第4話 一方その頃、チピット族の女戦士プリシラは

 ああ、あぷなーい。1件だけあって良かったー。


 知らしを受けれたことに安堵して、胸をなでおろしていた。


 ギルド本館から出たプリシラ・ペルヴィスは、そっと依頼カードの報酬欄を見てみる。


 10000エーンかー……。


 ……カルロが止まっている宿代が7000エーン、2人分の食事もして、となると、ギリギリ……ギリギリ、足りる……かな……。


 プリシラはお腹をなでる。


 ……ううぅぅ、朝から何も食べてない……お腹減ったぁ。


 カルロを救わなきゃならないって急いでたら、お財布を落としてしまうなんて……やってしまったわー……。

 

 空腹に耐えつつ、依頼カードをポケットにしまい、プリシラはギルドの庭を横切り、隣接するゲート館に入る。


 円柱の建物に入ってすぐの壁にあるマップで、プリシラはメイ・ダンジョンへと続くゲートを調べ、3階の5番ゲートへと向かった。


 5番ゲートの縁には、『スライムの群れが発生、通行禁止』と赤い文字で書かれた張り紙が貼ってある。


 それを横目で見つつ、プリシラはゲートを潜った。瞬間、目の前にメイ・ダンジョンの緑豊かな草原が広がる。


 プリシラは早速見渡して、スライムを探してみた。


 ……スライムって、あれよね、丸いぷにょぷにょしたやつよね……私の国ではいないモンスターだから、これが初対戦ね。


 ……うーむ、見渡す限り動くものは何もいないわね……もっと奥かしら……。


 プリシラは草原を駆けだす。


 早く、フェニッグの体液を飲ませなきゃならないってのに……。


 それには仲間も集めないと……難関のガンダ・ダンジョンの、その奥地まで行くとなると、私ひとりでも、きつい……でしょうね……。


 ……そこをカルロを連れて……行く……失敗はできない、やはり仲間は必ずいる……。


 あああっ、その仲間への報酬代も財布に入ってたのにぃぃぃ……。


 ぐおおっ、カルロが苦しみに耐えているというのに、余計な仕事をしなくちゃならないとかっ、くぅぅ、なんてことをしてしまったの私は……ああ……。


 と自責の念にとらわれていると、視界の隅にぷにゅぶにゅしたモンスターの姿を捕らえた。


 遠く、丘のところで丸い半透明の群れが草原を横切っているのが見える。


「見つけたっ、ぷにょぷにょした体の丸いモンスター、あれで間違いないわっ」


 ちゃっちゃっと片付けて、ごはん食べて、宿に泊まって明日に備えるっ。


 プリシラは呼吸を整え、魔力を高めた。


 両手をパチンッと叩く。


「――風勁!」


 それを合図に、ペルヴィス剣術のスキルが発動した。


 両脚に魔力が集中し強化され、プリシラは突風のように草原を駆けだす。


「一気に決めてやるんだからっ」


 プリシラはレイピアを抜き、スライムの群れに突撃した。


 あっという間に、目の前に現れるプリシラにスライムが驚いて、ぷにょぷにょした体を振るわせる。


 何この、ちっちゃくていかにも弱そうなモンスターはっ。


 プリシラが笑った。


 こんなのの群れなんて、なんでみんな怖がるのよっ。ちゃちゃっと終われそうねっ。


「せいっ」


 プリシラがレイピアで突いた。


 しかし、スライムの体はぷるんっとして、水を突いたみたいに手ごたえがない。


 鋭い切っ先が突き刺さったスライムが体をぶるぷるさせ、レイピアを体の外に出した。


「なっ!?」


 効いてない!?


「くっ、今度こそっ」


 ちゃんと狙いをつけてっ。


 プリシラは、もう一度スライム目掛けレイピアを薙ぎ払った。眼にもとまらぬ速さの斬撃がスライムの体に直撃する。


 しかし次の瞬間ぷるんっとして、スライムにはまたもや斬撃は効かなかった。


「そそ、そんな馬鹿なっ!?」


 どうなってるの、こいつ!?


 とその時、落ち着きを取り戻したスライムたちが一斉にプリシラへと飛び掛かる。


「なんなのこいつらっ」


 プリシラは、そのあとも斬撃を繰り返すが、ぷにょぷにょするスライムの体に傷一つつける事が出来なかった。


「何なのよ、このモンスター!」


 スライムたちが容赦なく襲い掛かるのを、スッスッと避けながら苛立つプリシラへは、


「ぐっ、なめんじゃないわよっ」


 効かないわけないわけないっ、体は水みたいでも本体はあるはずっ。


 神経を研ぎ澄まし、レイピアで飛び掛かってきたスライムの体の中心の黒い点を突いた。


 この黒いトコが怪しいっ。


 ぐにょりとスライムが突き刺さったレイピアで、そのまま次に飛び掛かってきたスライムの体を突く。


「へっへっへ」


 プリシラが不敵に笑った。


 レイピアを大きく振って、刺さったままのスライムを地面にたたき落とす。たたきつけられたスライムは、そのままピクリとも動かない。


「なるほど、そういう事ね……」


 プリシラはレイピアを握り締める。


「めんどくさい敵……何体いるのかしら」


 スライムたちがプリシラに飛び掛かった。プリシラは狙いをすましてレイピアを薙ぎ払う。


 黒い点目掛けて薙ぎ払われたレイピアの後に、真っ二つになったスライムの死体が転がった。


「どんどん来なさいっ」


 その言葉通り、スライムたちがプリシラへと襲い掛かる。


「うらあぁぁぁ」


 プリシラは目にもとまらぬ速さの剣撃で打倒していった。


 10、20、……、プリシラは数を数えていく。スッスッと攻撃してくるのを避けながら、レイピアを振っていった。


 40、50、……、あの跳ね回るスライムの黒い点を狙いすますのは、なかなか難しい。プリシラ自身が数えたら10回中7回の命中率だった。


 60、70、……、だんだんと剣撃のスピードが落ちていった。疲れと共に狙いが外れることも多くなる。10回中3回まで命中率が減っていた。


 80、90、……、スライムの数が、ほとんどいなくなっていた。


「91、92、93、ラストぉおおお!」


 プリシラは叫んで、最後の1匹を力強くぶった切る。ぷにょぶにょの体が真っ二つになって、地面に落ちた。


「ぜぇぜぇ……94匹、全部、退治したわよ……はぁはぁ……」


 息が切れたプリシラは膝をついて、呼吸を整える。


「さすがに、避けながら……剣撃を繰り返し続けるのは、辛いわね……ぜぇぜぇ……」


 ……まさかと思うけど、まだ群れがいるってことは、ないわよね……。


 プリシラは丘の上へと登って行った。


 ……まさかね……一応ね……。


 これが群れの一部ならどうしよう、内心心配しつつ丘の上に上がり、辺りを見渡す。


「なに、これ……」


 プリシラは絶句した。


 今まで戦ったのは、スライムの群れの一部だったのだ。


 スライムの死体がずっと、道なりに続いている。


 ……いったい誰が、したっての……。


 プリシラは死体が続く道を進んで行った。


 ……私が戦ったのは、群れの残党って事?


 途中で死体はなくなった、だけれど、きっとスライムの群れをほぼ全滅させた人物がいるはず、とプリシラは道を進んで行く。


 すると虹色のカーテンみたいな魔力の壁に囲まれた休憩所が見えてきた。


 プリシラが中を覗くと、筋骨隆々な厳つい男が目に入る。


 ……顔に傷がある……どうやらスライムを倒したのはこの人ね……。


「ちょっと、そこのあんた」


 プリシラは臆してはならないと、気丈をふるまおうとふんぞり返って呼んだ。


「あん?」


 プリシラの横柄な態度に男はムカッとしたが、よく見れば相手が女の子とわかると気持ちをやわらげた。


「ちょっと聞きたいんだけど」

「お嬢ちゃんここまで、誰と来たんだ?」


 男が水晶の調整を一時中止し、プリシラの元へと走る。


「スライムが大量発生してんだよ。道中、大丈夫だったのかい?」


 男は優しく言うと辺りを見渡し、保護者を探した。誰もいないのを確認した男は、プリシラを叱るように見る。


「まさか、ひとりで入り込んできたんじゃ、ないだろうな?」

「何言ってんのよ、私がそのスライムの群れの駆除をしに来たんだけど?」

「がはは、何言ってんだ、お嬢ちゃんがか?」


 バカな嘘を言うと口を開けて笑う男に、プリシラはムカっと眉間に皺を寄せた。


「チピット族よ」


 プリシラは首のタグを見せつける。


 もうっ、いちいち、これをしなきゃならないの私はっ。


「あーチピット族の人……初めて見た……」


 男は興味深そうにプリシラをなめるように見る。


「スライムは、お前の国にはいるのか?」

「え? いないけど?」

「じゃ教えてやる、あいつは急所に当たらない限り倒せないモンスターだ。そこを攻撃できれば簡単に倒せるが、狙いを付けて攻撃しないと倒せねーという、そんな特徴がある。だからだ、スライムが群れると、集団で繰り出してくる攻撃をかわしながら急所を突かないといけねー、難易度が跳ね上がる」


 男の説明に、プリシラはうんうん頷いた。


「そうだった、そうだった……ほんとに大変だった……」

「なんだ、もう戦ったのか?」

「群れは全滅したわ」

「おおっ、やるなチピット族の人!」


 男が仰け反って驚いた。


「でも私じゃないの」

「ん? どういう意味だ?」


 男が首をひねる。


 ……言動から、どうやらスライムを倒したのはこの人ではないの?


 ……でも、筋骨隆々でたくましいし……一応……。


「あんたがやったんじゃないの」

「いんや、違う。冒険者じゃねー、こう見えて俺はただの整備士だ」


 と大きな二の腕の力こぶを見せつけた。


「そしてこの顔の傷は、かみさんに包丁で斬られた傷だ」


 厳つい男は親指で顔の傷を指し示す。


「浮気しちゃってよ、まったく困った女だぜ」


 厳つい男は照れ笑いをした。


「……、……じゃ、ここに来た人がいるわよね、その誰?」

「今日は誰も来てないけどな。スライムがいるから通行禁止にしてくれってギルドに行ったからな。張り紙が入口になかったか?」


 プリシラは考え込む。


 ……じゃ……ここまで死体の山が続いて、ここに寄らずにどこかへ?


「朝一番に俺は来て、ここの故障に気付いて修理してる途中も誰も来なか……あ、そういや水晶を運んできた奴がいたな、そいつだけだな」

「誰?」

「名前までは知らねぇよ」


 その時、男は調整中の水晶が気になりパッと振り返った。


「もう良いか?」


 返事を聞く前に、男はプリシラに背を向けた。


「仕事があるんだ、立て込んでな。スライム退治ありがとよ」


 そう言って、再び男は水晶の整備を始める。


「なっ……。まったく……私じゃないって言ってんでしょ」


 ……さっき水晶を持ってきたって言ってたわね……。


 そいつはここの、おそらく上級冒険者……しかもとんでもない戦闘能力の持ち主……。


 それが水晶届ける傍らスライム倒して行った……依頼ではないから、多分ボランティアでね、きっと。


 ……そんな良い人なら、カルロの事を話せば手伝ってくれないかしら……。


 プリシラは頭を振った。


 ……ダメね私、人の好意をあてにするなんて……。


 でも……仲間にできたら、嬉しいわね……。

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