第8話 迎え

「お金がない……」


 宿代、情報代、そしてお昼に子どもたちに奢った飯代。アルテアは金の入った袋を逆さに振ってみたが、寂しげに転がり出たのは小銅貨1枚だけだった。


「これじゃパン一個も買えないよ……」


『マムの飯屋』から朽ち梁亭へと戻る途中、アルテアは腕を組んで眉を寄せた。隣を歩くミロが、彼女の難しい表情に気づいて首を傾げる。


「アルテア、どうしたの? なんか怖い顔してるよ」


「うん、お金がすっからかんになっちゃってね。旅を続けるには何か稼がないと」


 アルテアが小さく苦笑すると、ミロが目をまん丸にして声を上げた。


「ええっ、こんなに強いのに金がないの?」


「強さでお腹は膨れないんだよ、残念ながらね。ミロ、何かいい仕事知らない?」


 アルテアはミロの頭をポンと叩いて軽く笑った。ミロは「うーん」と顎に手を当て、真剣に考え込む。


「そうだ! 昨日もらったお金、返すよ!」


 ミロがキラキラした目でアルテアを見上げると、彼女は即座に手を振って制した。


「だーめ。お姉ちゃんが元気になるにはまだお金かかるでしょ。それに、あのお金はミロを雇う報酬でもあるんだから」


「え、でも俺、アルテアのためならお金なんか……」


 ミロが頬を膨らませて言いかけたその時、二人は朽ち梁亭の前に辿り着いた。すると、目に飛び込んできたのは、場違いなほど立派な馬車だった。黒塗りの車体に金縁の装飾が施され、馬のたてがみが風に揺れている。

 ダスクロウの中では比較的広いこの通りも、その馬車が占めると窮屈に感じるほどで、ただそこにあるだけで周囲に圧をかけていた。馬車のそばには、上質な深緑のマントを羽織った初老の紳士が、落ち着いた佇まいで立っていた。


 老紳士はアルテアの姿を認めると、一歩近づいて丁寧に頭を下げた。


「アルテア様でいらっしゃいますね。私どもの主人がぜひお会いしたいと申しておりまして、お迎えに上がりました」


「よく私の名前を知ってるね?」


 声は柔らかかったが、視線は鋭く、老紳士を測るかのようだった。


「宿の方が快く教えてくださいました」


 アルテアは一瞬目を細めて老紳士を見た。


 (金を払ったか——)


 彼女はミロに振り返る。ミロは袖を握ったまま、離すのが名残惜しそうにアルテアの顔を見上げた。


「アルテア……行くの?」


「大丈夫だよ、ミロ。ちょっと話聞いてくるだけだから。ミロは家に帰ってて」


 アルテアはミロの頭を軽く撫でて安心させるように笑い、老紳士に向き直った。


「じゃあ、行きましょうか」


 老紳士が馬車の扉を開けると、アルテアはフードを軽く直して乗り込んだ。ミロは馬車が動き出すまでその場に立ち尽くし、小さく手を振る彼女を不安げに見送った。




(第一章・完)

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