな環境におかれながら、遠くに見える村はポツンとそこにありました。



「……ねぇ、荒野の村の村人さんって、魔物なの?」


「と、言いますと?」


「お嬢、平民とはいえ魔物呼ばわりはさすがに……」


「そうじゃないから! 速度をあげてくれる? ……いや、やっぱり停めましょうか、馬車はここに置いときましょ」



 ジッと村を見つめているアヴェリア様の様子が尋常ではなく、額に戦慄の冷や汗が一筋流れていったのを見届けて、私たちは固唾を飲みました。



「なにが、あったんですか……?」



 私が聞くと、アヴェリア様は所在なさげに指を組ませて、言いました。



「魔物の群れが、村を襲っているわ」



 遠くに見える村は、荒野のなかにポツンとありました。

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