お風呂をお掃除

 結局、掃除はするということで話は決着したのですが、ここでとんでもないことが発覚しました。


「掃除の仕方がわからない……?」

 

「だって側仕えが全部やってくれてたもの」


 さすがはお嬢様、だなんてことは言えず、私が一から掃除のイロハを叩き込むことになりそうです。

 バケツやホウキ、雑巾を用意して、私は服の袖をまくりました。


「これもアヴェリア様に私の苦労を思い知らせるためです……」

 

「なにか言った?」

 

「アヴェリア様に気持ちよくお風呂に入っていただくためです」


 ささっと私はホウキを手に取って誤魔化しました。


「服の袖はまくった方がいいの?」

 

「そりゃあ、服が汚れちゃいますし」

 

「体の汚れには無頓着なのに、服が汚れるのは気にするのね」


 アヴェリア様の指摘で「確かに」と無意識の行動に気が付かされつつ、しかしそれとは別に合理的な理由も思いついていました。


「体の汚れはすぐに落ちますけど、服の汚れは落ちにくい上に目立ちやすいですからね」

 

「そっか、あんまり考えたことなかったけど確かにそうだわ」

 

「……アヴェリア様は側仕えがやってくれますもんね」


 この調子だと他の雑務も軒並みダメそうですね。間違って料理なんか任せなくて正解でした。怪我の恐れがあるうえに食糧まで無駄にされては普通にとりかえしのつかない事態になっていた可能性もあります。

 気を取り直し、私はそんな無知なアヴェリア様に掃除についてお教えします。とは言っても、教えるようなことなんてそうないのですけど。


「まず床の埃や軽いゴミは、ホウキを使って掃き出します。この毛がゴワゴワしたようなのがホウキです」

 

「それくらいは知ってるわよ! 使ったことはないけど!」

 

「壁や細かいところなどはこの雑巾をバケツの水で濡らし、汚れが落ちるまで擦ります」

 

「それも知ってるわ! 使ったことはないけど!」

 

「これであなたもお掃除マスターです」

 

「やったわー!」


 フィーナのお掃除教室、終了。

 これ以上なにをお教えすればいいというのでしょうか。ふざけているようですが、これはそうならざるを得なかっただけなのです。


「とにかくまずはやってみましょう」


 まずは最初の玄関口にまで戻ります。

 改めて見てもやはりひどい有様です。建物自体の劣化は見られませんが、机だったものや木棚だったものがあちこちで崩壊してその木片を床に散らばらせています。ホウキを使う前にまずはあれらを片付けなければ話にならなさそうでした。


「私はホウキ係ね!」


「アヴェリア様も運び出してください」


 残骸の中でも特に大きなものは二人で運び出しました。


「疲れた……」

 

「まだ掃除は始まってばかりですよアヴェリア様」


 粗方目につく邪魔なものは全て外へと運び出し、近くの川辺に積み上げておきました。ひぃひぃ息切れしているアヴェリア様に私は満足しながらも、次はホウキを手に取り部屋を見渡します。

 ……あ、またネズミいた。

 私は素手で摘み上げました。


「いやああああああああああああ!?」


 アヴェリア様はやはりこの世のものとは思えない叫び声をあげます。ネズミ……見た目は虫よりかはマシですし、病気も噛まれさえしなければ心配もいりません。なのにどうしてそこまで怖がらなくてはならないんでしょう。そこまで怖いものではないはずなのですが。


「――天地を司りし精霊たちよ。季節を運ぶ恵風の申し子たちよ。汝が力を我が身に宿し、大いなる自然の断片を行使することを許したまえ。寄りて集まりし嵐の目よ、礫となって放たれなさい!」

 

「ちょ」


 それは本能でしょうか。危険を察知した私の体は自然とネズミから手を離し、宙を舞うネズミはアヴェリア様にその人差し指を向けられていました。

 アヴェリア様を中心に、台風のような風が吹いていました。


「【エアショット】ぉぉぉぉぉぉッ!!」


 空気の弾丸。まさしくそう形容するにふさわしい現象が今の瞬間に起こりました。

 指の先端から発射された空気の塊。それは私のスレスレをいき、宙を舞っていた哀れなネズミに直撃し、暴力的な風圧で殴り飛ばされたネズミはボロ雑巾のように吹き飛ばされ、呆然としていました。


「……」

 

「はぁ……はぁ……」


 命からがら、とでもいうふうな様子で息を切らしているアヴェリア様は、額の汗を拭って一呼吸置いてからキッとこちらを睨みつけます。


「ネズミがいるならいるって言いなさいよ! びっくりして魔法使っちゃったじゃない!」

 

「たかだかネズミにそんな大袈裟な……っていうか、魔法ってそんな反射で出るものじゃありませんよね?」


 魔法。それはこの世界における代表的な異能の一つ。異能はそれぞれ信仰によって与えられるものが異なっていて、その中でも精霊信仰を国教として定めているこのサンチャイルド公国の貴族たちは、それぞれの大精霊と契約することによって魔法という力を一族に与えられているのです。

 魔法は自然を操る力。こと辺境伯家であるバーバル一族は風の大精霊と契約を結んでいるのでした。

 

「ネズミは見つけ次第即退治。私の本能に刻みつけられているの!」


 そのような壮大で尊大な力を、アヴェリア様はネズミ相手に使用しています。力量差がありすぎてネズミが可哀想です。

 私は気絶したネズミの尻尾をまた摘み上げてから、ポイと外に捨てました。


「やっぱり無理! こんな場所にいつまでもいられないわよ!」

 

「そんなこと言ってたらこの村で生きていけませんけど……」

 

「ネズミよりはマシよ!! ネズミなんかネズミなんかネズミなんかぁぁぁ!!」


 石畳の床に足を打ちつけ地団駄を踏むアヴェリア様。彼女なりの精一杯の不満の主張はまぁ可愛らしいものですが、この状態のままこちらも譲歩しないと一生続けているのが彼女の恐ろしいところです。


「やだもう帰る! おうち帰る!」

 

「……お風呂」

 

「入るぅぅぅ!」


 根比べで私がアヴェリア様の頑固さに適うはずもなく、アヴェリア様はそのまま部屋を飛び出し、私の家へと駆け出していったのでした。

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