第16話 ガンダ・ダンジョン➁
道路を歩き、僕らは洞窟にたどり着いた。
「あんましモンスター出なかったねー」
ノーノさんが腕を頭の後ろに組む。
「あのデカい猿みたいなのだけかい、しょーもなっ」
アルスさんが剣を振り回した。
「途中、おっきなモンスターの死骸がすっからかんに食べられてましたから、もしかして腐肉食の方が多いみたいっ」
マリーさんがカルロ君に嬉しそうに言う。なんでだ?
「ご丁寧に看板まで立てられてらぁ」
アルスさんが看板を見ろとばかりにコンコンと蹴った。
……なんか簡単にここまで来れたな……。
でも、それだと逆にプリシラさんは、どうして帰って来てないんだ?
何か運悪く強敵と出会った? もしくはこの洞窟内で?
「ニシヤム、行くぞ。中はふたりで前線で戦うぞ」
「は、はい」
僕はアルスさんの横に並んで歩き出す。
「ノーノが後ろだ」
「はーい」
ノーノさんと僕らでマリーさんとカルロ君を挟む形に変わった。
なんの考えだろう、僕じゃ不安だからかな。
アルスさん達が鞄から松明を取り出した。3人が火を点けると、僕を一斉に見てくる。
「ニシヤム、お前も出せよ」
「いや、忘れました」
「……」
アルスさんが無言で、目を細めて見てきた。
「もう良い、行くぞ」
え? 呆れられた?
僕らは洞窟内に入って行く。
「モンスターの気配はないな……」
アルスさんがつぶやいた。
たしかに中は物音ひとつない。
中は真っ暗で、じめじめしている……天井は高く、虫か蝙蝠がいっぱいいそうだ。
ほとんど真っ直ぐな下り坂を歩いていると、やがて入り口も見えなくなった。
「ああああっ」
急な苦悶の声に僕は振り向く。
「カルロ君、痛むんだねっ?」
「ああああ、がああああっがああああっ」
カルロ君が悶絶しながら蹲った。
「魔法を使うから、ちょびっとガマンねっ」
マリーさんが目を瞑って。呼吸を整えだす。
「おいニシヤム、なんかあるぞ」
アルスさんの呼ぶ声に振り向くと、少し先の方で松明で道に落ちているものを照らしていた。
「こりゃあ……レイピアだ」
アルスさんが拾って僕に見せてくる。
レイピア……たしかプリシラさんが腰に差してたのもレイピアだったな。
「……もしかしたら、プリシラさんのか――」
「――ピギィィィーー!!」
耳をつんざく泣き声が洞窟内に響く。
同時に、大きな蝙蝠のようなモンスターが頭上から降ってきた。
豚っ鼻の下にある大きな口から牙をむき出しにして、鋭い鉤爪を振り下ろす。
アルスさんの頭から真っ赤な血が吹きだした。
「ピギィィィーー!!」
歓喜の声のようにモンスターが鳴く中、頭を殴られた衝撃でアルスさんの体が、突き飛ばされて飛んできた。
僕は咄嗟に後退した。
「ぐああっ、くそっ、痛てぇぇぇぇえっ!」
アルスさんが顔を抑え、足をジタバタさせる。
「ピギャィィィーー!!」
モンスターは腕をめいっぱい広げ、牙をむき出しにして突撃してきた。
手足の鋭い鉤爪を振り下ろす。
「せいやっ」
ノーノさんが後ろから飛び出してきて、モンスターに飛び蹴りを繰り出した。
「ピャァァァァーー!!」
蹴りを顔面に食らって、モンスターが後方へと突き飛ばされる。
「アニキッ」
ノーノさんはアルスさんに駆け寄った。
今度は当たったっ。
「だいじょーぶー?」
「頭がくらくらする、めまいが……傷を治してもらわんと……立つことも、くそっ、くらくらしやがるっ」
アルスさんの顔を抑えている手から血がポタポタ流れ出ている。
「アニキッ、もう1匹来たっ」
背後からマリーさんが叫んだ。僕ら3人は一斉に振り向く。
魔法チュナの白い布を持っているマリーさんの向こうに、もう1匹モンスターが立っていた。
「くそっ挟まれたぞっ、ノーノ早く戻れ!」
アルスさんが叫ぶ。
「ピギャィィィーー!!」
その時、ノーノさんの飛び蹴りを食らったモンスターが叫んだ。そしてまた、牙をむき出しにして、突撃してくる。
「くぅっ」
ノーノさんが構えて、迎え撃つ体勢を取った。
モンスターが鍵爪で切り裂こうとするのを、ノーノさんが躱しながら応戦していく。
「ノーノ!」
アルスさんは倒れながら剣を引き抜こうとして、うまくできずにいた。
「私は大丈夫! それよりマリーを!」
ノーノさんが叫ぶ。
……アルスさんは動けない……。
「僕が行きます!」
僕は剣を振りかぶり駆け出した。
マリーさんとカルロ君の元へ向かっていたモンスターが僕に視線を移す。キッとその眼で睨みつけてきた。
途端、僕に向かって飛び掛かってくる。
モンスターは両手の鈎爪を振り下ろしてきた。
僕は無我夢中で刀を振る。
刀は鍵爪と当たって、甲高い音を出した。そしてそのまま、刀はモンスターの指を切断していった。
「ピギャー!!」
モンスターが後退した。
「おおおぉぉぉっ」
僕はまさか切断できたことに驚いて後退する。
「おーっし、行くぞぁぁぁ」
僕はモンスターに突撃した。もう一度刀を振りかぶって、痛がるモンスター目掛け振った。
モンスターはスッと後退する。
刀が空を切った。
「ピギギィィィ!」
避けたモンスターは、瞬時に攻撃に転じてきた。鉤爪が振り下ろされる。
「うぁっ」
僕は刀でガードした。
「ピグィィィー!」
モンスターの爪と鍔迫り合いになる。
「こんのっ」
ギギギ、キキキと音を立てながら僕はモンスターを押していった。
……なんだよ、大した事じゃないかっ。力はそんなにないかっ。
「ピギャー!」
モンスターが叫びながらサッと躱して、僕の側面に回った。
「この野郎っ」
死角に行かせるわけにはいかないと、追いかけていく。
刀を振り向きざまに薙ぎ払った。
「ピギャャー!!」
刀はモンスターの体を切り裂く。青い血が飛び散った。
「ピギャャャーー!!」
モンスターは悲鳴を上げながら、地面をのた打ち回る。
「やったっ、やりましたよ!」
僕は振り返って声をかけた。
その僕の目に、服がボロボロになって倒れているノーノさんの姿が目に飛び込んでくる。
アルスさんは這いつくばりながらもモンスターの前に立ちふさがって、ノーノさんへと近づけさせまいとプンプン剣を振っていた。
モンスターは鍵爪を振りかぶって、アルスさん達にじりじり近づいている。
「やめろぉぉ!」
僕は刀を振りかぶって助けに向かった。
アルスさん達を襲おうとしていたモンスターが、すぐに僕が突進してくるのにも気づいて振り返る。
瞬時に牙をむき出しにして突撃してきた。
……間合いに入ったら、さっきみたいに一気に切り落としてやるっ。
僕とモンスターの距離はぐんぐん縮まる。
そして同時に間合いに入ったらしい。
僕が刀を振り下ろすのと、モンスターが鍵爪を振り下ろしたのは同時だった。
でも僕の方が振りの速度が早かったみたいだ。
刀がモンスターの首から下腹にかけて切り裂く。
「ピギャァァーー!!」
モンスターの断末魔が洞窟に響いた。
「はぁはぁ、はぁはぁ……」
息が切れて、しばらく僕は動けなくなる。
「さすが……300越えだぜ……」
アルスさんが僕を見て、力なく笑っていた。
「アニキ、ノーノ、今すぐ治療するよっ」
マリーさんがアルスさんに駆け寄る。
「西山さん、カルロ君を少し見ててっ」
「ああ、わかった」
カルロ君を見ると、いつの間にか安らかな顔になって地面に寝ていた。
……え、死んでる?
「カルロ君は、大丈夫なんですか?」
慌てて尋ねる。
「それが……」
マリーさんは俯いた。
「……もう……病気の進行が……ここまでくると、意識を失っちゃって……それから、眠ったように死んじゃう……」
……ああ……まだ生きてるということか、とりあえず良かった……。
「じゃ急がな――」
「――ガァァァ、ガグァァァアアァァァァァァァァァ」
なんだ!?
その時、洞窟の奥から鳴き声がしてきた。
「ガグァァァアグアァァァググァァァァァァ」
松明の光が届かない暗闇の向こうから、何かがこっちに来ている。
「アニキ……」
マリーさんが震える声を出す。
「ノーノを避難させろ! それから回復を早くしろよっマリー!」
アルスさんが叫ぶように命令した。
「う、うんっ」
マリーさんが倒れているノーノさんをこき起こす。
「ううぅ……ごめんよー、マリー……」
口を震えるように動かして、消えるような声でノーノさんは言った。
マリーさんがカルロ君の近くまで移動させるのを横目で見ながら、僕は落ちている松明を拾って、アルスさんの元へ向かう。
「ニシヤム、悪いが戦力はお前ひとりだ。俺らが回復するまで耐えろ」
「はい」
と返事してた時、暗闇の奥から、黒く皺だらけの長い腕がぬっと出てきた。
「グアァァァググァァァァァァ」
……気色の悪い鳴き声だ……。
僕はアルスさんの前に出て、刀を抜いて構える。
細長い皮と骨だけの腕、長い二の腕の先は暗闇で肩が見えない、相当長いぞ。
肘を曲げ、6本の長い指のある手で地面を掴みだす。
それから、また長い腕がもう1本ぬっと出てくる。黒い皮膚が月明かりに怪しく光っていた。肘を曲げて、グッと地面を掴む。
……まさか足、か? ……手みたいだ、いや、両方を兼ねているのか……?
暗闇の中から、またもう1本の長い腕を出てきて、地面を掴む。
ゆっくり近づいてくる……。
「マリー! 早く回復を急げ!」
アルスさんが叫ぶ。マリーさんはチュナの白い布を出しているところだった。
4本目の腕が出てきて、松明の明かりにさらされる。
そのあと本体が、ぐいっと、出てきた。
「ガァァァ、ガグァァァア」
モンスターが鳴き声を出して、鋭くとがった牙をガチャガチャさせている。
5本目、6本目と腕を出し、地面を掴んでこっちに向かってきた。
やがてモンスターの体全体が明かりに照らされる。
その体は8つの目と8つの腕が生える頭胸部、細い腹、袋状の腹部からなっていた。
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