矜恃、説得、お友達
「それでうまくいくのね?」
私が全容を話すと、アヴェリア様は問いました。
「はい。公爵殿下であればきっとお気に召してくださるかと。というより、お気に召していただきたいところですね」
「ならなにも言うことはないわね! 褒めて遣わすわ!」
カラッとこともなげに私の採択を信じてくださることになり、アヴェリア様は「さて」と気を取り直して視線を下ろしました。
ドレス製作については苦戦が続いているようで、手にしている青い亜麻布よりも上質そうな絹の指先から、赤い傷跡が見えました。
「アヴェリア様、やはりそのドレスを……」
「ダメよ! 私が自分でやらなくちゃ! フィーナは役目を果たしたのに、張本人の私が成果なしなんて!」
すっかり意気地になってしまっているみたいで、アヴェリア様は再度縫い針を手にします。
そのおぼつかない手の動きではおそらく、誓約祭に間に合いはしないでしょう。とはいえアヴェリア様は、一度こだわり始めたことを曲げることなどそうそうないお方。
説得するというのはかなり骨が折れます。
「まったく……わがままのくせに、変なところだけ真面目なんですから」
「だって私は貴族だもの」
「私はアヴェリア様の案内人です。貴族というのは弱きを支えるものだと聞きました。ですが貴族の臣下とは貴族を支えるもの。それを拒否するのは高貴というよりも、上手く私を扱えていないにすぎません」
私はアヴェリア様が手本に見ていた母親のドレスを拾い上げ、突きつけました。
彼女の意気地で拒否されましたが、今度という今度はそうも言わせません。
詭弁を弄し、私はアヴェリア様に詰め寄って無理やりにでも納得させようとしました。
「アヴェリア様にはアヴェリア様の目的があるのでしょう。貴族なら臣下に命令して上手く使いこなしてください。そうして初めて、力ある貴族として弱き民を守れるようになる。ちがいますか?」
「ぐ、ぐぬぬぬぬ……」
言い返す言葉をなくしたアヴェリア様は、しかし大人しく受け入れるのは難しそうにしています。
彼女の心を曲げるのなんてやはり、一筋縄ではいかないということでしょう。
だったら、と私は説得の方向性を変えてみることにしました。
「それに私、なにもアヴェリア様にこれをお貸しするのが嫌だなんて一言も言ってません。ここまで来たらとことん付き合って差し上げてもいいとさえ思っています。それだけ私、アヴェリア様と仲良くなってしまいましたので」
思えばアヴェリア様と出会ったあの日から、父と母を想って花を摘むことが少なくなっていたのも、アヴェリア様のお世話で忙殺されていたからという理由で片付けるには少し違和感がありました。
アヴェリア様と過ごす日々が、いなくなった両親と決別しきれないままだった私のことを、前に進めてくれていたのです。
それに気がついた私は、いまになってはっきりと、アヴェリア様のことを放っておけなくなっている自分を確信したのでした。
「私はあなたの力になりたい。命令だからじゃなくて、あなただから。アヴェリア様だからなんですよ。だから私のために、あなたの矜持もいまは私に預けてください。できないことはできないと、私を頼ってください。どうか、どうかお願いします」
頭を下げるとアヴェリア様は驚いたように私の肩を掴んで、顔を上げさせようとしました。
それでも私が頭をあげないので、アヴェリア様はぶんぶん前後に揺らします。
「ちょっと、顔あげなさいよ! な、仲良しってことは、つまり、その、あれじゃない!」
「あれ、ですか?」
「お友達って認めてくれたってことじゃない!」
「……まぁ、はい」
いまいちそういうふうに言われるとなんだか違うような気もしますが……でも、アヴェリア様的にはとても喜ばしく気恥ずかしいようでした。
それならそれで良いでしょう。
私とアヴェリア様との関係は、従属だけのものではないということには変わりないのですから。
「お、お友達って初めてできたんだけど、なんか恥ずかしいわね」
「いまさらなにをおっしゃってるんですか……」
「だってだって! そんなふうに言ってくれるなんて思ってなかったし……なんか、私のこと大事だって思ってくれてるのってなんだか……!」
「……」
絶対にそこまで気にすることでもないはずなのですが、アヴェリア様の話を聞いているとこちらまで恥ずかしくなってきてしまいました。
私はそのままドレスをアヴェリア様に押し付けて、今日の晩御飯の準備を始めました。
◇ ◇ ◇
数日後、アヴェリア様をお迎えする馬車が早朝に訪れました。
そこからウェッダ様が現れると、目の前に立っていたアヴェリア様の姿に目を見開いて口を開けました。
「いったいどこでそのような……」
「上物でしょう? ……じゃなくって! 来るなら来るって連絡よこしなさいよ! 準備も急がなきゃいけなかったじゃない!」
「確かに、お嬢お一人ではドレス一つまともに着られませんからね。……ところであの村娘は、一緒ではないのですか?」
ウェッダ様は辺りを見渡しますが、朝の村には誰一人として外を出歩いてはいません。
その疑問にはアヴェリア様が答えました。
「いまはまだ眠ってるわ。当然よ、まだ太陽が昇ってそう時間も経ってないのに」
「騎士は太陽とともに目を覚まします。やはり下賤の民は怠惰なものですね」
この場にいない人物に対しての嫌味を言うほど、ウェッダ様は卑しい身分の民を見下していらっしゃる様子です。
アヴェリア様はむすっとしながらも馬車へと乗り込みました。
そしてそれと同時に貢物についても思い出し、そこにあるそれを指差してウェッダ様に言います。
「あ、あとそこの木箱。貢物だから一緒に持ってきなさいよね」
「……独力で、という話ですが?」
「だったらあんたが私を迎えにきたのもおかしいじゃない。どうせお父様には内緒で来てくれたんでしょ。だったらこれくらい運んでくれてもいいじゃないの」
「……これくらい?」
困惑するのもそのはず。
ウェッダ様の目の前にあるのは人の背丈ほどにもなるくらい、巨大な巨大な木箱だったのですから。
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